第8話

 みんな! 拙者、もうダメかも!

 でもね、聡明なみんなならわかってると思うけど、拙者、まだ希望を捨てられないんだ。

 実際、いま仕事を辞めたら来月の収入が減るからとか、失業後の収入はどうしようかとか、でもこんなに疲れ切っているのに新しい職探しなんてできない、とか考えてるよ。

 ていうか拙者をこんなに疲れさせて次の職探しに支障が出るって拙者の職場マジくそだよね。

 ごめんなみんな!!

 前回からただの弱音になってるよな!!

 まあ、いま思っていることや考えていることを文章にしているだけなのは、最初からずっと同じなんだけどね?

 もう友人とメッセージのやり取りをする気力すらないよ。

 これ書いてないでもっといっぱい寝なよ! って?

 まあそう思うよな!!!!

 あ、ちょっと一瞬だけリアルの話していい?

 拙者さ、明晰夢ができるのよ。

 明晰夢を使ったら佐久間さんに会えるのでは?

 まあ夜は薬を飲んで寝るから、昼寝のときにしかできないんだけどね。

 よし、リアルの話おしまいね。

 もういま拙者ね、他力本願寺なの。もう自力じゃ立っていられないのよ。

 誰か助けてくれ――――!!!!

「病気」と「孤独」と「貧困」の時点で産まれたての小鹿のほうがまだ立ててるというくらいだったのに、さらに「失業(転職)」が加わって足払いされたのさ!

 あれ? 立っていられないって言っておきながら、すでに転んでないか?

 じゃあ立ち上がれないに改正しておくわ。

 星の子が「もうひとりの僕」のところに落ちてそのまま起き上がれない、みたいな。

 よしんば起き上がれたとしても「もうひとりの僕」のところに辿り着けない。

 もしかしたら「もうひとりの僕」は居ないのかもしれない。

 羽を失った星の子は、もう天空には戻れないのさ。

 気分的には、自分が「もうひとりの僕」で星の子を待っているんだけどね。

 自分が愛される人間ではないことはわかってるよ。

 人生が上手くいかないのも自分のせいだってわかってる。

 へこたれてないで人生が上手くいくための努力をしろ!! って思う?

 そうだよね。みんなそうやって努力してるんだよね。

 拙者はただの甘ったれなんだよ。

 大した努力もして来なかったくせにね?

 生まれた環境を憎む人は、この世にたくさんいると思う。

 理不尽に振り回されるのを耐えている人だって大勢いる。

 自分の身は自分で守るしかないって人もたくさんいる。

 実家でのうのうと暮らせているだけ恵まれてると思う人もいるだろうね。

 それで生きているのがしんどいだなんて、贅沢な悩みなのか。

 厄年が明けたらきっと良いことがある! と思ってここまで来たけど、良いことってのは努力して頑張ってる人の元にしか訪れないんだよね。

 私は努力と頑張りが足りないという、ただそれだけの話ってわけさ。

 それでも、明日は今日より良い日になるかもしれないって、そう思いながら布団に入るのさ。

 なんてな!!!!

 ちょっと浸っちゃったぜ。

 某BB栄養剤の一番高いやつ飲んで体力回復したから安心しな!!

 拙者、ご承知の通り性格が悪いからさ、もし拙者が何かしらで倒れたら見物だな、と思ってるよ。

 いまは恩を仇で返したい気分だからさ。

 なんか熱出そうな感じあるしさ。

 まっ、今日もキリキリ働きますか!!!!


 ってなわけで、今日も佐久間さんとのお約束でござる。

 今日は拙者がよく行くY市のお寺にお参りに行くよ。


「Sorry I made you wait」


佐久間さん

「なんで英語……」


「海外フレと遊ぶために覚えました」


佐久間さん

「俺は日本人なんだが……。まあいい、乗れ」


 ちなみに、さっきの英語は「お待たせしました」だよ!


「あ、佐久間さん、これあげます」


佐久間さん

「ん?」


 家で作った折り紙の手裏剣でござる。


佐久間さん

「まさか、デイリーの……?」


「いえ、ほんとにそういうつもりじゃないです。

 約束の時間まで暇だな~と思って、机に折り紙があったので作りました。

 綺麗に折れたので、日頃の感謝の気持ちとしてお贈りしようかと」


佐久間さん

「そうか。ありがとう」


 佐久間さんは手裏剣をジャケットの内ポケットにしまって、ナビの操作を始める。


「佐久間さん、山道は平気ですか?」


佐久間さん

「山道?」


「ここからお寺まで、一番の近道が山道なんです。

 私は山道が苦手なので遠回りしますけど」


佐久間さん

「特に問題はないよ。

 お前の車、軽だろ? 山道苦手で軽はきついよな」


「私の運転では山道でも1時間半で遠回りしても1時間半です」


佐久間さん

「それだったら遠回りしたほうが楽だな」


「普通に山道を通れば1時間で着きますよ」


佐久間さん

「そうか」


 ってなわけで出発!


佐久間さん

「今日はマスクしてないんだな」


「……あ”っ」


 /(^o^)\ナンテコッタイ

 途中でつけようと思って忘れていたでござる。


佐久間さん

「もう手遅れだろ」


「人前で素顔を晒すなんて一生の不覚でござる……」


佐久間さん

「なんで晒すのが嫌なんだ?」


「顔面偏差値が低いからでござる」


佐久間さん

「顔面偏差値……」


「あと、自分の顔が嫌いだからでござる」


佐久間さん

「そうなのか……。

 誰かに貶されてきたのか?」


「……まあ、親ですけど」


佐久間さん

「……そうか。

 親の一言は重いよな」


「娘の幸せは母親にかかってる、なんて台詞もありますしね。

 私が子どもは絶対に欲しくないと思うようになったのは母親が原因ですよ」


佐久間さん

「なるほどな……」


「まあ、そんなことはどうでもいいんですけど。

 安定した収入を得られるようになったら実家を出ますし」


佐久間さん

「じゃあ、一緒に暮らさないか?」


「わお! ぶっ飛んだ発想!」


佐久間さん

「なんなんだよその反応は」


「拙者、共同生活には向いていない忍者でござる。

 マイペースを極めすぎて他人とペースが合わないでござる」


佐久間さん

「いずれ俺と結婚するんだし、そうなったら一緒に暮らすことになるが……」


「家庭内別居……」


佐久間さん

「結婚したてから家庭内別居するのかよ。

 まだ数回会っただけだから断言はできないが、自分勝手なほうのマイペースではないような気がするが」


「連携の取れるマイペースでござる」


佐久間さん

「じゃあ共同生活できるんじゃないのか?」


「前例がないのでわかりませんな。

 実家では互いに干渉しませんし」


佐久間さん

「なるほどな……。

 まあ、試してみないことにはわからないな」


「一理ある」


佐久間さん

「いつ試す?」


「来世!」


佐久間さん

「遅くとも今世にしてくれ」


「じゃあお付き合いが始まってから考えましょうか」


佐久間さん

「え!? 俺たち付き合ってないの!?」


「なんでそんな本気で驚いてるんですか?

 お付き合いは双方の了承のもと成立するものですよ?」


佐久間さん

「……なるほど。そういう感じか。

 じゃあいま了承してくれ」


「あら……性急なお方ですね」


佐久間さん

「これだけ会っているのに受けてくれないのか?」


「……」


佐久間さん

「え、何その顔」


「……今更わかりましたって言うのもなんだか気恥ずかしいですね……」


 完全な失策でござる!

 了承していることにしておけばよかった!!


佐久間さん

「互いの了承がないと成り立たないんだろ?」


「じゃあ――」


佐久間さん

「了承しないとは言わせないぞ?」


「ウッ……無念……」


佐久間さん

「嫌なのかよ」


「……嫌だったら誘われても断ってますよ」


佐久間さん

「そうか。じゃあ、俺と付き合ってくれるか?」


「……はい……よろしくお願いします……」


佐久間さん

「声が小さいぞー。腹から声出してけー?」


「ここぞとばかりに意地の悪いことを言わないでください……」


佐久間さん

「たまには俺も振り回さないとな」


「くっ……敵に背後を取られるとは、一生の不覚でござる……!」


佐久間さん

「敵って」


「鍛錬が足りない……。

 そうだ、山籠もりしよう……」


佐久間さん

「やめろ。冬だぞ」


「次にお会いするときには立派なイエティになっておきますんで」


佐久間さん

「忍者の存在意義どこ行った。

 イエティと結婚したくねえよ」


「結婚したいイエティだっているんですよ!?」


佐久間さん

「やめろ。イエティに拘るな」


「忍者を卒業してイエティになる道もありかもしれませんね……」


佐久間さん

「イエティに拘るなっつってんだろ」


 と、拙者が再び振り回すことに成功しているうちに、お寺に到着!

 山の上にあるお寺だから、本堂に行くまで階段なのでござる。


「疲弊した体に階段は堪えるな……」


佐久間さん

「なんでわざわざここにしたんだよ。

 K市にだって大きめの神社があるだろ?」


「ここに来たかったんです。

 家にいる招き猫ちゃんたちの実家なので、定期的に訪れているでござる」


佐久間さん

「たちってことは1体じゃないのか」


「6体います」


佐久間さん

「居すぎだろ」


「しょうがないでしょ……可愛かったんだから……」


佐久間さん

「負ぶってやろうか?」


「こんなことじゃへこたれません。

 ちょっと話し掛けないでもらっていいですかね」


佐久間さん

「あ、ハイ、すみません……」


 体力がないほうの忍者だから、喋りながら階段を上がるのはしんどすぎるでござる。

 と、なんのかんので本堂に到着。


「……しんど……」


佐久間さん

「仕事の疲れが取れてから来るのでもよかったんじゃないか?」


「一理ある」


佐久間さん

「それいつもどういうつもりで言ってんだよ。

 ちょっとベンチで休むか」


 今日は天気が良いから木洩れ日と風が爽やかだなあ。

 ほら、と佐久間さんが缶のミルクティーを差し出す。カイロをポケットにしまって受け取ると、思っていたより熱かった。


佐久間さん

「まさかお前が付き合ってるつもりがなかったとはな」


「佐久間さんが付き合ってるつもりだったことのほうがまさかですけど」


佐久間さん

「普通そう思うだろ」


「イケ散らかしたメンズはいつもそう」


佐久間さん

「え」


「付き合ってるつもりにさせておいて、もっと好条件の女性が現れたら、え? 俺たち付き合ってないよね? ってバッサリ切り捨てる。好条件の女性に見事にフラれてたら笑っちゃいますけどね。で、好条件の女性が現れなかったら、俺たちそろそろ結婚する? とか言い出す」


佐久間さん

「実体験なのか?」


「いえ、平均的な話です」


佐久間さん

「なんの平均?」


「だからきっと佐久間さんもそういうつもりだったんですよ」


佐久間さん

「お前いつまで俺を疑うつもりなんだ」


「無駄に年齢を重ねたせいで、そういった思い込みが邪魔をして好意を素直に受け取ることができないでござる」


佐久間さん

「好意であることは認識しているんだな」


「あとは、私は愛される人間じゃなかったってことだなクソが!! っていう世界への怒りがいまだに残っているでござる」


佐久間さん

「お前けっこう口悪いよな。

 そんな信用ならないものより、いまお前の目に映る俺を信用してくれ」


「いつかまたひとりになるという経験則も邪魔してますね!」


佐久間さん

「邪魔が多くないか?」


「障害物競争なので」


佐久間さん

「なるほど」


「でも、佐久間さんがいままで私が出会って来た人間と違うことはわかってますよ」


佐久間さん

「本当か~?」


「いままでのクズ野郎どもと同じじゃねーか! と思ってたら交際のお申込みをお受けするわけがないです」


佐久間さん

「そうか」


「だがしかし」


佐久間さん

「え」


「私のもとにはクズが集まりやすいので佐久間さんもクズである可能性は否めない」


佐久間さん

「前言撤回じゃねえか」


「クズのもとにはクズが集まる法則ですよ」


佐久間さん

「類は友を呼ぶってことか。

 俺がクズだったらどうする?」


「前歯を抜きます」


佐久間さん

「こわ……」


「歯っ欠けにしてそのイケ散らかした顔面を台無しにして差し上げますよ」


佐久間さん

「気を付けるわ……」


 ってなわけで、体力もちょっと回復したのでお参りしましょう。

 去年は何をお祈りしたっけかな。

 一瞬、会社に対する呪いを祈ろうかと思ったけど、人の呪わば、ということになるだろうと思ってやめた。

 ていうか、参拝のときって天への感謝を伝えるべきなんだよね。

 こうやって言うと礼儀知らずって思われそうだけど、いまの私には感謝することがない。

 健康ではないし、失業するし、友人はみんなクズ。

 あ、佐久間さんと出会えたことは感謝するべきことなのかもね。

 じゃあそれにしよう。


 依頼しておいた御朱印帖を受け取って、と。


佐久間さん

「御朱印、集めてるんだな」


「集めているというわけではないですが、ここに来たらもらうようにしてます」


佐久間さん

「記念みたいなものか」


「そうですね」


 山登りだと下りのほうが危険ってのが常識だけど、階段は下りのほうが楽だよね。

 まあ個人的な見解だけど。


佐久間さん

「よし。じゃあ、俺んち来る?」


「そういえば佐久間さんってどちらにお住まいなんですか?」


佐久間さん

「I市だよ」


「I市からわざわざK市に来てY市まで来てるんですか?」


佐久間さん

「そう聞くと移動距離が長く感じるな」


「じゃあ佐久間さんはそのままI市にお帰りください。

 私は電車で帰りますので」


佐久間さん

「お前もしかして気遣いが空回りするタイプか?」


「体感的にはそうですね」


佐久間さん

「俺んち来る? って訊いたのになんでひとりで帰らせると思うんだよ」


「帰りたいという気持ちを遠回しに伝えてみました」


佐久間さん

「がっつりストレートだわ」


「はははは」


佐久間さん

「なに笑ってんだよ。

 お前の笑うタイミングさっぱりわからねえな」


「よく言われます」


佐久間さん

「まあ、お前は疲れてるし、どっかで適当に飯食って帰るか」


「佐久間さんいつも適当にって言いますけど、選ぶ店選ぶ店いちいち敷居が高いですよね」


佐久間さん

「え、嘘」


「あたくしたち庶民にとって適当な店はファミレスですのよ」


佐久間さん

「ファミレスのほうがいいか?」


「ファミレスはほとんどの席が向かい合わせなので嫌です」


佐久間さん

「なんなんだよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る