第12話

 ねえ、みんな! ハンター試験はもう受けた?

 ……回を重ねたせいでもう言うことがなくなったんだな、と思ってる?

 いま見てるゲーム実況の動画でその作品の話をしてたから訊きたかっただけなんだ。

 誰でも一度は水見式を試しちゃうよね。

 ところで! 拙者ずっと「忍者vs世界」という勝ち目のない闘いをしているわけだけどさ。

 圧倒的な戦力差で完全に負けイベント戦だよ。

 こっち不利すぎない? ていうか無謀だよね。

 でさ? 拙者はもう轟沈寸前なのよ。

 大破状態で次のマスに進んじゃったみたいな。

 もう無理でしょ。

 いや、あのね? 実は、シフトが終わったあとも店の片付けで出勤させられるのよ。

 だから閉店後もちょっと猶予があったりするの。

 なんか業者に頼まずに我々にやらせるらしいよ。

 店中のグラスを片っ端から割ってやろうかな。

 ライフの最大値だけ上がって回復はしないみたいな状態だよね。

 でね? そんなこんなでへこたれてはいるんだけど、拙者のいまの気持ちを正直に言うね?

 拙者の気持ちは「どうしよう」なんだよね。

 前々から言ってるけど、まだ希望を捨てられない。

 三日月川大橋(仮)のてっぺんからダイブしたら、それですべてが終わりじゃない?

 なんかね、それですべてを終わりにするのは勿体ないな、って思えてきちゃってるんだよね。

 と言うのもね? 前にもどこかで言ったと思うけど、拙者、占いが好きでさ。

 拙者いまめちゃくちゃ強運を持っているのさ。

 占いなんて当たるも八卦当たらぬも八卦だけどさ、そんな強運を持っているなら、すべてを終わりにしちゃうのは勿体ないな~ってね。

 まあね? その強運が手腕を発揮しなかったら終わりなんだけどね?

 だから、どうしようと思ってるわけ。

 まあでも、とりあえず、閉店後の片付けが終わる頃に決めればいいかなって思っているんだ。

「お前これ遺書じゃなかったんか!!」って?

 こういう直前の葛藤も含めて遺書だろ!!!!

 拙者の周囲の者に拙者はこういうことを考えていたんだと知らしめないとね。

 周囲の者を信用していたら話していたはずだもんね。そういうことだぞ!!!!

 まあ生きることを選んだら見せることはないだろうけどね。

 てなわけで、みんな!! もうちょっとお付き合いよろしくな!!!!


 んだっ!!

 さてさて。本日のお約束はまたH市の公園で散歩をしようかと思っていたけど、雪に変わる雨が降りそうとのことで、いつも通りお茶をすることになったよ。


「ごきげんよう!」


佐久間さん

「ごきげんよう」


 よし、と佐久間さんの前で足を止める。

 私が両手を広げると、佐久間さんは一瞬だけきょとんとしたがすぐにピンときたようで、私の腕の中におさま……るわけがないんだよね、コレが。

 今日はちゃんと背中に手を回しましょう。


佐久間さん

「どうした? 珍しいな」


「給水所の第一関門はハグかと思いまして」


佐久間さん

「そうか。ありがとう」


「給水所ぜんぶハグでいいですか?」


佐久間さん

「レパートリーを増やしてくれ」


「なんて我儘なお方でしょう」


佐久間さん

「ええ……そんな……」


 ってなわけで出発!!


佐久間さん

「給水所が来たってことは、俺は少しは進めているのかな。

 以前、スターターピストルが鳴らないって言ってたが」


「そうですね。1キロくらいですけど」


佐久間さん

「給水所が来るの早すぎじゃないか?

 いや、普通に嬉しいが」


「この先20キロくらい給水所ないですから」


佐久間さん

「ほぼ半分じゃないか」


「急勾配の山道とかあるかもしれませんね」


佐久間さん

「ええ……しんど……」


「私はバイクで後ろからついて行きますんで」


佐久間さん

「駅伝じゃねえんだから。

 というか後ろにいるなら給水所を設置してくれよ」


「後ろにいたらいつまでも給水所を設置できないですね」


佐久間さん

「バイクなんだから追い抜け」


「原付かもしれませんし?」


佐久間さん

「原付でも追い抜けるだろ」


「トップスピードが原付並みの人もいますしね?」


佐久間さん

「日本人にはいねえよ。

 しかも法定速度の話だろ。破れよ」


「違反きっぷ切られちゃう……」


佐久間さん

「お前もしかして俺を本当に走らせようとしてる?」


「そうだとしたら、どうします?」


佐久間さん

「お前その何々だったらどうしますシリーズ、なんか怖いからやめろよ」


「あはははは」


佐久間さん

「あははじゃねえんだよ。

 こんなに弄ばれたのは初めてだ」


「いままで自分が弄ぶ側だったと見た」


佐久間さん

「どちらかと言えばそうだろうな。

 積極的に弄ぶつもりはないが」


「あら……じゃあ私みたいな忍者は持て余してしまいますね」


佐久間さん

「持て余すということはないが……。

 腕の中から簡単に抜け出される気分だ」


「それが忍者でござる」


佐久間さん

「腹立つな。抜け出すなよ」


「腕が緩いのではありませんか?」


佐久間さん

「じゃあ窒息させてやるよ」


「過激」


佐久間さん

「引くな」


 毎回ほんとにどこで見つけて来るんだっていう洒落散らかした店をチョイスして来るのすごいよね。

 これが庶民と貴族の差なのか……。

 庶民だから友人とお茶するときはチェーン店だよ。


「ところで」


佐久間さん

「え、おう」


「佐久間さんだけ42.195キロを走らせるのはなんだか不公平な感じがしますね」


佐久間さん

「まあそう言えなくもないが、俺は別に気にしていないよ」


「まあ私は脚が遅いので走るのは無理ですが」


佐久間さん

「50メートル走何秒?」


「12秒くらいです」


佐久間さん

「嘘だろ」


「全速力で走ったことないのでわからないです」


佐久間さん

「計測で手抜くなよ」


「運動音痴なのでどうやったら全力疾走できるのかよくわからないんですよね」


佐久間さん

「基礎が抜けてるじゃねえか」


「まあそれは置いといて。

 私は佐久間さんが42.195キロを走っている最中に給水所を設けることになっていますが、佐久間さんは普段から愛を伝えてくださるのに私は何もしていません」


佐久間さん

「まあ、元々はお前の信用を得るための行動だから、そんなに気にする必要はないが……。

 お前も徐々に心を開いてくれているだろ?」


「最近やっと鍵師を呼んだところです」


佐久間さん

「破壊はできなかったんだな。

 俺は給水所を設置してくれるだけで充分だよ」


「……そうですか」


佐久間さん

「俺のために何かしようと思ってくれたんならそれで充分だ」


「……わかりました」


佐久間さん

「まあ、給水所の数を増やしてくれたら、それに越したことはないけどな」


「思い付くのがあと2個くらいしかないですけど」


佐久間さん

「嘘だろ……。ちなみに何と何?」


「それを言ったら面白くないんじゃないですか?」


佐久間さん

「そういえばそうだな。楽しみにしているよ」


「乞うご期待!!」


佐久間さん

「そんなハードル上げて大丈夫か?」


「絶対に期待しないでください」


佐久間さん

「前言撤回が早すぎるだろ」


「前言撤回するなら早めがいいというのが織部家一族の家訓なんですよ」


佐久間さん

「いますぐ当主に改めさせろ」


「佐久間さんは何かしてほしいことないんですか?」


佐久間さん

「あるにはあるが……言ったら面白くないだろ?」


「堂々巡り」


佐久間さん

「その言い方はやめろ。

 まあ何を考えているかは素直に言えるようになってほしいかな」


「割と言ってますよ?」


佐久間さん

「前回『言いたくない』って言っておきながらよく言うよ」


「懇意にしているからってなんでも言えるというわけではありませんしね?」


佐久間さん

「なんでも言えるようになってくれよ」


「忍者の秘密はそう易々と明かせないでござる」


佐久間さん

「秘密主義すぎるだろ」


「いま鍵師がダイヤルを回し始めたところです」


佐久間さん

「どれくらいかかるんだよ」


「番組内には終わらせられるはずです」


佐久間さん

「収録に何時間かかるかっつってんだよ」


「さあ……」


佐久間さん

「投げ出すな」


「さーせん」


佐久間さん

「お前も、伝えようと思うほどの愛を俺に対して持ってくれているんだな」


「その発想はなかった」


佐久間さん

「どういうことなんだよ」


「要は佐久間さんに与えられているだけで自分は何も与えていないのが不公平だと思っただけなので、それが愛かどうかは考えてませんでした」


佐久間さん

「愛じゃないなら何を与えるつもりだったんだ?」


「……なんでしょう……?」


佐久間さん

「まあ追及はしないでおくが、何かしらの情ではあるはずだな」


「これだけ会ってたら情くらい湧きますよね」


佐久間さん

「……お前、俺の恋人である自覚ある?」


「……!」


佐久間さん

「いま気付いたみたいな顔やめろよ」


「佐久間さんマジでイケ散らかしすぎてて自分の恋人だって認識ができないんスよね」


佐久間さん

「お前、普段そういう喋り方なのか?

 自分で互いの了承がないと成り立たないって言っておいて自覚がないってどういうことだよ」


「わかりません!」


佐久間さん

「清々しいなお前。

 俺が42.195キロを走っている件はどうなるんだよ」


「愛はあるけど恋人じゃない関係の人たちだっているかもしれないじゃないですか」


佐久間さん

「まあそれはいるだろうけど。

 これだけ愛を伝えているのに恋人だってことを忘れるなんて、もう残るひとつの手段を取るしかないな?」


「なんですか?」


佐久間さん

「体で覚えるしかないだろ?」


「さ、佐久間さん……なぜそんなに私を抱きたがるんですか……?」


佐久間さん

「ちょっと引いてるじゃねえか。

 愛する女を抱きたいと思うのは当然のことだろ?」


「……なるほど……」


佐久間さん

「ピンときてない感がエグいな」


「出会いが出会いだったので、この先いずれ佐久間さんに抱かれるという実感がないですね」


佐久間さん

「だったらすぐ抱くしかないだろ」


「……」


佐久間さん

「ええ……なにその顔……」


「何をどうお話したらいいかわかりません」


佐久間さん

「何か不安要素が?」


「そうですね……」


佐久間さん

「あまり話したくないことか?」


「……そうですね。いまは」


佐久間さん

「そうか。わかった」


「……すみません」


佐久間さん

「いや。不安要素があるのに一方的に抱けないだろ。

 不安要素があるならなんでも話してくれよ?」


「……はい」


佐久間さん

「まあ当面の目標はお前が俺の恋人だって自覚を持つことだな」


「ははは。今時小学生でもそんな目標立てないですよ」


佐久間さん

「なに笑ってんだよ。お前のことだよ」


「恋愛関係については小学生以下だと思っておいていただいて間違いはないかと」


佐久間さん

「よくそんなドヤ顔ができたもんだな」


「忍者なもので」


佐久間さん

「なんでも忍者って言えば許されると思うなよ」


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