第5話 交わればグレー

 「幸、不幸も不平等の方が蜜の味ってあれ間違ってたよ。」

 かなでは、少し申し訳なさそうに言った。

そこは、客の多い大衆居酒屋。商店街の一角にあるお店なので、広くはない。若者客が多く、その中にまばらに中年層の男性客も紛れていた。

 「はは。この間はこんな狭いお店で騒いでたんだっけ。」

 如月きさらぎは、お店を見回し、声がどこまで飛んで言ってしまうのか気にして見せた。

 「ごめんね。」

 なぜか、今日はかなでに自分から謝ってしまっていた。

 「やっぱり、誰しもが平等に幸せになってほしいよね・・・。」

 「蜜の味だよ。」

 「え?」

 「だから、幸せになる過程が不平等の方が、

  才能に別があることの方が・・・蜜の味だったんだよ。」

 「はぁ?お前また、人の不幸を笑おうって言うのかよっ!!」

 如月は、怒ってテーブルを押して勢いよく立ち上がった。ガタン、刹那、テーブルは鳴った。

 「ぁっ。」

 如月は、少し冷静になりそして周りを気にしてからまた、座りなおして声をひそめていった。

 「最初に言った、『間違ってた』ていうセリフはなんだったの?」

 「だから、幸、不幸、は平等にあるといい。だけど、その過程や、才能は同じでない方が、もしくは多少の上下があったほうが興じられると思う。」

 「え、え…?なんか話の内容変わってた?確かに黒飛さんは、不幸だったけど

幸せになれた?」

 かなでは、興に入ったように、にっこりとうなずいた。そしてガラス製のおちょこに入った日本酒を一気に飲んだ。

テーブルにおちょこを戻そうとテーブルに触れたとき、おちょこがカタカタと少し震えた。如月にバレないように、ふーっと息を吸いなおして、そっとおちょこを定位置に戻した。


 

 社員寮の一室——

 黒飛法華のりかは、ふーっと息を吐いた。水が入ってたらしいグラスは空になった。その刹那に、男の人の長腕が伸びてきて法華を包むような残像が脳裏に浮かんだ。男は優しい顔をしていた。そして衣類一つ身に着けてなかった…。

 「なに、なんだろう、なんていうか、懐かしい…。」

 法華は、腕を背後に伸ばしてテーブルの上でリモコンを手探りで探し、掴むとテレビのスイッチを入れた。

 「デ・ジャ・ヴュ?」

 『…なずな…。』

 「えっ?」

 カタン。法華は、驚いてのけ反ってテーブルに寄り掛かった。

 「なにか、声が?え、だれの…名前?」

 『今日、六本木の貴金属店に、複数の男が押し入り、店員を銃で脅し、店内のショーケースを壊して店内のすべての貴金属を奪って逃走しました…

  店員、お客の3名が軽傷を負い、他は無事でした…。』

 「え!強盗?!」

 テレビの中でキャスターはニュースを読み上げていた。

 「嫌々。世の中ってなんでこんなにおかしいのよ!

  今も続くアジア圏の国の、A政党とB政党の紛争って何よ?

  日本だってなんて非道な犯罪が…。わたしは絶対B党派よ。」

 『…リ・ワース国の政党Aだ。』

 「…?!」

 テレビの方から声がした。法華は目が点になった。

 「え?テレビから声が?!」

 『お前は、末裔。世界宗教の一つジュエ教のある宗派の末裔。』

 「は?あ?あのテロリストだらけの宗教と私がなんの関係があるのよ!」

 テレビはまだニュースを続けていた。さきほどの不可解な声がなかったかのように。だがまた、ジジジッと変なノイズが聞こえた。

 『だがその宗派は今はない。とうの昔に滅びた。』

 法華はぽかーんと口を開け先ほどの声を聞きつつ、まだ流れ続けているニュース映像をじっと見つめた。もちろんテレビニュースはキャスターが通常のニュースを話しているに過ぎない。そこに紛れて不可解な声が入り込む。

 『なぜ滅びたのか。それは悪質な宗派だったからだよ。』

 「邪悪?」

 法華は眉をひそめた

 『想像するに、君は、犯罪者の血を受け継ぐ。』

 「いやっ!!」

 法華は手で頭を抱え頭を振った。

 『血に呪われし、だけど無垢な法華に罪はない。』

 「真実だとして、私に死ねと?」

 『ただ…血を浄化するのみ。』

 「死ねと?」

 『違う。愛しい人を愛してみればいい。自己の与えられた責任を果たして、周りに身を委ねればいい。』

 「…愛は呪いをこえると?」

 『君の母が君を産み落としたように、愛は浄化を促す。』

 法華の脳裏にゆらゆらと女の笑みが滲んで消えた。

 『愛しい人の名前は?』

 「まだ、わからぬ。」

 

 法華は、ピッとリモコンのスイッチを押した。

と同時にめまいがして、ベッドの布団の中にもぐりこんだ。

そうして、あおむけに姿勢をととのえると、そのまま意識は遠のいていった。



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空即是色 1 空に言えば 夏の陽炎 @midukikaede

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