第39話 仕上がった男 板チョコ紳士

 鉱山ダンジョンの坑道を走り出す。

 ダンジョン内でステータスの恩恵を受けた俺の体は、地上にいる時よりも素早く動くことが可能だ。


 一歩目で体が大きく前へ進み、二歩目でグンと加速する。


「なっ!?」


 ストーカー若山拓也が、俺の加速を見て驚く。


「まだまだ行くぜ!」


 俺はスピードを上げて右側の壁を走り、そのまま天井へ達する。

 装備しているナイフ★4『縦横無尽』の特殊効果だ。


 このままストーカー若山拓也の頭上を走り抜け、ヤツの背後を取る!


 俺が天井を駆け抜けようとすると、ストーカー若山拓也がショルダーバッグに手を入れて何かを取り出した。

 ストーカー若山拓也は、取り出した物を小脇に抱え、俺の方へ向けている。


(何だ? パイプ? 鉄パイプか? あっ!)


 俺は、ストーカー若山拓也が手にしている物が何だかわかった。

 手製の鉄パイプ銃だ!


 ダンジョンの中では、地上で作った武器の性能は著しく劣化する。

 火薬も同じだ。


 だが、威力のある銃ならば、性能が劣化しても、人を傷つけることが出来るかもしれない。


 不味い……。

 鉄パイプ銃の銃弾が御手洗さんに当たったらどうなるだろう?

 結果は、わからないが、ひょっとしたら怪我をするかもしれない。


 俺は悪い予想が現実にならないために、ストーカー若山拓也を挑発しながら天井を走った。


「どうした? ビビったか? 俺が怖いか?」


「うるさい! 変態野郎! 死ね!」


 ストーカー若山拓也が持つ鉄パイプ銃の銃口は、俺の方を向いている。

 俺は、ストーカー若山拓也の頭上を走り抜けた。


 大きな爆発音が背後に聞こえ、背中に痛みが走る。

 花火の時に漂う火薬を燃やした臭いがする。

 思わず足を止めてしまった。


(しまった!)


 ナイフ★4『縦横無尽』の特効が切れて、俺は天井から地面へ落下した。

 とっさに両腕で頭をカバーして、落下のダメージをコントロールする。


「天地さん!」


 御手洗さんの切羽詰まった声が聞こえる。


 大丈夫だ。

 御手洗さんの声が聞こえるということは、聴力はやられていない。

 意識はハッキリしている。


 坑道の床に転がったまま、ダメージの確認を行う。


 腕、手、指――OKだ。

 ちゃんと動く。

 両手を握ったり開いたりしてみたが、痛みはない。

 物も握れそうだ。


 両足の感覚もいつも通り。

 足の指を握ったり開いたりして動きを確認し、足首や膝も動かしてみる。

 問題なし。


「ククク! ざまあないな! オマエの動きは読んでたんだよ!」


 ストーカー若山拓也がヒタヒタと足音を立てて近づいて来る。


 俺は体のダメージを確認しながら、ゆっくりと膝立ちになった。

 背中から落下したので、腰も大丈夫だ。


 膝立ちになり、上体を少し起こすと背中にピリリと痛みが走った。

 大した痛みではない。

 背中の痛みは、擦り傷程度だろう。


 戦闘に支障はないと判断する!


 床を見ると、パチンコ玉が沢山転がっていた。

 鉄パイプ銃は、このパチンコ玉を火薬で撃ち出したのだな……。


 良かった!

 俺が背中で受けたから、それほどダメージはなかったが、御手洗さんの顔、特に目に当たっていたらと思うと、ゾッとする。


 視線を上げると、ストーカー若山拓也が、更に近づいてきていた。

 腰に下げていたナイフを右手に持っている。


 俺はストーカー若山拓也の油断を誘うために、膝立ちのまま、わざと苦しそうな声を出した。


「よ……読んでいた……だと……?」


「そうだよ! オマエらの動画をネットで見たのさ! 天井を走って、魔物の背後を取る動きは、バカな魔物には通用しただろうが、僕には通用しない!」


 そうか! 動画か!

 俺たちが鉱山ダンジョンを探索する動画を見て、御手洗さんの居場所を嗅ぎつけたのか!


 宣伝になるから良かれと思って、動画の撮影を許可していたが、マイナスの影響が出た。

 御手洗さんの居場所だけでなく、俺の戦闘パターンもバレバレだったのだ。


 だが、ストーカー若山拓也は、ダンジョンについて勉強不足だった。

 自作の鉄パイプ銃は威力が減衰して、俺の背中にちょっとした傷を与えることしか出来なかった。


 視界の先に御手洗さんが見えた。

 坑道の奥から片山さんと殺気だった顔の機動隊員が、顔をのぞかせ、今にも突撃してきそうだ。


 もう少し待て!


 俺は手と視線で、両者の動きを制した。

 コイツには、圧倒的な力の差を理解させてやるのだ。


 俺は苦しそうな芝居を続けながら、ヨロヨロと立ち上がった。


「クッ……」


「フヒャヒャ! 痛い? 痛いよね? もう、すぐ死ぬんだよ! オマエも! 静香も! 殺す!」


 ストーカー若山拓也の右手に握られた大型のナイフがギラリと光った。

 逆手でしっかりナイフを握っている。

 俺の心臓めがけて、ナイフが真っ直ぐ振り降ろされた。


「フン!」


 俺は気合いを入れて、体に力を入れる。

 ナイフは俺の胸を突いたが、刃は俺の体に入っていかない。

 歯ブラシで、胸をつついているような物だ。

 痛いことは痛いが、ダメージはゼロに等しい。


「……あれ?」


 ストーカー若山拓也が、目を丸くして驚いている。

 俺はニンマリと笑って、ふざけた声を出す。


「痛いやないかーい!」


「えっ? えっ?」


 ストーカー若山拓也は、状況が理解出来ないでいる。

 俺はボディビルダーのようにポーズを取って、イイ笑顔でストーカー若山拓也に話しかけた。


「どうしたのかな? んん? ナイフは刺さってないよ?」


「そ、そんな! バカな!」


 ストーカー若山拓也は動揺し、続けざまにナイフを振り降ろす。


「コイツ! コイツ! 死ね! 死ね!」


 俺の肩、胸、腹にナイフが当たるが、体を貫くことは出来ない。

 当然だ。

 ダンジョンの中で威力を発揮するのは、ダンジョン産の装備品だ。

 一方で地上の武器は威力が激減してしまう。


 ストーカー若山拓也が持ち込んだ武器も同じだ。

 鉄パイプ銃も、大型のナイフも、ダンジョン内では威力が落ちてしまう。

 ナイフなどツボ押し棒でしかない。


「あー、そこそこ! こってるんだよね! あー、しみるわぁ~」


「ふ、ふざけるな! 何でだよ!」


「体を鍛えているからだ! 筋肉は全てを解決する! ふん!」


 俺は再びボディビルダーのポーズを取り、腕や腹筋に力を入れる。

 最近、俺の体は引き締まってきた。

 もう、ニート時代のだらしない体ではない。

 ダンジョン探索や御手洗さんと行うトレーニングの効果が出たのだ。


「仕上がってる! 腹筋板チョコ紳士!」


 俺のポージングに、すかさず御手洗さんが声援を送る。

 御手洗さんも、俺にダメージがないとわかって安心したのだろう。

 声が弾んでいる。

 愛を感じるなあ……。


「静香! オマエ!」


 ムッ! イカン!

 ストーカー若山拓也が、御手洗さんへ向かって走り出した。

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