第9話

 みんな! 健康、噛みしめてる?

 拙者は胃痛!

 朝ご飯を食べてる途中で「あれ……? 胃が痛い……」ってなったよ!

 いつもの吐き気を伴う胃痛じゃなくて、なんか胸部の下の辺りがじんわり痛いよ!

 こういうのを胃がキリキリするって言うのかな。

 それに、夜よく眠れないんだ。夜中とか早朝とかに目が覚めちゃうの。と言うのもまあ、カフェインの取りすぎのせいだと思うけどね。

 あとね、いまの病気になってから手の震えが出ちゃってるんだけどね、最近それが酷いんだ。こうやって打ち込んでいるのも上手くいかなくて、何度も失敗しちゃうの。もともとタイピングめちゃくちゃ早いのにね。

 ところでみんな! 将来設計、ちゃんとしてる?

 ご承知の通り、拙者はしてないよ!

 あのね? 拙者、先のことを考えることができない忍者なのよ。

 元からの性質なんだけど「あらかじめ」ができないの。

 あ、仕事ではできてるよ! あらかじめお客さんに伝える、とかはできてる!

 だから、テスト勉強は範囲を完全に把握してないとできなかったよ!

 あのときのクラスメートのみんな!! ありがとな!!!!

 学生時代を適当に過ごして来たのは、将来設計ができなかったせいもあるんだよね。

 だからね? 失業後の進路は何も決められてないよ!

 新しい職探しも始めてないし、三日月川大橋(仮)のてっぺんに行くための準備もしてない……。

 いまは心身ともに疲弊して何も考えられないってのもあるかもしれないけどね?

 シフトが最後まで終わってから考えよ……って思ってるよ。

 まあ最終的に、三日月川大橋(仮)のてっぺんに行くんじゃないかと思ってるけどね。

 このまま、何者にもなれずに雄大な海に抱かれ朽ちていく。

 いずれこの声も誰にも届かなくなる。

 もう少しでやっと解放される……って思うのは、何に対してなんだろうね。

 あっ、ちょっといま思い付いたこと言ってもいい?

 もし拙者が三日月川大橋(仮)のてっぺんに行かないで新しい職に希望を見出せたとき、この遺書の部分を取り除いた物語だけを改めて書くね!

 主人公は織部コウじゃなくなるけどね。

 織部コウは、三日月川大橋のてっぺんからダイブするって決めてるんだ。

 織部コウの物語は織部コウの物語で幕を閉じるよ。

 名前なんにしようかな!

 って、決めておけば拙者のことだから「新しい物語が書きたいから新しい職探してやるよクソが――――!!!!」ってなると思うんだよね。

 まあでも、それを決めるのはもうちょっと先のことかな。

 新しい物語を書きたい気持ちはあるけど、それだけで心身が回復することはないし、気力だけで新しい職場でやっていけるとは限らないからね。

 もう拙者の物語なんて誰も見てないかもしれないけど、決断するその日までは書き続けるよ。

 遺書だしな!!!! 最終的に自分の周囲の者に見せる予定のものなんでな!!!!

 おい見てるかみんな!!!! いままでありがとな!!!! 世話になったな!!!!

 父さん母さん親不孝な忍者でごめんやで!!!!

 そもそも忍者だと思ってなかっただろうけどね。


 ぬっ、電話でござる。佐久間さんだ。


「はい、織部です」


佐久間さん

『こんばんは。お前いまやりたいことって何かあるか?』


「お化け屋敷に行きたいです」


佐久間さん

『予想の遥か上をいく返答だったわ。

 ちなみにどこのお化け屋敷だ?』


「富士急です」


佐久間さん

『……お前でなければ王道展開だったかもな』


「きゃーこわーい! ってやつですね」


佐久間さん

『その声はどこから出してるんだ。

 行ってみるか?』


「遊園地が嫌いでござる」


佐久間さん

『なんなんだよ』


「お化け屋敷に行きたいけど遊園地が嫌いなので完全な詰みです」


佐久間さん

『なんでお化け屋敷なんだ?』


「拙者ホラゲ好きの忍者でありましてな。

 実際にお化け屋敷に行ったらどれくらい怖いのかってことと、平均攻略時間60分の最恐お化け屋敷を何分で走破できるのか興味がありまして」


佐久間さん

『走破って、お化け屋敷で走るつもりなのかよ』


「RTAみたいな……」


佐久間さん

『配信じゃねえんだから。まあいい。

 他にやりたいことは?』


「ないです」


佐久間さん

『嘘だろ……。

 唯一のやりたいことがお化け屋敷って。

 じゃあ行きたいところは?』


「ないです」


佐久間さん

『興味のあることは?』


「ないです」


佐久間さん

『無気力すぎるだろ』


「佐久間さんと一緒ならどこでもいいですよ」


佐久間さん

『本来ならときめくような台詞なんだろうが、お前の場合、投げやりを感じるな』


「どこも行きたくないです」


佐久間さん

『前言撤回するな。

 じゃあまた喫茶店でいいか?』


「はい」


佐久間さん

『日時はまた連絡する。じゃあ、おやすみ』


「おやすみなさーい」


 お化け屋敷に行きたいのも遊園地が嫌いなのも他のことに興味がないのもガチでござる!

 疲弊しているせいで何に対しても気力が湧かないでござる。

 仕事の疲れが取れたら、佐久間さんと一緒だったら遊園地は行けるかもしれないね!


 ってなわけで約束の日ぃ!!!!


「ごきげんよう。ところでこのあと暇?」


佐久間さん

「疲れているのだけはよくわかるな。

 ところでってなんだよ。

 会う約束してる人間に言う台詞じゃねえだろ」


「もしかしたら忙しい中で時間を割いてくださっているかもしれないじゃないですか」


佐久間さん

「もしかしたらって、俺のこと暇人だと思ってるのか?」


「あははは」


佐久間さん

「……大丈夫か?」


「ダメ寄りのダメです」


佐久間さん

「帰って寝るか?」


「帰ってもどうせ寝ないですよ。

 帰ってひとりでぼーっとするより佐久間さんと話しているほうが癒されると思いますし」


佐久間さん

「……そうか。じゃあ、行くか」


「はい」


 相変わらず温かい車内だ。良い匂いするし。


「途中で寝たらすみません」


佐久間さん

「寝たら寝たでそれでいいよ」


「寝てるあいだにどこに連れ込まれるかわかりませんし」


佐久間さん

「お前って俺を疑ってるのか経験則なのか何も考えてないのかよくわからないよな」


「私が物を考えて喋ってるとお思いですか?」


佐久間さん

「いまは何も考えてないことが判明したな」


 疲れているせいでより一層なにも考えてない発言が増えそうだ。

 失言しないように気を付けなければ。


佐久間さん

「今日なんか香水つけてるか?」


「ん? つけてないですよ?」


 香水は自分が苦手なのでつけないでござる。

 どギツい香水臭のする人は「自分には毒がある」って主張だと思ってるからな!!!!

 まあ、お国の習慣とかもあると思うけどね。

 暑い地域の人はどうしても香水がキツくなるよね。


佐久間さん

「香水みたいな匂いがするな」


「ああ……ハンドスプレーかもですね」


佐久間さん

「ハンドスプレー?」


「えーっと……アルコール消毒と保湿が一緒にできるやつです」


佐久間さん

「ああ。いつもはつけてないのか?」


「つけてますよ。今日はちょっと前につけたばかりなので、まだ匂いがキツいのかもですね」


佐久間さん

「ふうん……」


 ちなみに「透明感のあるサボンフルールの香り」だよ!

 めっっっっっちゃくちゃ大雑把に言うと「花の香りがする石鹸」の香りだね!

 と、佐久間さんが優しく私の頬を撫でる。


佐久間さん

「誘っているのかと思ったよ」


「なるほど!」


佐久間さん

「なんだよなるほどって」


「世の女性はそういう意図で香水をつけているんですね」


佐久間さん

「意図って言うなよ」


「線香の匂いじゃなくてよかった」


佐久間さん

「線香?」


「部屋でお浄めのスプレーを撒くんですが、それが線香の匂いがするんですよね」


佐久間さん

「へえ……。

 まあいまの匂いか線香かで言えばいまのほうがデートには好ましいだろうな」


「香りのするものは自分が苦手なのであんまり使わないんですけどね」


佐久間さん

「そうなのか。ハンドクリームとかは無香料を使うのか?」


「そうですね。ひとつは歯磨き粉みたいな匂いがしますがあとは無香料です」


佐久間さん

「歯磨き粉……」


「佐久間さんはいつもなんの香りをさせているのかわかりませんけど、近くにいると落ち着きますね」


佐久間さん

「ん。そうか? 特に香水なんかはつけていないが」


「イケ散らかしたメンズは良い香りを纏わせているって教科書に書いてました」


佐久間さん

「なんの教科書だよ」


「小学5年生で習う内容ですよ」


佐久間さん

「どこの地域の教育なんだよ」


 と、そんなこんなで今日も洒落散らかした喫茶店へ!!

 席がゆったりしているのでありがたい。


「ん。駄目だ、寄り掛かったら寝る」


佐久間さん

「別に寝てもいいよ」


「忍びとして無防備な姿を晒すわけにはいかないでござる」


佐久間さん

「お前けっこう油断してるときあるけど」


「いくら守りの堅い忍びでも心を許した相手の前では気を抜くときもあるでござる」


佐久間さん

「……心を許してくれてるのか」


「心を許していないときの私は酷いですよ」


佐久間さん

「そんな酷かった印象はないが……」


「あんなに罵倒されたのに……?」


佐久間さん

「罵倒はされてないだろ。

 あれで罵倒したつもりだったんならだいぶ生ぬるいが……」


「罵倒じゃないですからね」


佐久間さん

「そうだよな」


「というか、罵倒された経験がおありになるんですか?」


佐久間さん

「さすがに罵倒はないな。

 口論になるくらいならあるが」


「佐久間さんでも口論になることあるんですね」


佐久間さん

「口論になるくらいのことなら誰でもあるんじゃないか?」


「口論で話が通じる相手ならあるでしょうね」


佐久間さん

「不穏なことを言うなよ」


「佐久間さんが怒ってるところって想像できないですね」


佐久間さん

「そうか? 人並みに怒るぞ」


「いつか私も怒られるんですかね」


佐久間さん

「可能性はゼロとは言えないが、俺が気の短い人間だったらお前はもう何度怒られてるかわからないな」


「そんな馬鹿な」


佐久間さん

「本気で心当たりがないみたいだから厄介だよな。

 気の短い人間だったら『お化け屋敷に行きたい』と言うから行くかと誘ったのに『遊園地が嫌い』って言われたら怒ると思うぞ」


「それは気が短すぎですね。

 忍者の気まぐれさを理解していないですよ」


佐久間さん

「そもそも気が短かったら忍者を娶ろうと思わないか……」


「そもそも忍者を娶ろうなんて気が遠くなる話ですよね」


佐久間さん

「えっ……」


「42.195キロを走破することが前提なんですから」


佐久間さん

「もしかして俺はまだスタートラインに立ててすらいないのか?」


「いえ? お付き合いを始めたんですからスタートラインには立っていますよ。

 スターターピストルがなかなか鳴らないだけです」


佐久間さん

「ええ……うそお……」


「感覚的な話で申し訳ないんですが、どうせ私のことをわかってくれる人はいない……と思って精神的に引きこもっていたので、いまだにそこから抜けきれていないんです」


佐久間さん

「なるほどな……。

 無理やり引きずり出すという手もあることにはあるが、お前の場合は余計に引きこもりそうだな」


「腕を引き千切ってでも引きこもります」


佐久間さん

「筋金入りじゃねえか。

 まあ、お前のペースに合わせるよ」


「……」


佐久間さん

「え、なんだ?」


「佐久間さんは、私を嫌わないで居てくれそうっていう安心感がありますね」


佐久間さん

「そうか?

 まあ嫌うつもりも嫌われるつもりもないが」


「まあ嫌うつもりがあったらお化け屋敷行きたい遊園地嫌いの時点でイラっとしてますよね」


佐久間さん

「自覚があるならよかった」


「え、イラっとしてたんですか?」


佐久間さん

「いや、してないよ。

 お前がそういう人間だというのは理解しているつもりだ」


「心の広さが瀬戸内海並みですね」


佐久間さん

「微妙に狭いじゃねえか」


「私は琵琶湖なので」


佐久間さん

「せめて海になれ」


「頑張っても東京湾でしょうね」


佐久間さん

「微妙に狭いな」


「あと汚い」


佐久間さん

「水質の話はしてねえんだよ。

 あ? 心が汚いってことか?」


「綺麗ではないでしょうね」


佐久間さん

「それほど汚く感じないが……」


「汚い部分は見えないものなんですよ?」


佐久間さん

「まあいずれ見せてもらうが」


「えっ……」


佐久間さん

「引くな」


「好きな人には綺麗なところだけ見せたいじゃないですか……」


佐久間さん

「その気持ちはわからんでもないが、付き合っていれば嫌でも見えて来るだろ」


「忍者に隙はないでござる」


佐久間さん

「だからお前は隙だらけだっつってんだろ」


「修行が足りないでござるなあ……」


佐久間さん

「……お前、初めて俺を好きだと言ったな」


「……?」


佐久間さん

「本気で無意識のパターンか。

 さっき『好きな人には』って言ってたろ」


「……なるほど!」


佐久間さん

「なるほどじゃねえんだよ」


「口を滑らせてしまったでござる」


佐久間さん

「ってことは、普段からそう思ってるんだな」


「思っているか思っていないかで言ったら思ってますけど」


佐久間さん

「素直に思ってるって言えよ。

 別にお前が俺を好きだとわかっていても、お前の考えるイケ散らかしたメンズみたいな行動はしない」


「ふむ……じゃあとりあえず信用しておきますね!」


佐久間さん

「全面的に信用しろ」


「それは佐久間さん次第ですね」


佐久間さん

「なんで上からなんだよ」


「すみません、わたくし心の身長が高いもので」


佐久間さん

「なんだよ心の身長って。

 いつかお前に真正面から目を見て『好き』って言わせてやるからな」


「生きてるうちに叶うといいですね!」


佐久間さん

「なんで他人事だよ」

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