第7話

 みんな! 息、できてる?

 拙者は虫の息!

 よく創作活動してる人が「これをしてないと息ができない」って言うでしょ?

 拙者もそうだったの。書き物をしていないと息ができなかった。

 でもいまは、書き物をしていても息ができない!

 というか、書き物をしていないと息ができないから書き物に縋っているけど、それでも常に酸欠状態! って感じかな。

 これを書いているからまだ正気を保てているってのはあるけどね。

 ちなみにね? ちょっとリアルの話をしてもいい?

 拙者もうさ、マジでヤバいの。

 いまは先述した通り疲れ果てているっていうのもあってさ、いつ「シフトの最終日まで待っていられるかー! もう知るかー!!」ってなって三日月川大橋(仮)を全速力で駆け上がってもおかしくない。

 主治医にも「閉店前に辞職することも考えましょう」って言われたしね。

 これを書いているからまだ正気を保てている。

 もうね、仕事中もこれを書きながら家でかけてるのと同じ動画を流していないと耐えられないのよ。苦痛で泣き続けるだろうし、たぶん動けなくなる。接客なんてとてもとても。

 息が苦しくて胸が痛くて泣くのを堪えて、気持ち的にはフロントに立っているだけで精一杯なのにニコニコ接客しているのは自画自賛しちゃったけどね。

 あとさ、みんなやる気を失って掃除をしなくなったんだよね。まだお金を払ってくれるお客さんがいるのに。いつだって損をするのは真面目な人間ってわけさ。

 ……拙者が疲れ果てている理由、聡明なみんなならもうわかったかな?

 でね? 職場のバックヤードで座ってぼーっとしているとき、ふと、


『佐久間さんに会いたい……』


 って思ったの。そしたら涙出てきた!

 拙者、公私を弁えるタイプの忍者だからさ、佐久間さんは飽くまで“物語の中の登場人物”だと思っているの。

 でもそう思わずにはいられなかった!

 でさ? 某公共放送局に、Aさんというすらっと線の細い高身長のスーツがよく似合う素敵な男性キャスターがいるのね?

 佐久間さんが現実にいたら体型はあんな感じだな……と思ってたのよ。

 でね? 私があまりにも「佐久間さんに会いたい……」って泣くからか、夢の野郎が「んなあーしょうがねえなこの甘ったれがー!」って感じで夢に佐久間さんを登場させてくれたんだ。

 でもね、それがAさんだったんだよ。

 詰めが甘いな!!!!

 ごめんなんだけど、夢の中で私と佐久間さん(Aさん)が何をしていたかっていうのは覚えてないんだけどね。

 はい! リアルの話おしまいね! 長くなって面目ない!

 とまあそんなこんなで息が止まりそうなわけなんだ。

 もしこれがYouTubeだったら「酸素ボンベ」ってスパチャが来るのかな。

 お前なんかに投げ銭しねえよ! ってツッコミが来るのは承知の上だバカヤロ――――!!!!

 いや、待てよ? 息の苦しさを改善しようとする必要なくない?

 だって三日月川大橋(仮)からダイブするんだよ?

 息ができようができまいが、最終的に窒息するんだから別に関係ないのでは?

 自分なりに頑張ったつもりで生きて来て、孤独に苛まれながら一生懸命に働いた職場が閉店で最後にこき使われて、誰にも愛されることなく海に沈む……。

 ていうか拙者、誕生日が6月なのよ。だからこれを書いている時点ではまだ32歳なわけ!

 やべえ……タイトルにうそ書いちゃった……。

 しょうもねえサバを読んでしまった……。

 まあ書き始めた時点では数えで33歳だったから?

 あっ! じゃあ、こうしよう!

 32歳のままでオサラバするか、33歳まで(以上)生きるか、賭けようぜ!?

 拙者は「32歳のままでオサラバする」に命を賭ける!

 みんなは「33歳まで(以上)生きる」に600円ね。

 負けねえからな!!??


 さてさて。今日は佐久間さんとの……何回目?

 まあいいや、何回目かのおデートですよ。

 先日「どこか行きたいところあるか?」って訊かれてね?

 猫カフェ行きてえな……と思ってたんだけど、拙者、猫アレルギーだった!

 猫好きの人には猫アレルギーが多いっていうのがこの宇宙の理なんだよ。

 あとね、拙者、お風呂屋さんに行くのが好きなんだ。

 岩盤浴が好きでね。一日中のんびりしていたい。

 でも、佐久間さんとお風呂屋さんってなんか違うな? と思って言わなかった。

 ってなわけで、協議の結果、いつも通り普通の喫茶店になったよ!


「ごきげ……お待たせしました」


佐久間さん

「別にわざわざ言い直さなくていいよ」


「普段から『ごきげんよう』なのでもう癖でござる」


佐久間さん

「え、普段からなのか」


「友人との待ち合わせのときはそうですね」


佐久間さん

「お嬢様なのか?」


「忍者です」


佐久間さん

「実家の話をしてんだよ」


「普通の貧乏家庭ですね」


佐久間さん

「普通の貧乏家庭……」


「佐久間さんとの身分差は奴隷と公爵くらいですね」


佐久間さん

「現代日本でそんな格差が生まれることないだろ」


「ここで生まれてんだよ!!」


佐久間さん

「怒るなよ……。まあいい、乗れ」


 佐久間さんがここに来るまでのあいだ暖房をつけているから、私が乗る頃には車内は温かいんだよね。

 私は寒い中を歩いて来たから、とてもありがたい。


佐久間さん

「随分と疲れた顔をしてるな」


「……まあ実際、疲れてますからね」


佐久間さん

「疲れてるなら俺に合わせる必要ないぞ?」


「佐久間さんにお会いしないと、三日月川大橋まで一直線だと思うんですよね」


佐久間さん

「……そうか」


「拙者の命が佐久間さんにかかっているということでござるな」


佐久間さん

「責任重大だな」


「私だったら『うわ重……』ってなりますけどね」


佐久間さん

「だとしても切り捨てるわけにはいかないだろ」


「お人好しですね」


佐久間さん

「お前は切り捨てるのか?」


「時と場合によりますな」


佐久間さん

「時と場合……」


「まあそもそも、いまの私には他人を支える力がないですよ」


佐久間さん

「まあどちらかと言うと、いまのお前は支えられる側だな」


「……だから、負担に耐えられなくなったらお気軽に切り捨ててくださいね」


佐久間さん

「少なくとも気軽にとはいかないな。

 俺はお前が思っているほど柔じゃないよ」


「……」


 支えてもらうって、どれくらい甘えていいものなんだろう。

 活動に力を貸してもらうのとはまた別だよな。

 いままで、辛いときにそばにいてくれる人がいなかったからなあ。


佐久間さん

「山下もお前のことを気に掛けているよ」


「……山下さん……」


佐久間さん

「え、忘れたのか?

 三日月川大橋でお前と出会ったときに一緒にいた男だ」


「ああ……。すみません、お名前を忘れていました。

 お顔はちゃんと覚えてますよ」


佐久間さん

「それならよかった。

 俺と会うたびに『織部さんは生きてるか?』と訊いて来るよ」


「義理堅いお方なんですね」


佐久間さん

「そりゃあんな出会い方をしたら誰でも心配するだろ」


「……世の中にはこんなに優しい方がまだふたりもいたんですね」


佐久間さん

「お前の中の“世の中”は、随分と狭くなっていたみたいだな」


「……」


 と、そんなこんなで、どこでこんなお洒落な喫茶店を見つけて来るんだというくらいお洒落な喫茶店に到着!!

 みんな(以下略)

 斜交いの席に着いて、いつも通り佐久間さんはよくわからんコーヒーを、私は平凡なミルクティーを注文。

 いまの時代って確かウェイトレスとかウェイターとかって言わないんだよね。なんて言うの?


佐久間さん

「なあ、ファラ。俺とお前の心の距離って、いまはどれくらいだ?」


「……42.195キロ……」


佐久間さん

「走破できると考えても遠いんだか近いんだかよくわからん距離だな」


「大丈夫です。私は脚が遅いのですぐ追いつきますよ」


佐久間さん

「でもお前、瞬間移動するんだろ」


「5㎝くらいですけど」


佐久間さん

「もっと頑張れ」


「あら? 頑張っていいんですか?」


佐久間さん

「お前も案外、意地の悪いことを言うんだな」


「捻くれ者ですから」


佐久間さん

「まあでも走破できる距離まで近付いたとも考えられるのかな」


「私は絶対に走破できないですけど」


佐久間さん

「お前はゴールで待っていればいいんじゃないか?」


「帰ってもいいですか?」


佐久間さん

「いいわけねえだろ。ちゃんと待ってろ」


「以前の佐久間さんのお話と繋げると、42.195キロが障害物競争というわけですか……」


佐久間さん

「うわ……」


「リタイアしてもいいですよ?」


佐久間さん

「しねえよ」


「強情ですねえ」


佐久間さん

「それはどういう意味なんだ」


「私が逆の立場だったらしんどすぎてスタートすらしないですね!」


佐久間さん

「諦めが早すぎだろ。せめて途中まで走れ」


「体力がないほうの忍者でござる」


佐久間さん

「忍者が体力なくてどうすんだよ」


「そもそも拙者は体力を使う忍者ではござらん」


佐久間さん

「そういえばそうだったな」


 最近、その存在意義を忘れている気がするけどね!


佐久間さん

「……あ」


「どうしました?」


佐久間さん

「お前、もうちょっと遠くに瞬間移動できるようになってくれよ」


「なんでですか?」


佐久間さん

「42.195キロの中にいくつかチェックポイントを作って待っていてくれ」


「なるほど……。給水所ですね」


佐久間さん

「そうだな」


「確かに、労力には報酬が必要ですね」


佐久間さん

「言い方が気になるが、要はそういうことだ」


「じゃあ手裏剣をデイリーで1枚ずつ用意して、5枚集まったら無料ガチャ1回ですね」


佐久間さん

「無料ガチャだったら1枚で1回にしろよ。

 しかもデイリーって、42.195キロ走破するのに5日かかるのか俺」


「いえ? チェックポイントが5個で1回で何セットかあるんですよ」


佐久間さん

「その仕組みの詳細は要らねえんだよ。

 何日走らせるつもりなんだよ」


「聖地巡礼みたいなことですよ」


佐久間さん

「まずは何十年待ちってことか?」


「そもそもメッカに近付けない……」


佐久間さん

「なんだそれは遠回しに断ってるのか?」


「冗談ですよ」


佐久間さん

「どこからどこまでが冗談なんだ?」


「今日も見事な振り回されっぷりですね」


佐久間さん

「なんで他人事だよ」


「というか、報酬は何を用意しておけばいいんですか?」


佐久間さん

「それはお前に任せるよ。

 いつ何を用意するか、ゆっくり考えておいてくれ」


「そうですか……。わかりました」


佐久間さん

「……考えておいてくれよ?」


「なんで2回言ったんですか?」


佐久間さん

「お前のことだから考えもしないんじゃないかと思ってな」


「その可能性はいま潰えましたね」


佐久間さん

「いまってことはさっきまではあったのかよ」


「考えはしますが……結局なにも思い付かなくて誤魔化す、みたいな可能性はありましたね」


佐久間さん

「なにも思い付かないのか……」


「……金、ですかね」


佐久間さん

「即物的すぎる」


「……まあ、考えておきますわ」


佐久間さん

「不安だ……」


「佐久間さんがもらって嬉しい物、ですよね」


佐久間さん

「要はそういうことだ」


「ふむ……。やはり金しか……」


佐久間さん

「申し訳ないんだが、42.195キロの障害物競争を走破しようとしている最中に金をもらっても嬉しくない」


「そうですか……」


佐久間さん

「まあ、ゆっくり考えてくれ。

 すぐに求めているわけではないんだ」


「わかりました」


 佐久間さんが右手を差し出す。

 私が素直に左手を重ねると、佐久間さんは優しく微笑んだ。


佐久間さん

「こんな温かい店内にいるのに、相変わらず冷たい手だな」


「冷え性は一生の課題ですわ」


佐久間さん

「俺がこうして握っていれば、いつか血行も良くなるかもな」


「人肌で冷え性が改善されてたら世の奥様たちに冷え性はいなくなりますよ」


佐久間さん

「感慨がなくなることを言うな」


「面目ない」


佐久間さん

「それにしても、こうして何回も会っているというのにいまだに42.195キロとは、お前の心は遠いんだな」


「お付き合いし始めたのが告白された数年後という前例もありますからね」


佐久間さん

「浸透するの遅すぎじゃないか?」


「そもそも拙者、他人の愛に鈍感なタイプの忍者でござる。

 いつから私をそんな目で!? と思ったことがあります」


佐久間さん

「それはわかるな。

 俺の愛が早めに浸透するといいんだけどな」


「善処します」


佐久間さん

「そういえばお前、誕生日いつ?」


「6月19日です」


佐久間さん

「まだ先だな」


「祝っていただかなくてもいいですよ?」


佐久間さん

「いや、それまでに42.195キロ走破して、お前にプロポーズするよ」


「わお、イケ散らかしてる!!」


佐久間さん

「わおって。

 別に誕生日にプロポーズするのは普通のことだろ」


「そうかなあ……。

 縁がなさすぎてわかりませんわ」


佐久間さん

「じゃあ俺がその縁を作ってやらないとな」


「2イケ散らかし!!」


佐久間さん

「2HITみたいに言うな」

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