Special Edition 3 田河実の合コン(番外編)

「田河さん、大手の化学工場で働いているのですか?」

 ポニーテールの女性が話しかけてきた。

グラスはこちらを向いていて僕は手際よくウィスキーとサイダーを入れハイボールにしてあげた。

 「ありがとうございます。あの、もっと二人で話しませんか?」

 僕は横を向いた。同僚が他の女性数人と話が盛り上がっている。

 メガネの奴はビールをおいしそうに飲んでいるし、幹事はスパークリングワインを語りながら飲んでいる。

僕プラス2人の同僚に対して5人の女性は数が合わな過ぎるが、幹事が今回の所謂“合コン”を企画したら、あれよあれよと女の子たちが集まってしまって、気にしているどころではない。

 「…私の話たのしくありませんか?」

 唇を少しきゅっとしてポニーテールの彼女が言ってきた。

 「りなって呼んでください、源氏名なんです。」

(??)僕はちょっと不思議に思った。

 「ああ、うん。あのさ、ところで、売れないミュージシャンと気弱な女の子が

このお店で会ったラブストーリー知ってる?」

 「へ?」

 “りな”ちゃんは目を大きくして見せた。

 「…おとき話の魔法の溶け方と一緒だったのさ。」

 「は?」

 「女の子は、引っ越して東京に来て、就職に悩んでてさ、いくつか面接して接客業の仕事に就いたんだ。

  家事もやりながらフルタイム勤務に拘ってかなりお店で息切れしてた。

  ミュージシャンの方は、女の子のやり残しの家事を整えながら、音楽活動してた。

夜勤のバイトにも勤しんでた。」

 ポニーテールの子は髪の毛をかきあげた。髪の毛がキラッと光りふんわりと色香が漂った。

 「そんな男の子と恋ができたら、幸せだったんじゃないんですか?」

 “りなちゃん”はテーブルを両手で押して身体を起こした。

僕は自分のグラスに焼酎とサイダーをいれてマドラーで混ぜた。それから呼び出しベルを押した。

壁の裏で聴き耳を立ててたらしい慣れてなさそうな店員はサッと現れた。

 「ワインを二つ。店員さんのお好みのもので。

  それからビールを5つ。チューハイを二つ、は、あの二人の男性分だから合いそうなものを選んでくれる?」

 「かしこまりました。こちらでお好みそうなものをチョイス致しますね。」

 そう言って店員さんは厨房へいなくなった。

 「…ビールですか?」

 「ひそひそ…ここだけの話、ミュージシャンYもHもビールは食中酒として嗜んでいるんだよ。

“似合わせの恋”ができたらいいね。“りな”ちゃんにはワインを頼んだよ。」

 “りな”ちゃんは、僕と向こうの人たちを交互に見て、残っていたお皿のイカの唐揚げを見つめた。

 そして口に咥えて舌で唇を舐めた。

 「女の子は、段々疲れが溜まってきている。お客は時々きつい人もいたし、

同じスタッフさんに迷惑かけないように気を張るのも大変だったみたい。いつものことだったんだけどね。

  笑えなくなってしまって、彼氏にうまく愛想ができなくなってしまって、会話が減っていってしまったんだ。

  更に目も合わせられなくなって…。

  なのに、お得意の親戚のお兄さん頼みもできなくて余計うだうだしてた。

  男の子の方はそれを最初からわかってて密かに笑っていたけど、取り繕えないものを感じた。」

 「お先にワインをお持ちしました。

  ドイツのリースリングを使用した白ワインです。

  心の奥底まで甘いひと時をお楽しみくださいませ。」

 “りな”ちゃんは、グラスを目の前に置かれるなり目が揺れた。

 「甘~いワインと高めのアルコール度。どうする?今日は大丈夫?」

 田河実—それは僕だ。

 「え?わたし、酔っぱらっちゃうの。」

 よく見ると一瓶ずつ置いてある。

 「一本吞んでいいよ。とても後に引く味だから。すぐに吞めちゃうよ。」

 「帰りは送ってくれますか?」

 「僕はアルコールに…弱い…と言いたいんですけどね。」

 「もういじわる、だなぁ。」

 「話のヒントいる?」

 もうグラスにふれて口にしている“りな”ちゃんはきょとんとした。

 「一緒に居る時間も離れている時間も二人をつくるんだよね。ミュージシャンの方が素直でなくて、

女の子は永遠に引き返せない恋という恐怖を味わったけどね。今、別居してるのかな?」

 「え、じゃぁ私にもチャンスあるかな。」

 もうグイグイ呑んでる。いつ呂律が回らなくなるんだか。

 「僕とどっちがいいと思うの?」

 「え、私、モテモテですか?」

 僕はワインの入った僕のグラスを彼女の口に近づけた。

“りな”ちゃんは舌を出して舐めた。



 家に帰っていた。

ベッドは整っていた。私は合コンの時の服装のまま寝ていた。髪の毛も結わえたままで。

田河実の饒舌は、私には物足りなく、もっと面白くしてみたかった。

アパートの一室のミニキッチンを覗いてみたけど、誰の気配もない。鍵は、

(??)

閉めてあった。

髪の毛を引っ張ってゴムを抜いた。髪の毛が数本抜け落ち、私は慌てて台所のシンクに流した。

唇を触れてもなんの味もなく、思い知るのだ。

「本名を隠して会いたいなんて言うんじゃなかった。」

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る