【6】「魔獣に喰われるなんて、お姉さまにお似合いの死に方ね」《妹視点》

一昨日から宮廷で生活していたわたしは、豪奢な私室で目を覚ました。明日はとうとう、わたしとアルヴィンさまの結婚式だ。


侍女に着替えをさせながら、わたしは自分の胸元を撫でた。左胸にはバラに似たアザ――聖痕がしっかりと刻まれている。あの惨めな『お姉さま』から奪った、大聖女の聖痕が。すべては順調、順調すぎて頬が勝手にゆるんでしまう。


わたしに聖痕が宿ったことを、国王陛下と中央教会に申告したのは数週間前。最初のうちは、国王も聖職者たちも、わたしに疑いの目を向けていた――聖痕がニセ物なんじゃないかと、しつこく疑っていたのだ。色んな魔道具を使って、何度もくりかえし検査を受けさせられたけど。結局はどの検査も、わたしの聖痕が本物であることを証明するばかりだった。そして先日、とうとう国王陛下は私をアルヴィンさまの妻にすることを認めたのだ――胸に宿った聖痕が、決定打になった。


そして、アルヴィンさまがエリーゼと結婚式を挙げる予定になっていた明日――エリーゼの代わりに、わたしが新婦になる。


「エリーゼお姉さまが死んでくれて、本当に良かった! 魔獣に喰い殺されるなんて、お姉さまにぴったりの死に方ね」


クローヴィア邸から療養先の屋敷に向かう途中で、エリーゼは魔獣に襲われて行方不明になった。話によると、御者を逃がすためにエリーゼは自らおとりになったらしい。一応は捜索隊が死体を探しに行ったけど、骨の一本もみつからなかったそうだ。捜索隊でも行かれないような、森の深くで喰われたに違いない。


「いつも取り澄ましていたエリーゼお姉さまが、魔獣にむさぼり食われる姿……あぁ、本当に見たかったなぁ。あの女は最後までお人形みたいな無表情を守って食い殺されたのかしら? それとも、怖くて泣きわめいていたの?」


わたしがクスクス笑っていると、扉をノックしてからアルヴィンさまが入ってきた。

「やぁ。おはよう、僕のララ」

「アルヴィンさまぁ! おはようございます」

わたしとアルヴィンさまは、きつく抱きしめ合った。


「とても機嫌がよさそうだね。僕との結婚がそんなに嬉しいのかな?」

「はい、もちろん!」

「君は本当にかわいいね。あのエリーゼとは大違いだ」

「アルヴィンさまったら! あんな女と比べないでくださいよぉ」

ぷぅ、と頬を膨らませて拗ねてみせると、アルヴィンさまが私の頬にキスをした。

「やっぱり女性は素直で愛くるしいのが一番さ。君こそが僕の妻にふさわしい」


あたりまえでしょ。エリーゼよりわたしのほうが良いに決まってる。わたしは満足しながらうなずいていた。


「明日はいよいよ、僕らの結婚式。君が王太子妃になる記念すべき日さ。ついでに、大聖女になる日でもある」

「えぇ! わたし、アルヴィンさまとの結婚式がすごく楽しみ! ……でも、正直言って、大聖女とかは全然興味ありませーん」


アルヴィンさまは苦笑しながらわたしの髪を撫でていた。

「そうだね、本当にくだらない風習だ。だが、王太子妃は、結婚式と同日に大聖女に就任するのが決まりなんだよ。僕の顔を立てるためにも、就任式に出てくれないか? 君は賢い子だから、きちんとできるだろ?」

「当り前じゃないですか。任せてください」


なんだかんだ言って、大聖女就任式のセリフも動作も、全部暗記済みだ。王太子妃になるには、少しくらいは面倒くさいこともガマンしなきゃいけないってことくらい、理解している。

「良い子だね。期待してるよ」

アルヴィンさまは、わたしにキスをした。


「心配いらないよ、ララ。どうせ大聖女なんて『お飾り』なんだから、実務はすべて大司教にやらせればいい。ついでに言うと、王太子妃としての政務も君がやる必要はないんだよ? この国には政務女官という役職の女性がいるから、王妃や王太子妃は政治に関わる必要がほとんどないんだ。君のために、政務女官を5人ほど増員しておいた」


「さすがアルヴィンさま! ありがとうございます!」


「大聖女が王妃などを兼務する場合には、政務女官に政治を任せて『大聖女の任務に専念する』のが、古くからの習わしなんだ。先代の大聖女、つまり僕の母も生前は中央教会の聖堂に籠りっぱなしだった。すごく楽そうな生き方だなぁ……と、母がうらやましかったよ」


アルヴィンさまは皮肉っぽい笑みを浮かべてそう言った。

「アルヴィンさま。大聖女って、ただお祈りしてればいいんですよね?」

「その通り。正確にいうと、3種類の仕事がある――『毎日の礼拝』『宗教行事への参加』『神託を下す』の3つだ」

「神託ってなんですか?」

「女神アウラに代わって、お告げをすることだよ」


お告げ? ……わたしに、お告げなんてできるかしら。


「実際には、神託の内容は大司教が全部決めていたようだから、君には負担は全然ない。大司教にお世辞のひとつでも言ってやれば、気を良くしてなんでも教えてくれるさ」

「よかった、それなら簡単そうですね! わたしのお仕事って、結局は大司教様に気に入られることだけなんですね♪」


わたしが声を弾ませると、アルヴィンさまは苦笑していた。


「おいおい。僕を差し置いて、他の男に色目を使わないでくれよ。大司教は枯れ木みたいなよぼよぼじじいだから、一緒にいても面白い事なんて何もないだろうけど。……まぁ、上手く転がしてやるといい」

「は~い!」


なんだ。大聖女なんて、ちょろい仕事ね。エリーゼったら、大聖女にこだわり続けていたみたいだけど……本当にバカな女。


――どう? エリーゼ。あんたが手に入れられなかったモノを、わたしは全部持ってるのよ?


わたしは、亡きエリーゼを思い浮かべてほくそ笑んだ。


――わたし、初めて出会ったときから、あんたが大嫌いだったの。お母さまが公爵家の後妻になって、わたしが「次女」になった13年前から、ずーっと。


わたしにとってエリーゼお姉さまは、いつでも獲物だった。金持ち貴族の家に生まれて、生まれつき聖痕を持っていて、王太子のお妃になる将来が決まっていたお姉さま。疑うことを知らずに、義妹のわたしと仲良くしようとしてきたお姉さま。あの無防備な笑顔が気に入らなかった。だから私は、エリーゼからなんでも奪い取ってやった。


ドレスにおもちゃ、お人形――

幼いころのエリーゼは、わたしにが奪うたびにびっくりしたり、涙ぐんだりしていた。それでもがんばって、わたしと仲良くなろうとしていた。


宝石、友人、貴重な蔵書――

奪われ馴れたエリーゼは、無感情を装うようになった。心を閉ざして背筋を伸ばし、「正しさ」を盾に自分を守ろうとした。エリーゼはいつだって、わたしの嗜虐心を満たすための玩具おもちゃだった。


そしてとうとう、婚約者を奪い、聖痕さえも奪って見せた。最終的には命まで奪えたのだから、大満足だ。エリーゼを完全に壊すことができて、嬉しい。


「……うふふ」

「どうしたんだい、ララ?」

「すごく嬉しいの。わたし、最高の気分です!」


わたしは、アルヴィンさまの腕にぎゅうっとしがみついた。

アルヴィンさまも、とても嬉しそうに笑っている。


わたしの勝ちよ、エリーゼ!

あんたがこだわっていた『大聖女おかざり』の仕事は、わたしが代わりにやってあげるから。地獄の底からうらやましそうに見てらっしゃい。


わたしは、いつまでも笑いが止まらなかった。この先に待ち構えている運命のことなんて、このときのわたしは……まだ、何も知らない。

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