無気力な忍者は時を待っている

 おっす、みんな! 自分を生きているか?

 拙者ね、行き詰ったら三日月川大橋(仮)のてっぺん行きというのは決まっているじゃないですか。それはしばらく延期ってことで、薬で誤魔化しつつ現在を生きているじゃないですか。

 でも「まだ三日月川大橋(仮)のてっぺんに行くときじゃない」と思って生きているだけで、ちゃんと「生きる」って決めたわけじゃないじゃないですか。

 活動を生き甲斐にしたいけど、何か目的や目標があって活動しているわけでもない。

 ただやりたいことをやってるだけ。

 そんな拙者が全力で無気力だった頃がこちら!



【忍イケ 第32話】

 おっす、みんな! 熱意、持ってる?

 熱意がないことは前々回に話したけど、拙者いま、心が空っぽなんだよ。最近ずっとそんな感じの話してるね? 改善してないんだからしょうがないね。

 心が動きにくい。何を見ても感動しない。

 なのにね? 昔のことを思い出してしんどい気持ちになるんだよ。ザ・うつ!! 茶化すつもりはないんだ。そんな状態ってことを言いたかっただけ。

 熱意なんて湧くはずもないから、自分の作品を自分で漫画化したいと思っても絵の練習をする意欲が湧かない。

 と、ここで新メンバーを紹介するぜ!!!!

「こんなことしてなんになるの……?」

 無職・無気力・不摂生!! 奇跡のトライアングルにより生まれた最悪な存在!! イカれた新メンバー「拙者:絶望」の登場だ!!!! ワー……パチパチ……

 心が折れたのってどうやって修復したらいいのかな。

 文章を書いてるのは熱意じゃないの? って?

 文章はね、書きたくて書いてるんじゃないの。それは嘘。書きたくて書いてます。はい。拙者さ、こんな文章力が低いけどさ、文章を書くようになってから25年になるんだよね。もうさ、書くのが当たり前なのよ。才能がないとわかっていつつ書いているのは、他にやることがないからなんだよ。だから熱意では決してない。

 いいかい? 熱意っていうのはね、理由が伴うんだよ。例えば「ピアノの練習を頑張る」と思ったとき、誰かに聞かせるためって思って頑張ってたら、それは熱意なのよ。コンテストに入賞したい、とかね? それが!! 熱意!! わかった?

 自分が楽しむための趣味でやってるだけ、って理由だったら熱意ではないでしょ?

 拙者もいま、文章を書いてるのはそんな感じなんだよ。例えば、もう一度プロを目指してみよう! と思うとするじゃん? 「プロの作家になる」は目標なのよ。なぜプロの作家になりたいかってとこよ。目的かな? それがないのさ。だから自分が書きたいだけの俺得な作品を書いているわけ。熱意ではない。

 自分が何をしたいのかがわからない。何をしたらいいのかわからない。この先どうなりたいのかわからない。これからの人生がどうあったらいいかがわからない。

 だからやれることをとりあえずやるしかねえか、とは思ってるけどね。それも熱意がないから中途半端なわけ。みんなの知り合いに「熱血漢」いないかな? ちょっと紹介してくんない?

 そもそもポジティブ思考になりなよって話なんだけどね? 拙者、ちょっと思ったんだ。ポジティブシンキングがさ、性に合わないんだよ。そもそもネガティブだからって話かもしれないんだけど、簡単に言うと「自己肯定感を上げるために」というような思考がちょっと引っかかるんだよね。自己肯定感を上げるような、言葉通り「自分を肯定するための特性の捉え方」を考えたとき、めちゃくちゃ違和感があるのさ。違和感を通り越して嫌悪感と言ってもいいかもしれない。「自己肯定感は低くてもいい」みたいなのも嫌。自分を肯定したくないんだよな。拙者のキレ芸が身についたからかな。拙者的には「こんな自分でも認めてあげましょう」より「自己肯定感なんて低くてなんぼじゃい!!」ってキレてるほうが性に合う感じがするんだよね。

 なんだろうね、この感覚。ちょっとしばらくはこの感覚と浮気するわ。持病はちょっと出張に行ってもらって。

 拙者が拙者のこと一番よくわかってないけど、自分と向き合う気にもなれないんだよね。拙者は「作品が本体」みたいに思ってるところあるかも。作品に自分を投影している、って書くとカッコつけだよね。「作品=自分」と思っているけどそれが認められないから苦しんでいる、みたいなところあるのかな。作家は満たされると書けなくなるって言うよね。

 才能があったらよかったのにねえ。ほんとに。まあでも、自分の書いた長編を公開することを再開したのは一昨年だし、というか、満足に書ける能力が戻って来たのが一昨年なんだよね。うん、じゃあ新人みたいなもんだ! ね! これからの頑張りに期待!

 ……そういうことだ!!!!



 つってね。そう、熱意がないの。

 やりたいことをやってるだけ。果たしてそんな作品に価値があるだろうか。

 拙者は「表現者」でありたい。拙者の中には、いくつもの世界が存在している。その世界ひとつひとつに物語がある。それを形にしたい。でも、熱意がない。書きたいものを書いているだけ。

 別にそれが悪いことだとは言わんけどね。やっぱり作品に込められた熱意って伝わるもんなんじゃないのかな。ないものは伝わらん。どうしたらもっと見てもらえるかなって考えたりするけど、熱意がないんじゃ話にならんよ。

 でもさ、よくよく考えてみると、拙者さ? 先日、主治医に「うつ状態」って言われたじゃない? また仕事に行きたくなさすぎてズル休みしたんだけど、めちゃくちゃ気分が落ち込んでて。職場の人たち、天才だよ。あの人たち、拙者のことはどうでもいいと思ってるんだろうな。

 そんなさ、うつ状態の人間が熱意を持って取り組もうなんて、土台無理な話だったわ。うつ病の人が「もっと頑張らないと……!」って言ってたら「無理するな! 休め!」ってなると思うのよね。自分がそう言われる側の人間だったとはね。

 ね。「生きると決める」なんてできるはずがないよね。今回は薬で誤魔化すこともできなかったのだから。逆に、どうして生きているのだろうか。拙者をこのクソみてえな人生に繋ぎ留めているものはなんなのか。自分でも気になるよ。

 まあ、前回も言った通り「いずれ落ち着くところに落ち着く」と思っているのがあるからかもしれないね。拙者、大器晩成型だから、いずれ上手くいくときが来るかもしれない。そうやって思っているから、踏み止まっているのかもしれないね。

 いまの職場も、なんとなく「辞めるのはいまじゃないな」って思ってる。なにか「時を待っている」ような感覚があるよ。それが生きる理由になってたりするのかな。考えるのを放棄しているのではなく「拙者にとって最適なタイミングで拙者にとって最適な“何か”が来る」という気がしている。なんだろうね、この感覚。それまではズル休みしつつ働いていこうかな。

 希望的観測かもしれないけどね。そうだったらいいなって思ってるだけなのかも。まあ、なんにしてもいまじゃないね。

 そう思うと、少しだけ気分が落ち着くんだ。不思議だね。

 まあ、熱意はないけど、100文字でも書けば何もしないよりマシだ。きっといつか何かがどこかに着地する。そう信じているよ。

 みんなも適度に休めよな!!



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