第35話 御手洗さんへの嫌がらせ

 御手洗さんの話は続いた。


 まだ、聞かなくちゃならないのかと思う一方で、何が起きたのか知りたいとも思った。

 御手洗さんへの同情の気持ちが強くなると同時に、若山拓也に対して不気味さを感じる。


「若山拓也に、上司と人事部長が注意してくれました」


 御手洗さんの上司と人事部長は、若山拓也にかなり強く注意したらしい。

 だが、若山拓也は、『御手洗さんと交際していて婚約中である』と言い張って、上司や人事部長の言うことを聞かない。


『なぜ、自分が注意されるのか! プライベートに干渉しないで欲しい!』


 若山拓也は、御手洗さんの上司と人事部長に反発した。

 上司と人事部長は、やむを得ず強硬な態度をとった。


『これ以上、御手洗さんに関わるなら解雇する! 君の行いは、セクハラや迷惑行為に該当するので、解雇事由になるぞ! 御手洗さんも迷惑している!』


 すると若山拓也は、『御手洗さんに裏切られた』、『浮気をしている』と勝手に思い込み、職場に怒鳴り込んできたそうだ。


『この浮気者!』

『俺を裏切った!』

『誰か好きな男が出来たのか!』

『誰と寝た!』


 同僚がいる前で、御手洗さんを罵倒し続けた。

 見かねた男性の同僚が止めに入るが、止めに入った男性を突き飛ばし怪我をさせた。

 会社は大騒ぎになり、男性社員数名が若山拓也を抑え付けて、無理矢理騒動を収めた。

 若山拓也は、即日解雇になった。


「解雇になって、つきまといが始まりました。私を逆恨みしたのです」


 若山拓也は、御手洗さんの跡をつけ、職場や自宅近くで待ち伏せし始めた。

 あまりにも迷惑で、あまりにも気味が悪い為、御手洗さんは警察に相談をした。


 警察から若山拓也に警告の電話が入った翌日、御手洗さんの職場に怪文章がばらまかれた。


「怪文章?」


「私がいかがわしいお店で働いているとか、いかがわしい写真の顔を私の顔に差し替えたビラとか……」


「ヒドイ嫌がらせだね……」


 会社も見過ごせなくなり、警察に被害届を出したが、証拠不十分で警察は動かなかった。

 そして、会社内で御手洗さんの悪い噂が立ち、御手洗さんは会社に居づらくなったそうだ。

 結局、御手洗さんは、退職を選ばざるを得なかった。


「そうか……。その後、俺のパーティーメンバー募集に応募したんだ……」


「はい。若山拓也に気が付かれないように、引っ越ししたかったのもありますし、身を守るために強くなりたかったんです」


 俺、沢本さん、ダンジョン省の片山さんは、腕を組んで考え込んでしまった。

 御手洗さんの境遇には同情するし、ストーカー若山拓也には怒りしかない。


 だが、これからのことを考えると、御手洗さんと一緒に活動して良いのだろうか?


 俺個人としては、御手洗さんを守ってあげたいが、祖母もいるし、パーティーメンバーの沢本さんには娘の優里亜ちゃんがいる。

 今回の騒動に巻き込まれてしまったのだ。


 俺個人の感情、御手洗さんへの好意だけで、判断して良いのかどうか……。


 一瞬、ひどく物騒なことを考えてしまった。


 若山拓也をダンジョンへおびき出す。

 そして、弱らせた所で、魔物の前に放り投げる。

 若山拓也は、魔物に殺されるだろう。


 ダンジョンで人が死ぬとどうなるか?


 魔物と同じように光の粒子になって消えるのだ。

 つまり、若山拓也の死体は残らない。

 証拠隠滅が容易いのだ。


 だから、ダンジョンの入り口にはゲートがあり入退場のチェックを行い、監視カメラも設置されているダンジョンが多いのだ。

 ダンジョンを悪用されない為の処置なのだろう。


 俺がグズグズと迷っていると、祖母がキッチンに入ってきた。

 祖母は、今まで見たことのない厳しい顔をしている。


「カケルちゃん! 女の子が困っているんだよ! 俺に任せろくらいお言いよ!」


「ばあちゃん……」


 聞こえていたのか!

 キッチンと居間はカーテンで区切られているだけなので、聞こえてしまっても仕方がない。


「変な男につきまとわれて、静香ちゃんがかわいそうだろうに! カケルちゃんが助けないで、誰が助けるの!」


 そう言われると……。

 ここで俺が御手洗さんを助けなければ、御手洗さんはどうなってしまうのだろう?


 ストーカー若山拓也に殺されるかもしれない。

 もし、ストーカー若山拓也が逮捕されたとしても、幸せになれないかもしれない。


(御手洗さんが、不幸になるのは嫌だな……。好きな女を助けるのは、男の使命……かな……)


 俺は沢本さんを見た。

 沢本さんは、腕を組み、眉間にシワを寄せ、難しい顔をしている。


「沢本さん。俺は御手洗さんを助けようと思う」


「へっ……! 言うと思ったぜ!」


 沢本さんは、嬉しそうな顔をした。

 沢本さんと御手洗さんは、仲が良い。

 やはり気になっていたのだろう。


 だが、沢本さんには、娘の優里亜ちゃんがいる。

 無闇に危険にさらすわけにはいかない。


「沢本さんは、優里亜ちゃんのそばにいてくれ」


「良いのか?」


「ああ。俺が対応する。沢本さんは、この家の守りを頼みたい」


 俺と沢本さんは、無言でにらみ合った。

 俺としても、譲る気は無い。

 やがて、沢本さんが折れた。


「わかった。気をつけろよ」


 ダンジョン省の片山さんが、渋い顔で警告する。


「駆さん。警察に任せては?」


「もちろん、警察が若山拓也を逮捕してくれれば良いとは思っています。けれど、逮捕できなければ、御手洗さんが怯えて暮らすことになるでしょう?」


「それはそうですが……」


「なら、先手を打ちます! 主導権をこっちが取ります」


 今度は、俺と片山さんがにらみ合う。

 片山さんとしては、鉱山ダンジョンのオーナー代行をしている俺が危険にさらされるのは、好ましくないのだろう。


 沢本さんの時と同じで、しばらくしたら片山さんが折れてくれた。


「わかりました。警察や関係各所への調整は私がやりましょう」


「助かります!」


 俺は最後に御手洗さんに向き直った。

 御手洗さんの目が潤んでいる。

 俺はしっかりとした口調で御手洗さんに話しかけた。


「御手洗さん。俺は若山拓也と対峙するよ」


「天地さん……」


「御手洗さんに手出しはさせないから!」


「はい……。わかりました。私もご一緒します」


 御手洗さんが、キッと引き締まった表情を見せる。

 御手洗さんも一緒に?

 大丈夫だろうか?


「無理はしなくて良いよ。俺一人でも大丈夫だから」


「いえ。これは私の問題です。泣き寝入りはしたくないです」


 御手洗さんの、目元がキリッとつり上がった。

 俺は御手洗さんの決意を感じ取り、二人で一緒にストーカー若山拓也に対峙することを選んだ。


「わかった! 二人でやろう!」


 俺と御手洗さんの腹は決まった。

 あとは、どうやるか……。

 ストーカー若山拓也と対峙するにしても、どこで、どう対峙するかだ。


 普通の人が相手なら、喫茶店にでも呼び出して話し合いだが、ストーカー若山拓也は既に暴力沙汰に及んでいる。

 まともな話し合いなど期待できないだろう。


 殺さないまでも、ボコボコにして警察に突き出すくらいはやるつもりだ。

 一応、プランがある。


 俺は片山さんに、質問した。


「片山さん。一つ教えて下さい。若山拓也は、冒険者登録をしていますか?」


 片山さんは、ニッと笑ってからうなずき、楽しそうに答えを返した。


「個人情報なので、教えられません」


 教えられないと片山さんは言うが、笑顔でうなずいたリアクションを考えると、若山拓也は冒険者登録をしていないのだろう。


 となれば、勝負をかける場所はダンジョンだ!


 ダンジョンは俺たち冒険者にとっては、毎日通う勝手知ったる愛しの職場なのだ。

 冒険者登録していないストーカー若山拓也には、万に一つの勝ち目もない。


 俺は、ストーカー若山拓也を鉱山ダンジョンにおびき出そうと決めた。

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