第34話 ストーカー行為の始まり

 御手洗さんは、青い顔をして、手が震えている。

 俺は少し大きめの声で御手洗さんに呼びかけた。


「御手洗さん!」


「あ、あの……」


 御手洗さんは、相当、動揺している。

 呼吸も荒いし、目に涙が浮かんでいる。

 俺は思わず御手洗さんの手をとって握りしめた。


「大丈夫だよ! ここには、警察がいる。俺もいる。暴れた男は、手を出せない」


「は……はい……」


 御手洗さんの呼吸が徐々に落ち着き、手の震えが収まってきた。

 御手洗さんは、警察官に向かって小さな声で伝えた。


「監視カメラに映っている男は、若山拓也だと思います」


「ご確認ありがとうございます。若山拓也は、まだ逮捕されてないので、気をつけて下さい」


 警察官によると、若山拓也は祖母の家で暴れた後、黒い車に乗って逃げた。

 若山拓也は、『住居への不法侵入』や『器物破損』など明確な犯罪行為を行ったので、捜査対象になり、見つかれば逮捕されるそうだ。


「それでは、失礼します! 若山拓也が逮捕されたら、ご連絡します!」


 警察官は、キッチンから出て行った。


(どうして、こんなことになったのだろう?)


 俺は自分の感情を上手く整理できないでいた。


 祖母の家で暴れた若い男『若山拓也』に対する怒りは、当然ある。


 だが、同時に御手洗さんに対して、『言って欲しかった』という思いもあるのだ。

 事前に若山拓也のこと、ストーカー被害があったことを話してくれれば、何か対応出来たかもしれない。


 とはいえ……。

 俺と御手洗さんが親しくなったのは、冒険者パーティーを組んで活動をしてからだし、心の距離が近くなったと感じるのは最近だ。

 俺が冒険者パーティーメンバーを募集した時に、御手洗さんがストーカー被害を俺に話せただろうか? と考えると答えが出ない。


 俺が聞くよりも先に、沢本さんが御手洗さんを問い質した。


「シズカ! 何で言わなかったんだ!」


「あの……」


「こっちは子供がいるんだぞ!」


「ごめんなさい! 本当に、ごめんなさい!」


 沢本さんの娘優里亜ちゃんが、今回の騒動に巻き込まれた。

 母親の沢本さんとしては、たまらない思いだろう。


「まあ、ストーカー野郎が悪いのは、間違いねえけど……」


 沢本さんが、口ごもった。

 沢本さんとしては、怒りをぶつける先が見当たらないのだろう。


 御手洗さんはストーカー被害者なので、御手洗さんの責任を追及するわけにもいかない。

 事前に教えてくれれば……と、俺と同じ思いがあるのだろう。


「あの……、事情をお話ししますね……」


 御手洗さんが、ぽつりぽつりと話し出した。


 祖母の家で暴れた若い男、若山拓也は、御手洗さんの元同僚らしい。

 御手洗さんは、一流大学を卒業して、一流企業に就職したが、この男若山拓也のせいで会社にいられなくなり退職したそうだ。

 電話番号も住所も変えて、引っ越し先を親にも教えなかったが、若山拓也に嗅ぎつけられてしまった。


「御手洗さんと若山拓也は、付き合っていたの?」


 俺は若山拓也と御手洗さんの関係が気になってしまった。


 ――嫉妬か?


 嫉妬かもしれないが、別れた元彼がストーカーになることはあり得る。

 確認はしておきたい。


「いえ。若山拓也と付き合ったことはありません」


 御手洗さんは、はっきり『違う』と口にした。

 俺は内心ホッとして、少し気持ちが弛むのを感じた。


 御手洗さんが、眉根を寄せて心底嫌そうな顔で話を続ける。


「でも、若山拓也は、私と付き合っていると思い込んでいました」


「えっ!? どういうこと!?」


 若山拓也は、御手洗さんが配属された部署の『隣の部署』で働いていたそうだ。

 隣の部署だから、御手洗さんと直接の交流はない。

 当時の御手洗さんは、若山拓也と何度か朝の挨拶をしたことがある程度で、会話をした記憶はないそうだ。


 ところが、ある日、同僚から突然若山拓也と付き合っているのかと聞かれた。


『御手洗さんは、若山拓也と付き合っているんでしょ? 結婚式には呼んでね!』


 御手洗さんは、まったく心当たりがないので、『違う、付き合っていない』と否定した。

 数日後、上司から同じことを聞かれた。


『婚約おめでとう。結婚式はいつ?』


『はい?』


 御手洗さんは、また、否定した。

 どうも様子がおかしい……。


 御手洗さんは、上司と人事部長に相談をした。

 上司と人事部長は、すぐに調査をしてくれたが、衝撃的な答えが返ってきた。


『若山拓也のSNSに、御手洗さんと旅行した写真が沢山掲載されている。本当に二人は交際していないのか?』


『旅行なんてしたことないですよ!』


 上司と人事部長に見せられたのは、若山拓也のSNSに掲載されている写真だ。

 北海道や沖縄で、御手洗さんと若山拓也が仲良く肩を組んでいる写真だった。


 上司と人事部長は、若山拓也を呼び出して聞き取り調査を行った。

 すると若山拓也は、SNSの写真を見せて『御手洗さんとお付き合いしていて婚約中だ』と告げた。

 御手洗さんは、まったく心当たりがないので、再度否定した。


 俺は気になったので、御手洗さんに質問してみる。


「なんで、御手洗さんと若山拓也が旅行している写真が存在するのかな……?」


「多分、合成写真だと思います。体型が私と微妙に違っていました。着ている服も私が持っている服と違いました。どこかのカップルが旅行している写真を手に入れて、顔だけ、私と若山拓也の顔に差し替えたのでしょう」


「ああ、なるほど!」


 そんなことを、わざわざするのか!

 手が込んでいるというか……、ヒマというか……。


「その若山って野郎は、相当イカレてやがるな!」


 沢本さんの言う通りだ。

 頭がおかしい。


「私は、上司と人事部長に、『まったく心当たりがない』、『若山拓也とは、付き合っていない』、『結婚する予定はない』と話しました。二人は驚いていましたが、私の話を信じてくれたのです」


「じゃあ、問題は解決したの?」


「それが……」


 どうやら、まだ、あるらしい。

 俺と沢本さんは顔を見合わせてから、御手洗さんに話の続きを促した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る