第37話 静香・ローリングサンダー!

 ――夜十一時。


 俺たちは、ストーカー若山拓也を鉱山ダンジョンに呼び出し罠にかけることにした。

 ダンジョン省の片山さんが、警察庁や地元警察と調整をしてくれたおかげで、警察との連携もバッチリだ。


 祖母の家の周辺は警備が緩いように見えるが、民家の駐車場に覆面パトカーが配置されている。

 さらに機動隊から応援の隊員さんが到着して、民家に分散配置されているそうだ。


 目には見えないだけで、警察がしっかり網を張っている。

 少なくとも、ストーカー若山拓也が鉱山ダンジョンに入ったら、警察の包囲網から逃げることは出来ない。


 俺は祖母の家のキッチンで、ダンジョン省の片山さん、沢本さん、御手洗さんと最後の打ち合わせを行っている。

 食卓には手書きの簡易な配置図が置かれ、俺たち四人は配置図を見ながら、それぞれの配置を頭に叩き込む。


 片山さんが配置図を指さす。


「では、私と機動隊員は、一階層Y字路の奥で待機します。有線の電話を引き込みますので、電話線を切断しないように気をつけて下さい」


「わかりました!」


 当初警察は、『俺と御手洗さんがストーカー若山拓也と対峙すること』に、渋い顔をした。

 だが、『協力してくれないなら、俺たちが勝手にやる』と強行に申し入れたことで、何とか協力を取り付けたのだ。


「鉱山ダンジョン内で待機する機動隊員は六名、全員レベル20以上です。自分たちで、ストーカー若山拓也を捕まえるのが無理だと思ったら、すぐに声をかけて下さい。機動隊員がストーカー若山拓也を制圧します」


「はい。無理せず、安全に、ですね!」


 作戦は単純だ。

 俺と御手洗さんは、一階層Y字路の手前でストーカー若山拓也を待つ。

 一階層の入り口からY字路までは、一本道の坑道なので、ストーカー若山拓也が迷うことはない。


 Y字路までの一本道は、距離が短く魔物も出現したことがないので、ストーカー若山拓也は俺と御手洗さんが待つ地点まで無事にたどり着けるだろう。


 そして、俺と御手洗さんが、ストーカー若山拓也と対峙する。


 機動隊員さんたちは、万一に備えて俺と御手洗さんの背後に控えてもらうのだ。

 俺と御手洗さんが危機に陥れば、すぐに機動隊員さんがストーカー若山拓也の制圧に動く。


 配置確認が終ったところで、片山さんの目付きが険しくなった。


「もう一度聞きますが、警察に任せませんか? この段階で警察に任せれば、ストーカー若山拓也の逮捕は間違いないです。犯人をおびき出したことで、警察への協力は十分行っています。駆さんと御手洗さんが、犯人と対峙するリスクを負う必要はないのですよ?」


 片山さんは、しきりに俺たちを心配している。

 片山さんが言うことは、もっともだ。

 だが、俺と御手洗さんの気持ちを考えると、ここでストーカー若山拓也と白黒をつけたい。


「片山さん。俺はストーカー若山拓也に一発入れないと気が済みません」


「そうですか……。御手洗さんは、どうですか? 止めても良いのですよ?」


「私も一発入れます!」


 御手洗さんが、いつになく勇ましい。

 やる気十分だ。


 片山さんが腕を組み、非常に厳しい声で告げた。


「最後に警告します。鉱山ダンジョンの中は日本国内と見なされます。ストーカー若山拓也を取り押さえるのに、多少の実力行使があったとしてもやむを得ませんが、それ以上は法に照らし合わせることになります」


 回りくどい言い方だが恐らく……。


『ストーカー若山拓也を殴るくらいはOKだが、殺すなよ? 殺したら、殺人罪だからね?』


 片山さんは、そう言いたいのだろう。

 一応、心にとどめておく。


「わかりました」


 これで打ち合わせは終わりだ。

 後は、俺と御手洗さんが、鉱山ダンジョンへ乗り込めば良い。


「片山さん。時間のない中で手配をしてくれて、ありがとうございます」


「ありがとうございます」


 俺と御手洗さんは片山さんに礼を述べた。

 片山さんが省庁に電話をしていたのが、耳に入ったけれど、かなり激しくやり合っていた。

 相当無理をしてくれたと思う。


「とにかく身の安全を第一に考えて下さいね。駆さんは、おばあ様が帰りを待っていることをお忘れなく」


 片山さんが、素に戻って声を掛けてくれた。

 何だか嬉しい。

 本当に俺のことを心配してくれているのが伝わって、心が温かくなった。


「ところでさ……。本当に、その格好で行くのか?」


 黙って話を聞いていた沢本さんが、怪訝な面持ちで俺に聞いてきた。

 俺は腕を組み一度目をつぶってから、沢本さんに答える。


「何のことだ?」


「いや、カケル、オマエさ……。パンツ一丁じゃん!」


 そうだ!

 俺はパンツ一丁、パンイチスタイルなのだ!


 沢本さんは呆れ、片山さんが吹き出し、御手洗さんが満足そうにニコニコ笑う。

 これは御手洗さんのご命令で逆らえないのだ。


 俺は御手洗さんに哀れっぽく声をかける。


「あの……御手洗さん……」


「さあ、行きましょう!」


 御手洗さんは、満面の笑顔でノリノリだ。

 この格好でダンジョンへ向かわないとダメなのだろうか?


「御手洗さん。この格好は、どう考えてもおかしいと思うのですが……」


「天地さんが、ご自分でおっしゃっていましたよ? 自分は下着だけでダンジョンに潜ると」


「いや、確かにそうですが……。いくら何でもこのパンツ一枚だけのスタイルは……」


 俺が愚図ると、御手洗さんはニッコリ笑顔でオッパイ問題について切り出してきた。


「私の胸について、散々コメントしていましたよね?」


「パンイチで良いです」


 仕方がない。

 パンツ一丁でダンジョンへ潜るなど、どこからどう見ても変態なのだが、御手洗さんが望むならば従おう。


 それにこのパンツは、御手洗さんがコンビニに走って買ってきた純白のブリーフなのだ。


『ナイスですね!』


 どこからか声が聞こえてきそうなブリーフの白さよ。


 御手洗さんが両手で白ブリーフをビヨーンと引き延ばし、『用意しました。これを履いてダンジョンに行きますよね?』と俺に告げたのだ。


 俺の背中に電流が走った!

 ユー・アー・ローリングサンダー! アーッ!


 俺は白いブリーフを通じて、御手洗さんの手のぬくもりを常に感じることが出来るのだ。

 また、一歩、御手洗さんとの仲が前進した気がする。


 ありがとう! 御手洗さん!

 ありがとう! 純白のブリーフ!


「カケル! 変態の顔をしてるぞ!」


 沢本さんが、俺を茶化す。

 いや、変態ではない。

 ここはしっかりと否定しておく。


「違う! これは作戦だ!」


「どんな作戦だよ!」


 沢本さんがゲラゲラ笑う。

 沢本さんは、万一に備えて祖母の家に残ってもらう。

 娘の優里亜ちゃんのそばにいてもらうのだ。


 一緒に行きたそうにして不機嫌だったが、この調子なら大丈夫だろう。


 そして、片山さんは素敵な笑顔で俺のパンイチスタイルにコメントした。


「よくお似合いですよ!」


 片山さんは、先ほどの厳しい表情から一転してニコニコ笑っている。

 きっと純白のブリーフが好きな女性なのだろう。


『片山さんは、白いブリーフが好き』


 心のメモにしっかり記しておこう。


 俺はパンツ一丁で立ち上がると、装備品を身につけた。

 パンツ一丁で革ベルトを腰に回し、ナイフ★4『縦横無尽』を革ベルトに吊るす。


「よし! 行こう! 沢本さん、留守はよろしく!」


「あいよ! その格好で言ってもしまらねえ~!」


 沢本さんが腹をよじらせる。


 ふん! 本当は沢本さんもブリーフが好きに違いない。

 だから、そんなに喜んでいるのだ。

 わかっているんだぞ!


 俺はパンツ一丁に装備品をぶら下げたスタイルでスニーカーを履き、家の外へ出た。


 ――寒い!


 なにせ二月の夜だ。

 早くダンジョンに入ろう。


 俺は、片山さん、御手洗さんと一緒に鉱山ダンジョン入り口へ向かった。


 あちこちからヒソヒソ声が聞こえてくる。

 隠れている警察官だろう。


「えっ!? 不審者!?」

「いや……、捜査に協力している人だ……」

「警部! なぜ、彼はパンツ一丁なのでしょうか?」

「私に聞くな!」


 死にたい。

 凄く恥ずかしい。

 寒さよりも、恥ずかしさで死ぬ。


 御手洗さんと片山さんは、クスクス笑っているが、覚えてろよ!

 いつか、どさくさに紛れて、オッパイをもんでやる!


 俺はリベンジを誓いながら、鉱山ダンジョンへ入場した。

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