第38話 謎の装備を身につける男

「ふう……。暖かいな……」


 鉱山ダンジョンの中は、一定の温度に保たれている。

 体感で二十四度くらいだろう。

 理由は不明だが、パンツ一丁の俺にはありがたい。


 鉱山ダンジョンの入り口から一階層へ降りて、一本道の坑道を進む。

 御手洗さんと片山さんが、俺の後ろをついて来る。


 すぐにY字路が見えてきた。

 機動隊員さん六人が待機している。


 機動隊員さんたちと目が合うと、お約束のリアクションが返ってきた。


「うわっ! 変態!」

「事案発生!」

「あいつを捕まえるのか?」

「いや、彼がパンイチさんだろう。ここの鉱山ダンジョンのオーナー代行の」

「パンイチって……、SNSのハンドルネームじゃないのか!?

「えっ!? リアルにパンイチ!?」


 もう、慣れてきたな。

 俺は姿勢を正して、機動隊員さんたちに丁寧にお辞儀をした。


「どうも、お騒がせしてすいません。よろしくお願いします」


「「「「「「お、おう!」」」」」」


 機動隊員さんたちは、俺の姿を見てかなり動揺しているが、隣にいるダンジョン省の片山さんと御手洗さんが澄ました顔をしているので、どうにか俺に返事をしてくれた。


 ダンジョン省の片山さんは、ストライプのパンツスーツ。

 御手洗さんは、巫女の衣装姿だ


 そして、二人に挟まれた俺はパンツ一丁……。

 機動隊員さんたちが、動揺するのも無理はない。


 俺に続いて、ダンジョン省の片山さんが機動隊員さんたちに挨拶をする。


「ダンジョン省の片山です。隊長さんは、どなたですか?」


「私です!」


「よろしくお願いします。十一時半ですので、配置につきましょう」


「了解しました!」


 機動隊員さんたちが、ばらけた。

 Y字路の左へ三人、右へ三人向かった。

 Y字路の先にある角を曲がったので、機動隊員さんたちの姿は見えない。

 これなら、ストーカー若山拓也にバレることはないだろう。


 片山さんが、俺の正面に立った。

 いきなり俺の顔を両手でつかみグッと引き寄せる。


「駆さん。無茶はしないで下さいね」


「片山さん……」


 片山さんの潤んだ瞳に吸い込まれそうになった。

 御手洗さんが、いなかったらキスしていたかもしれない。

 それくらい濃厚な雰囲気が一瞬漂った。


 だが、一瞬だ。

 片山さんは、クルリと背を向けてY字路の右方向へ走っていった。


 ボーッとする俺に、御手洗さんが淡々と話してくる。


「天地さん」


「はい」


「その格好では、何をしても、しまらないですよ」


「あっ!」


 何というトラップ!

 御手洗さんの深謀遠慮には、脱帽だ。



 *



「はい! はい! わかりました!」


 坑道の奥から機動隊員さんの声が聞こえた。

 有線の電話で話しているのだろう。

 坑道の床をよく見ると、隅にコードが這わせてある。


(準備する時間がない中で、がんばってくれた! ありがとう!)


 心の中で、片山さんや警察に礼を述べる。

 坑道の奥から片山さんが顔を出した。


 ひそひそ声で言葉を交す。


「黒い車が鉱山ダンジョンの前に止まりました。ストーカー若山拓也です。間もなくこちらに来ます!」


「了解です! 片山さんは、隠れていて下さい!」


 片山さんが、坑道の奥へ引っ込む。


 ついに来たか!

 ストーカー若山拓也とご対面だな。


 俺の隣に立つ御手洗さんを見ると、さすがに顔が強ばっている。

 俺は御手洗さんの手を握った。


「大丈夫ですよ。俺がいます!」


 御手洗さんは、ハッとして俺の顔を見た。

 表情が緩んだ。


「そうですね。警察の方もいらっしゃいますし、片山さんもいる」


「ボコボコにしてやりましょう!」


「ハイ! ボコボコです!」


 片手でファイティングポーズをとる御手洗さんがカワイイ!

 二人で和んでいると、鉱山ダンジョン入り口の方から足音が聞こえてきた。


(来たな……)


 御手洗さんが俺の手をギュッと握った。

 ヒタヒタと足音が聞こえてくる。

 嫌な足音だ。


「いた! 静香!」


 ストーカー若山拓也が姿を現した。


 見た目は、ごく普通の二十代半ばの男性。

 やや小柄、髪の毛は黒で少し薄い。

 眼鏡をかけて、真面目そうな印象を受ける。


 前提知識がなければ、若山拓也がストーカーだとはわからないだろう。

 それくらい地味な印象なのだ。


 だが、見た目に騙されてはいけない。

 若山拓也は、悪質なストーカーなのだ。


 その証拠に御手洗さんを見つめる目には、憎悪が宿っている。

 ストーカー若山拓也は、御手洗さんに一方的に好意を寄せて、勝手に裏切られたと思い込んでいるのだ。


 俺は御手洗さんを握っていた手を離して、ストーカー若山拓也の視線をふさぐように御手洗さんの前に出た。


 ストーカー若山拓也が、舌打ちする。


「チッ! それと……オマエがパンイチ……か?」


 ストーカー若山拓也が困惑する。

 俺はことさら丁寧に自己紹介をしてみせた。


「どうも。御手洗さんとお付き合いをしている冒険者のパンイチと申します」


 打ち合わせ通り、俺は御手洗さんの彼氏設定を押し通す。

 そして、丁寧にお辞儀をする。

 挑発である。


 ストーカー若山拓也は、イラッとした。


「オマエ……本当にパンツ一丁じゃねえか! ふざけてるのか!」


「ふっ……。若山拓也よ。パンツ一丁ではない。俺は豪奢な服を着ているのだ!」


「えっ?」


「この服が見えないのか? まあ、バカには見えない服だからな!」


「そう……なのか……?」


 案外素直だな。

 ストーカー若山拓也は、俺のウソ、からかいを真に受けた。


 確かに、ダンジョン産の装備品なら、『バカには見えない特効』があっても不思議ではないが、信じるなよ。

 そんな謎装備があってたまるか!


 ストーカー若山拓也に、ダンジョンの知識がないとわかったのは収穫だ。


 俺は、からかい続ける。


「ほら、このネクタイは良い色だろ?」


「見えないが……」


「バカが見る~♪」


「テメエ! 小学生かよ!」


 俺の古典的なネタに、ストーカー若山拓也がヒートアップする。

 からかいながらも、俺は冷静にストーカー若山拓也を観察していた。


 ダンジョンに入り敵と対峙すれば、冒険者としての経験が、自然と頭と体を戦闘に備えさせる。


(戦闘になったら、どう戦う?)


 そんな視点でストーカー若山拓也を見る。


 身長は百六十五センチないだろう。

 体もほっそりしているので、パワーはなさそうだ。

 取っ組み合いになっても問題ない。


 問題は装備だ。


 服装は、ダンジョン産の服ではないと一目でわかる。

 ファストファッション店で売っている地味な上下にダウンジャケットを羽織っただけ。

 防御力はゼロだ。


 注意すべきは、腰のベルトにぶら下げた大型のナイフだ。

 グリップ部分にゴムが使われている。


 残りは、大きめのショルダーバッグ。

 何が入っているかは不明だ。


 御手洗さんが、後ろから体を密着させるようにして小声で告げた。


「腰のナイフは、ダンジョン産ではないです」


「ありがとう」


 御手洗さんは、ダンジョン産の装備品が頭に入っている。

 ネットのWikiに掲載されている情報を覚えているのだ。


 ストーカー若山拓也が腰に装備しているナイフは、ダンジョン産ではないと確定した。

 そろそろ戦闘するか。


「静香! そいつと何を話している!」


 御手洗さんが、俺に体を寄せたのを見て、ストーカー若山拓也が激高した。

 御手洗さんは、ストーカー若山拓也を無視して、俺の体に抱きつき、手を俺の胸に這わせる。


 俺は、御手洗さんの柔らかい体の感触と、ヒンヤリした手の感触を感じながら、体が急速に戦闘モードに移行するのを感じた。


「何をしている! 離れろ!」


「この人は、私の彼氏です。何をしようと、私たちの勝手でしょう?」


 警察から注意をされたが、ストーカーを挑発するのは非常に危険らしい。

 激高して攻撃性を高めるからだ。


 だが、この御手洗さんとストーカー若山拓也の会話は、御手洗さんが次のステップへ進むために必要な行為だ。

 御手洗さんは、ストーカー若山拓也と対峙することで、過去を克服しようとしている。


 俺は御手洗さんの好きにさせた。


「ふざけるな! そんなパンツ一丁の変態のどこが良いんだ!」


「私は変態が好きなんですよ。この下着は私がプレゼントした下着です。お付き合いして長いから、もう、下着の面倒も見ているのですよ」


「この浮気者!」


「私があなたとお付き合いしたことはありません。あなたが勝手に妄想して、私につきまとっているだけです。私の好きな人は、この人です」


「殺してやる! 二人とも殺してやるぞ!」


 ストーカー若山拓也の目に宿っていた憎悪が殺意へと変化した。

 ここまでだ!


 俺は、抱きついていた御手洗さんを、やさしく振りほどく。

 御手洗さんもストーカー若山拓也の変化に気が付いたようで、逆らわずに俺から離れていった。


「やらせないよ!」


 俺はストーカー若山拓也へ向かってダッシュした。

 パンツ一丁で!

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