【34*】大聖女エリーゼの夫

アルヴィン殿下は惨めな悲鳴を上げながら、衛兵に引っ立てられていく。遠ざかる殿下を冷え切っていた目で眺めていたギルに、私は駆け寄った。


「ギル……ギル!」

ギルは、アルヴィン殿下の攻撃魔法を受けてしまった。『王家の毒槍』とかいう名で、殿下は呼んでいた。……まさか、毒がギルの体を蝕んでいるのでは? そう思うと、怖くて怖くて息ができない。


「ギル、……身体は大丈夫なの? あなた、魔法を受けて…………」

「俺は何ともない。毒を孕んだ衝撃魔法だったようだが、俺に当たる直前に弾けて消えていた」

「でも…………!」

ガタガタと震えながら、私はギルに縋りついた。


「ギルベルト、エリーゼ嬢、心配は要らぬ。あの毒槍は、ギルベルトには効かん」

国王陛下が、落ち着ききった声でそう言った。

「念のため、宮廷医師と魔術師団にギルベルトを精査させるが。……よりにもよって『王家の毒槍』か、アルヴィンめ……皮肉なものを復元させたものだ」


陛下のご手配で呼び寄せられた宮廷医師たちが、ギルを別室に連れていく。検査中、陛下が私に説明してくれた。


「王家の歴史書に『王家の毒槍』という禁術に関する記載が残っている。毒を放つ魔法であり、王族を守るために護衛騎士が使用するものだ。……強力な術なのだが、呪わしい側面があってな。『王家の毒槍』を使用したものは、数週間のうちに苦しみながら死ぬ」


「死……? それでは、アルヴィン殿下も……?」

苦々しい顔で、国王陛下はうなずいている。

「アルヴィンも、もちろん例外ではなかろう。肺腑が衰え、食事も水も摂れなくなって野垂れ死ぬ。……そうなる前に断首してやるのが、温情とさえ言えるかもしれん」


そんなむごたらしい結末が……。私が青ざめていると、あきらめたように陛下は呟いた。

「ミツバチが自分の命と引き換えに、敵に毒針を刺すのと似たようなものだ。人を呪えば自分も死ぬ……だからこそ、古王家の古代魔道具には手を出してはならん」


しばらくして、ギルが戻ってきた。宮廷医師と魔術師の報告によると「なんら異常なし」とのことで。私は陛下の面前であることも忘れて、ギルに抱きついていた。




やがて、陛下は表情を引き締めて声を響かせた。

「さて、愚者の処分はこれにて幕引きだ。ここからは、この国の未来の話をしなければならない――つまり、大聖女エリーゼの夫となる者を決める必要がある」


私の夫。

言われた瞬間、体が凍り付いたように固まってしまった。国王陛下の聡明な瞳が、まっすぐに私を捕らえている。


「王室規則に則れば、大聖女は次期王妃……つまり、王太子妃となることが義務付けられている。しかし、アルヴィンはもういない。余にはアルヴィンのほかには男児はおらず、次期王位は第一王女のミリアレーナに継がせるつもりだ。……よって、エリーゼ嬢は王太子妃にはなり得ない」


王室規則の内容を、私は思い出していた。……そうだ、王太子がいない場合には、確か……


「王太子不在の場合には、国王の側妃となることが第一候補であるが。……あいにく、余は側妃を迎えるつもりはない。よって、最後の選択肢として『王の二親等内親族』との婚姻を為すこととしよう」


私は震えた。……嫌だ。ギル以外の誰とも、私は結婚なんてしたくない。


「国王陛下……私は、どうしても結婚をしなければならないのでしょうか。私はかならず、大聖女として国を守ります。一生、この役目に身を捧げます。だから、どうか結婚だけは……」

「それは許されない」

国王陛下にきっぱりと否定され。私は、死にたい気持ちに追い込まれていた。


「エリーゼ嬢。なぜ、大聖女が王家の妻になる必要があるのか教えてやろう。大聖女の能力は、王家の血と交わることで初めて完成されるからだ。女神アウラの代行者として聖痕を持って生まれた『大聖女適格者』は、女神アウラの血を継ぐ『王家』に妻として迎えられなければ、完全なる覚醒を迎えることができない。――これが結論だ。エリーゼ嬢には、王家の妻になるより他の生き方はない」


そんなのは嫌だ。私の生き方なのに……私は、ギルと生きたいのに。

ギルと引き離されるくらいなら、全部の責任を投げ出して死んでしまった方がいい……


「余の弟は、エリーゼ嬢を痛く気に入っておる。すぐにでも妻に迎えたいと言って聞かないのだ。弟の気持ちを、受け入れてもらえないだろうか」

いやです――と、言おうとした。でも、何が起きたか分からずに、私はその場で立ち尽くしていた。


ギルが私の目の前に立ち、そっとひざまずいて掌にキスをしたからだ。

「エリィ。どうか、俺の妻になってほしい」

「…………え?」



「エリーゼ嬢。ギルベルトを夫とし、大聖女として末永くこの国を支えてもらいたい」


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