【18*】無能な妻を持ってしまった《王太子視点》

僕は苛立っていた。妻のララのせいで、僕の評価まで下がり始めているからだ。


王太子という立場上、地方視察に出向くことの多い僕だが、行く先々で大聖女ララへの不満を小耳に挟んだ。


「大聖女さまは何をお考えなんだ? こんなに魔獣被害の多い土地なのに、どうして守備を手薄にしてしまうんだ……!?」

「大聖女ララ様は、本当に正しい神託を下していらっしゃるのか?」


各地を任された貴族たちは、困惑しきっている様子だ。自分の領地にいた聖女・聖騎士を全員よそに移動させられて、魔獣対策が破綻した領も散見される。魔獣に襲われたり、瘴気に汚染されたりして、命を落とす国民の数も増えているようだ。


(くそ! ララは、いったい何をやっているんだ?)

僕は焦った。平民どもの犠牲が増えるのは大した問題ではないが、夫である僕が、ララの巻き添えで評価を落とされるのだけは避けたい。


(ララの奴。お飾りの仕事も出来ないのか? 大司教を上手く使えと、あんなに入れ知恵してやったのに……!)


今日の地方視察でも土地の領主に導かれ、魔獣に滅ぼされた村を案内された。この村が廃墟になってしまったのは大聖女ララの責任である……と、領主は言いたいようだった。


「……急きょ大聖女になられたララ様には、女神の神託が下りてこないのでしょうか」

「アラントザルト伯爵、それはどういう意味だい?」

「いえ……」

伯爵は重苦しい顔で口をつぐんだ。


「僕の妻が無能だというのか? 口のきき方には気をつけたまえ」


冷たい声でそう言いつつも、僕は心のなかでは少し焦っていた。王太子妃ララへの不満は、王太子への不満につながりかねない。僕がスムーズに王位を継承するためにも、貴族どもからの評価は良くしておきたい。


(……宮廷に戻ったら、少しララを教育してやらないといけないな)


頭の悪い妻を持つと、苦労する。エリーゼのように生意気な女も不愉快だが、バカすぎるのも手が掛かる……本当に、女というのは面倒くさい。


   ***


数日後。宮廷に戻った僕は笑顔を作ってララに会いに行った。


「やぁ、戻ったよ。ララ」

「アルヴィンさまぁ!!」

すがるような甘ったるい声で、ララは僕にすり寄ってきた。相変わらず頭の軽い女だ……もともとこんな女は好きでも何でもない。手懐けて転がすのに便利だと思ったから妻にしたんだ。


「寂しかったかい、ララ?」

この無能女が! という罵倒は胸の中にしまっておく。お世辞を言っていい気にさせておいた方が、何かと便利だ。


「助けて、アルヴィンさまぁ。大聖女の仕事が、毎日大変なの……。わたし、こんな仕事もう無理……」

ぐすん、ぐすんと泣き始めるララ。……蹴り飛ばしてやりたい。


「かわいいララ。泣いたら、美しい顔が台無しだよ? ……大司教とはうまく行ってないのかい? 神託がきちんと機能していないようだけれど、大司教は君に教えてくれないのかな?」


猫なで声で僕が問うと、ララは鬼のような形相で僕に訴えてきた。


「聞いてよアルヴィンさま! あのジジィ、全然使えないのよ!」

「……ジジィ? そんな口さがない罵り方をしたら、大司教だって君を助けてくれなくなるよ?」

「そういう問題じゃないんだってば! 大司教は、本当に役立たずだったの。これまでの神託だって、実は大司教がやってた訳じゃなかったのよ!」


なんだって?


「それじゃあ、誰が神託を下してたんだい?」

「……エリーゼだったのよ」

言いたくなさそうな顔で、ララはぽつりとエリーゼの名を出した。


「エリーゼったら、まだ正式な大聖女でもないくせに、しゃしゃり出て神託をしてたんですって! でも無名なエリーゼよりも、権威ある大司教の神託ってことにしておいた方が皆が信じるから、大司教が下したことにしてたんだって……」


僕は哀れみの目でララを見つめた。

「かわいそうなララ。大司教に、まんまと言いくるめられてしまったんだね」

「……へ?」

「エリーゼごときに神託が出来る訳ないじゃないか。結局、大司教が君にいじわるして情報を伏せてるだけなんだよ。……もしかすると大司教にとっては、君よりエリーゼの方がお気に入りだったのかもしれないね」


ララの顔が、醜くひきつる。


「あのジジィ……! やっぱり、わたしのこと騙して、いじわるしてたのね!」

「負けてはいけないよ、ララ。なんとしても、大司教に媚び入って情報を引き出すんだ。エリーゼより君の方が魅力的だってことを、理解させてやれ」

「はい!」


……媚びを売るくらい、君にだってできるだろ? 美人だということ以外は、何の取り柄もないんだから。


「それじゃあ、僕は公務に戻るからね? ララの活躍を期待しているよ」

「アルヴィンさまぁ。……もう行っちゃうの? さみしい……」

「僕も寂しいが、仕方ないんだ。いつでも愛しているからね。がんばって」


キスをしてから、僕はララの元から去った。本当に、「夫」という仕事は面倒くさい。淡い微笑みの下で何十回と舌打ちしながら、僕は仕事に戻っていった。


(ともかくララを上手くおだてて、大聖女の役目を果たさせないと。……ララの無能ぶりには困ったものだ。政務女官もたくさん付けて、政治に一切関わらずに済むよう手配してやったのに。大司教に媚びるくらいの仕事は、最低限やって貰わなきゃ困る)


大聖女なんて、どうせお飾りなのだから。


   *


――こんな具合で僕は、「大聖女なんて所詮はお飾りだ」という考え方を崩さなかった。


結果的に自分を破滅させることになるなんて……僕はまったく想定していなかった。

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