【28+α話】クローヴィア騎士団の暗躍

【28】実父と義妹の暗躍 の別サイドからのお話。

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黒づくめの男たちに命じられるまま、農婦アンナはエリィの誘拐に加担した。


エリィはザクセンフォード辺境騎士団で雑役婦として働く美しい娘だ。毎日アンナが村から送り届ける農作物などを、エリィが受け取って確認作業をしてくれる。


(エリィちゃんを誘拐だなんて……どうして? あの娘はただの雑役婦じゃないか。でも、従わないと――)

従わなければ、ミアが殺されてしまう。誰にも知られないように、エリィを攫ってくるよりほかには、ミアが助かる道はないのだ。


その日の昼前。騎士団の裏口で、エリィはいつものようにアンナを待っていた。

「こんにちは、アンナさん。いつもお疲れさまです」

「………………エリィちゃん、……」

手が、震える。恐ろしくて、エリィの顔を見ることができない。

「どうしたんですか? アンナさん」

「……あの、………………あのね………………ごめんよエリィちゃん!!」


男たちから渡されていた睡眠薬を使って、アンナはエリィを眠らせた。エリィの体を担ぎ上げ、農婦のアンナは泣きながら駆け足になっていた。


(――誰かに見つかったら大変だ……。あたしが、上手くやらなきゃ。絶対に失敗できない。ごめんよ、ごめん、エリィちゃん。でも、あたしは…………)


頭の中がぐちゃぐちゃで、何がなんだかわからないまま、アンナはエリィを運び続けた。約束の場所にたどり着くなり、エリィの体を地面におろす。


「約束通り、エリィちゃんをさらってきたよ!! これで満足だろう!?」

涙声で、アンナは叫んだ。


木陰からひっそりと姿を現したのは、あの男たちだ。

「ご苦労だった」

男たちはエリィの風貌を確かめ、「間違いない」とうなずき合った。一人の男がエリィを縛り上げると馬に乗せ、迅速に駆けだす。


残る男たちに取りすがり、アンナは青ざめながら訴えた。

「あたしは命令通りにやっただろ!? だから約束通り、あたしの子供を返しておくれ!」

男たちは、ぞんざいな態度でアンナを突き飛ばした。


「バカな農婦だ。約束など、守ると思うか?」

「……そ、そんな」

地面に手を突いて抜け殻のようになっているアンナを見下ろし、彼らは酷薄な笑みを漏らしている。


「俺たちが証拠を残すわけがないだろう? クローヴィア騎士団を、甘く見て貰っては困る。……あぁ、お前のような農婦には、クローヴィアを名乗っても分からぬか。ならば、冥土の土産に教えてやろう!」

リーダーとおぼしき男が残虐そうに顔をゆがめて、鞘から剣を引き抜いた。

「お前がさらってきた小娘は、クローヴィア公爵家の長女エリーゼ嬢だ! クローヴィア公爵ならびに王太子妃ララ様は、エリーゼ嬢を所望しておられる!」


なにがなんだか分からない。

エリーゼ? 公爵? 王太子妃? 何の話をされているのか。分かるのは、自分と娘が殺されようとしていることだけだ。


「返して……返してよ、ミアを返しておくれ!」

「あの世で再会すればいい」

男の振り上げた長剣が、太陽の光を浴びてぎらりと輝く。振り下ろされようとする剣を見て、アンナは震えた。


絶望しかない。もう、なにも――


きつく目を閉じたアンナは、どす。という鈍い音を聞いた。次の瞬間、アンナを殺そうとしていた男が苦鳴をもらして倒れ込む。男の胸に刺さる矢を見て、他の者たちに動揺が走った。


(何が起きてるの……?)


馬蹄の音が近づいてくる。馬を駆るのは、アンナのよく知る男だった。

「アンナ!」

カイン・ラドクリフは馬上で弓を操り、その場にいた十人近い賊を次々に射抜いていった。旗色が悪いと見た賊の数人は、自分の馬に飛び乗って逃走を図ろうとする。

「総員、賊を逃がすな!」

カインの背後に続いていた騎士たちが、賊の逃亡を妨げた。交戦の末に賊を締め上げ、つぎつぎに捕縛していく。


馬を降りたカインが、アンナに駆け寄った。

「……カイン様。どうして、ここに……?」

「裏口に農作物が散らばったままになっていたので。痕跡を辿って駆けつけましたが――これはどういう状況ですか」

青ざめてへたり込んでいたアンナは、彼にすがりついた。


「あたしが。……あたしが、とんでもないことをしてしまったんだ。『ミアを殺されたくなかったらエリィちゃんを攫え』と命令されて……エリィちゃん、馬に乗せられてどこかに連れていかれちまった!」

「何だって!?」


カインは携帯していた号笛ごうてきを吹いた。新たに駆けつけた騎士たちに、カインが指示を飛ばす。

「エリィさんが拉致された。アルバート隊は追跡を。エマヌエル隊は捕らえた賊の尋問に当たれ。ドミニク隊は残党を捕らえろ――5歳の少女が人質に取られている」

「「「「「Yes,Sir!」」」」」

騎士たちの姿を呆然と見守るアンナに向かって、カインは複雑そうな表情で微笑みかけた。


「ミアもエリィさんもあなたも必ず助けます。我々ザクセンフォード辺境騎士団に任せてください」

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