第29話 ほぐほぐ

「セイッ!」


「そりゃあっ!」


 俺がすれ違いざまに、スコップ持ちのコボルドをナイフ★4『縦横無尽』で斬り付け、沢本さんが細身の剣で、ツルハシ持ちのコボルドに突きを入れる。

 二匹のコボルドは光の粒子に変わり、ドロップ品のダンジョン金貨二枚が床に落ちた。


 既に二階層は俺たちの敵ではない。

 俺と沢本さは、急ぎ足で移動してコボルドを秒殺し、また、急ぎ足で移動してはコボルドを秒殺するのを繰り返した。


 ここ何回かの戦闘で、俺は動画サイトで見たナイフ術を思い出しながら、色々なナイフ術のバリエーションを試している。

 気持ちの面でも大分余裕が出てきたのだ。


「天地さん! そろそろお昼休憩にしませんか?」


 御手洗さんから、声がかかった。

 スマートフォンを見ると十一時半だ。

 ダンジョンに入ってから、一時間も経ってない。


「ちょっと早くないですか? もう、何戦かやりましょう!」


「ええ!? あの……休みを取った方が良いですよ!」


「えっ?」


 なぜだろう?

 ダンジョンに入場した時間が遅いのだから、お昼はもうちょっと後でも良い。


「御手洗さん。お腹が空きましたか?」


「違いますぅ!」


 御手洗さんが、顔を赤くしてムキになって否定する。

 かわいいな!


 俺と御手洗さんのやり取りを見ていた片山さんが、ツカツカと俺の側に歩み寄ってきた。

 スマートフォンを持っていないから、撮影ではない。

 片山さんは大真面目な顔で、ちょっと怖い雰囲気を漂わせて俺に告げた。


「駆さん。私も休憩を取った方が良いと思います。今すぐに!」


「そうですか……?」


「はい。休んで下さい!」


「えっと……、わかりました。じゃあ、休憩にしましょう」


 片山さんの勢いに押されて、休憩を取ることにしてしまった。


 リュックサックから、祖母が作ってくれたおにぎりを取り出す。

 アルミホイルに包まれた、ちょっと大きめのおにぎりだ。

 沢本さん、御手洗さんにも配る。

 続いてペットボトルの水を取り出す。


(あれ? 喉が渇いてる?)


 猛烈に喉が渇いていることに気が付いた。

 俺はペットボトルに口をつけ、喉を鳴らして水を飲む。

 続いて、おにぎりを一口頬張る。


(あれ!? 物凄くお腹が空いてる!?)


 女性と一緒だが、配慮する余裕もなく、俺はガツガツとおにぎりを食べた。

 体がエネルギーを欲しがっているのがわかった。


 一体、どうしたんだろう?


 俺がおにぎりを食べ終わると、片山さんが寄ってきた。


「気が付きましたか? 駆さんは、かなり疲労していたのです」


「俺が? 疲労ですか?」


「駆さんは、魔物を見つけると同時にダッシュして、魔物の背後を取りに行くでしょう? ダンジョンの中でステータスの恩恵があるとはいえ、ダッシュを繰り返せば疲労は蓄積します」


「あっ! それであんなに喉が渇いて、お腹が空いていたんですね……」


 片山さんは、よく出来ましたとばかりに首を少し傾けて、ニコリと笑った。

 俺は、『休憩しよう』と言い出した御手洗さんを見る。


「御手洗さんも、俺の疲労に気が付いていたの?」


「はい。最後の戦闘では、天地さんのダッシュが鈍っていました。事故が起る前に休んだ方が良いと判断しました」


「ありがとう!」


 自分では、気が付かなかった。

 短時間で連戦したから、体力がゴソッと削られたのだ。


「さっきの戦闘で十連戦です。五分に一回以上戦っています。もう少し移動速度を落として、インターバルを置きましょう」


「ごもっともです」


 御手洗さんの報告と提案は、もっともだ。

 五分に一回、ダッシュして戦闘したら、体のあちこちに疲労が溜まるだろう。


 思い出してみると、戦闘で興奮していたから移動速度も早足だった。

 これでは、体力が回復せず、さらに体力を削ることになる。


(難しいな……)


 俺は、二年間ニート生活をしていた。

 あまり動かなかったから、体力が落ちているのだ。

 ペース配分には気をつけないといけない。


 片山さんが、ポンポンと坑道の床を叩いた。


「駆さん。横になって下さい。マッサージして回復しましょう」


「あ、はい」


 俺は疲れている。

 思考能力が落ちている。

 だから、片山さんに言われるまま床にうつ伏せになった。


「じゃあ、足のマッサージをしましょう」


 片山さんが俺の右足をマッサージし始めた。

 俺のふくらはぎ、膝、太ももが、片山さんの両手でほぐされていく。

 メチャクチャ気持ちが良い。


「あああ……片山さん……気持ち良いです……」


「短時間でしたが連戦でしたので、疲労が蓄積しています。この辺はどうですか?」


 片山さんが足の付け根に近い所をグリグリする。

 筋肉の継ぎ目だろう。

 痛っ気持ち良い。


「痛いけど気持ち良いです」


「じゃあ、左足もほぐしていきますよ」


 左足も同じ要領だ。

 片山さんが、ほぐしてくれて、両足は大分回復したんじゃないか?


 続いて片山さが、俺の背中にのって、肩周りをマッサージし始めた。


「いてて……」


「戦闘では、普段、使わない筋肉を使いますから、しっかりリカバリーした方が良いです」


 痛みはあるが、それ以上に気持ち良い。

 片山さんのマッサージもだが、俺の腰の辺りに片山さんが乗っているので、片山さんのお尻の柔らかさがセミダイレクトに伝わってくる。


 あー、良いわ!

 極楽だ!


 あまりの気持ち良さに、俺はいつの間にか眠ってしまった。

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