【38+α話】ギルの『お酒の飲み方指南』


第38話とEpilogueの間のお話。エリィとギルの婚約が決まり、今後の準備のために辺境騎士団で過ごしている頃のエピソードです。


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その夜。エリィはひとりで騎士団本部の屋上に出ていた。満天の星空の下、ワクワクしながらギルベルトを待つ。

……今日は、とっておきの約束をしているのだ。


「待たせたな、エリィ」

愛しいギルベルトの声が聞こえた瞬間に、エリィは振り向いた。ギルベルトが手に持っているかごを見て、エリィの美貌がさらに輝く。


「ギル。……ご指南お願いいたします!」

「なんだ、かしこまって。そんなに楽しみだったのか?」

照れた様子でうなずいているエリィを見て、ギルベルトは苦笑していた。

彼はエリィの隣に座り、籠から酒瓶を出して見せた。


「――それでは。月見酒と行こう」


   

ことの発端は、1か月ほど前。

騎士団で催した慰労会のとき、エリィが泥酔して倒れてしまったときのことだ。


あの日はお酒を飲みなれていないエリィがうっかり盛大に一杯あおってしまい、昏倒した。翌日、ギルベルトは彼女に約束したのだ――『酒には正しい飲み方があるから、それを俺から教わるまではエリィは禁酒だ』と。


ギルベルトにとってはちょっとした口約束のつもりだったが、エリィは大まじめに受け止めていた。そして先日、もじもじしながらギルベルトに尋ねてきた――「お酒の飲み方、いつ教えてくれるんですか?」と。……どうやら、心の底から楽しみにしていたらしい。


「まぁ。教えるというほどのものでもないんだが」

「夜空を見ながらお酒なんて、とてもすてき。お部屋でいただくんだと思っていたのだけれど」

「…………密室は危険だ」

「危険?」

「いや。……まぁ、屋外で酒というのも、たまには風情があっていいだろう?」

夜風に当たっていないと、理性を保てる自信がない……というギルの心情など、エリィには知る由もなかった。


二つ並べたグラスに酒を注ぎながら、ギルベルトは説明を始めた。

「……そもそもの話だが。個人差はあるものの、女は基本に男よりも酒に弱い。体が小さい分、体の中で酒が濃くなりやすいからな。だからこそ、少量を楽しむのがエリィには合っていると思う」


「はい」

きまじめな生徒のように、エリィはうなずいた。ギルベルトが多めの水で酒を割る様子を、真剣に見つめている。


きっ腹で酒を飲むのも好ましくない。……というわけで、つまみも持ってきた」

「つまみ?」

「厨房のドーラに頼んで作ってもらった。二枚貝の蒸し焼きだ」

「おいしそうな香りね」


「つまみは、酒の代謝を助けるものを選ぶのが好ましい。これは二日酔いの予防にもなる」

「なるほど……勉強になります」


実は。ふだんのギルベルトは、ここまで細かく考えて酒を飲んでいるわけではない。彼自身はかなり酒に強いので、酔いの心配などしたこともなかった。しかし、エリィに「教える」と言った以上は知識が必要だと思い、今日のためにこっそり勉強してきたのだった。ドーラたち料理のプロにあれこれ聞いて学んできたということは、エリィには絶対に内緒だ。


エリィもギルベルトも、かなり生真面目な性格である。


「これ……とてもおいしい!」

「そうだな。普段の食事にもとり入れてもらうよう、今度頼んでおくか」


2人でのんびりと摘まむ料理は、この上なく美味しかった。ふたりの気持ちが通じ合ってからも、毎日あれこれと忙しく。こうしてのんびり2人きりで料理を摘まむ場面など、初めての経験だった。


「お酒、いただいていいですか?」

「あぁ。かなり割ってあるが……一気にあおるなよ?」

「はい」


グラスを受け取ったエリィは、ちびちび飲んではうっとり溜息をついている。そんな様子を見て、ギルベルトは笑った。


「子猫みたいだな」

「え? ……私、へんな飲み方でしたか?」

「いや。愛くるしい」


エリィ頬がぽっと赤く染まっているのは、気恥ずかしかったからなのか、酔いが回り始めたからか。


「……でも、ふしぎ」

「ん?」

「私、これまでも社交場でお酒を飲んだことはあったけれど……酔ったことなんてなかったの。一度も酔わなかったから、私はお酒に強いタイプなのかと思ってたのに」


つぶやくエリィの頭を、ギルベルトはそっと撫でていた。


「気が張っていると、酔いにくくなる人間もいる。王太子の婚約者なんていう立場では、酔うどころではなかったんじゃないか?」

「そうかもしれない。ねぇ、ギル。……幸せだと、酔っぱらいやすくなる?」


こてん。と、エリィはギルベルトの肩に寄りかかってきた。


「気がゆるむと、酒が回りやすくなる。……それに、幸せだと安心して酔えるのかもしれないな」

「そうね。私、今……とても幸せ」


グラスを置いてそっと目を閉じ、幸せそうに頬を染めるエリィを見て。ギルベルトも、言い知れない幸福を感じた。

「俺も幸せだ」


ギルベルトは、星空を仰いだ。南西の空には今日も灯り星が輝いている。こんな幸せが自分を待っていたことなど――子供の頃のギルベルトには、想像も出来なかった。

「愛しているよ。エリィ」




……?

エリィからの、返事がない。



「……エリィ?」

いつの間にか、エリィは眠りに落ちていた。ギルベルトの肩に寄りかかりながら、幸せそうに寝息をたてている。

「まだグラス半分も飲んでないじゃないか……君は酒に弱すぎだ。俺が一緒にいるとき以外は、絶対に禁酒だな」


愛する人の穏やかな寝顔を見つめながら、ギルベルトは優しく笑っていた。





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お酒はハタチになってから。で、おねがいします!


お酒イベント、たのしいですよね。たぶん新作を書いても、ひょっこりどこかにお酒が出ることでしょう。


最近は日本酒の美味さに気づいた越智屋です。いや全然強いとかじゃないんですがね……


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