第21話 一階層ボス戦(鉱山ダンジョン)

「ここがボス部屋か……」


 俺たちは、鉱山ダンジョン一階層の奥にあるフロアボスの部屋にたどり着いた。


 ダンジョンには、各階層にフロアボスと呼ばれる魔物が存在する。

 フロアボスは、次の階層へ続く階段を守っているので、フロアボスを倒さないと次の階層へ進むことが出来ない。

 フロアボスは、大抵、階層にいた魔物よりも強い。


 フロアボスは、どんな魔物だろうか?

 俺は、そっとボス部屋をのぞき込んでみた。


 ボス部屋は、思ったよりも狭かった。

 十畳あるかないかの広さで、祖母の家のリビングと同じくらいの広さしかない。

 ボス部屋は狭いので、仲間との位置や動きに気をつけないといけないだろう。

 天井は二メートルほどなので、剣が天井に引っかかりそうだ。


 部屋の隅に木製のテーブルと椅子が置いてあり、ボス魔物は椅子に座って足をテーブルにのせウツラウツラしている。

 次の階層へ続く階段は、ボス魔物の後ろだ。


「あれは、寝ているのかな? そっと通ったらバレないかな?」


「いや。魔物が休んでいる場合は、ボス部屋に冒険者が入ると目を覚ますんだ。戦闘は避けられないよ」


 俺はコッソリ通過する作戦を提案してみたが、沢本さんが速攻で否定した。


「あのボス魔物は、何だろう?」


 ボス部屋で居眠りしているボス魔物の見た目は、コボルドと同じだ。

 だが、コボルドよりも一回り体が大きい。

 だいたい、背丈が百七十センチくらいだろう。

 手には木製の警棒を持っている。


「他の鉱山ダンジョンでは、一階層のボス魔物は『セキュリティ』だそうです」


「セキュリティ?」


 ダンジョン省の片山さんが、アメリカとヨーロッパにある鉱山ダンジョンの情報を提供してくれた。


 アメリカの鉱山ダンジョンにいる魔物は、リザードマン。

 ヨーロッパの鉱山ダンジョンにいる魔物は、ゴブリンだ。


 一階層は、これらの魔物が単独で出現する。

 一階層のボス部屋では、これらの魔物の警備員にあたるボス魔物が出現するそうだ。


 スキル『魔物鑑定』を持つ冒険者がボス魔物の鑑定を行ったら、『リザードマン・セキュリティ』、『ゴブリン・セキュリティ』と情報を得られたそうだ。


 海外の鉱山ダンジョンと同じパターンなら、ボス魔物は、『コボルド・セキュリティ』だろう。

 さしずめ、ボス魔物がいる部屋は、鉱山ダンジョンの警備員の部屋といったところか。


「鉱山ダンジョンで働いている警備員ってことか! 強いですか?」


「アメリカやヨーロッパのケースでは、一階層の魔物を少し強くした程度だそうです。私見ですが、沢本さんの攻撃は通ると思います」


 それなら行くか?

 ボス魔物のコボルド・セキュリティは、それほど強そうに見えない。


 俺はメンバーに確認を取ることにした。


「沢本さん。ボスと戦おうと思う。どうかな?」


「当然だろ! 先へ進もうぜ!」


「御手洗さんは、どう?」


「行きましょう! 怪我をしたら私が回復させます!」


 メンバーの意思は、『ゴー!』だ。

 俺はパーティーリーダーとして決断を下した。


「よし! 行こう! まずは、いつもの通り攻撃してみよう!」


「「了解!」」


 俺が先頭を切って、ボス部屋に入る。

 続けて、沢本さん、御手洗さんだ。


 ちらりと後ろを見ると、片山さんがついてくる。


「えっ!? 片山さん!? どうして!?」


「ボス戦を撮影させて下さい!」


「危険ですよ!」


「と、言われても、もう、出られません」


 ボス部屋の入り口についていた、木製の扉が音を立てて閉まった。

 扉が閉まるタイプのボス部屋は、ボス魔物を倒すまで扉が開かない。


 片山さんがついてきたのは、想定外だけど、ボスのコボルド・セキュリティを倒せば良いのだ!


 俺たちがボス部屋に入ると、ボス魔物のコボルド・セキュリティは、パッと目を覚まして椅子から飛び起きた。


 俺はコボルド・セキュリティに向かって、いつものように左前にステップし、囮のポジションを取りに行く。

 コボルド・セキュリティの動きは、この階層のコボルドと同じだった。

 右手に持った警棒を俺の頭めがけて振り降ろす。


(よしっ! いつもと同じ!)


 俺は落ち着いてバールで警棒を受け止めた。

 いつもと違うのは、コボルドが持つスコップよりも、警棒は間合いが短い。

 コボルド・セキュリティの顔が、すぐそこにある。


 ――コボルド・セキュリティが、何かしようとしている!


 俺はコボルド・セキュリティの動きから、何かが起るとわかったが、対応出来なかった。

 コボルド・セキュリティは、俺の右腕に噛みついた。


「アアアア!」


 激痛が右腕に伝わり、俺は情けない悲鳴を上げる。

 あまりの痛みに涙が出た。


「ガウウウ! ガウウ!」


 コボルド・セキュリティは、俺の右腕に噛みつきながら、うなり声を上げながら、首を左右に振る。


 人と同じように二本足で歩くが、こいつらは犬の魔物だ。

 噛みつき攻撃を予想していなかったとは、油断した!

 もっと情報を集めておけば良かった!


「カケル!」


 沢本さんが、細身の剣を突き出し、コボルド・セキュリティの胴に剣が深く突き刺さった。


「キャイン!」


 コボルド・セキュリティが悲鳴を上げ、やっと俺の腕を離した。

 俺は床を転げ回って、コボルド・セキュリティから距離を取る。


 御手洗さんが駆け寄ってきた。


「天地さん! 大丈夫ですか!」


 コボルド・セキュリティに噛みつかれた右腕が痛くて、声が出ない。

 俺は、なんとか声を絞り出した。


「早く……巫女の癒やしを……」


「はい! 巫女の癒やし!」


 俺の体が緑色のオーロラに包まれ、右腕の出血が止まり、痛みがスッと引いていく。

 俺は深く息を吐く。


「天地さん……あの……」


 御手洗さんが、青い顔をしている。

 無理もない。

 目の前で仲間が、魔物に噛みつかれて痛みにのたうち回ったのだ。


 俺が気を強く持たなくては!

 俺は御手洗さんに強がって見せた。


「大丈夫! ちょっと犬に噛まれただけだよ! 戦闘は、まだ続いているから!」


「はい! 回復は任せて下さい!」


 よしっ!

 御手洗さんは、大丈夫そうだ。


 沢本さんが、コボルド・セキュリティと打ち合っている。

 沢本さんが細身の剣で突きを放つが、コボルド・セキュリティは右手に持った警棒で剣を払いのけているのだ。


 沢本さんの方が有利だが、決め手に欠けている。

 決着がつかないかもしれない。


 俺が行かなければならない。

 だが、また噛みつかれたらと思うと、恐ろしくもある。

 俺の足は震えていた。


(決めただろう! 変わるって! 変わるんだ!)


 俺は自分を鼓舞し、足を自分の腕で叩いてなんとか震えを止める。


 床にバールが転がっていた。

 俺はゆっくり立ち上がるとバールを拾い上げ、大声を上げた。


「うおおおおお!」


 俺はなけなしの勇気を総動員して、コボルド・セキュリティに突貫した。


 俺の動きに気が付いた沢本さんが、ステップバックしてコボルド・セキュリティから距離を取る。

 俺がコボルド・セキュリティとやり合うスペースが出来た。


 コボルド・セキュリティが、接近する俺に気が付く。

 鋭い眼光が、俺に突き刺さる。


 だが、俺はひるまない。

 ひるんでたまるか!


 俺がやれることは、多くない。

 いつも通り囮をやるだけだ!


 コボルド・セキュリティが、間合いに入った。

 俺はいつも通り左前にステップして、コボルドを引きつける。


 コボルド・セキュリティは、警棒を振り降ろし、俺はバールで受ける。

 ここまで、先ほどの戦闘とまったく同じだ。


 コボルド・セキュリティは、俺の右腕に噛みつこうと大口を開けた。

 生臭い息が俺にかかるが、俺はニイッと笑った。


 ――かかった! 読み通りの展開だ!


 俺はバールを手放し、拳を握って右手を思い切り前へ突き出した。

 右拳をコボルド・セキュリティの口の奥へ向かって伸ばすと、俺の右腕は肘までコボルド・セキュリティの口の中に入った。


「グエッ! ゴワッ!」


 コボルド・セキュリティがうめき声を上げる。

 俺の右腕にコボルド・セキュリティの犬歯が突き刺さるが、痛みは感じない。

 脳内でアドレナリンが、出まくっているのだろう。


「どうだ! 動けないだろう! 武器がなくてもなあ! 戦いようは、あるんだよ!」


 俺は左腕でコボルド・セキュリティの後頭部をつかみ、腕が抜けないようにガッチリと抑え付けた。


「沢本さん! 今だ!」


「おおお!」


 俺に抑え付けられてもがき苦しむコボルド・セキュリティは、沢本さんから見れば絶好の的だ。

 沢本さんが、連続して細身の剣による突きを繰り出す。

 フェンシング選手のような美しい突きが、コボルド・セキュリティに着弾する。


 一! 二! 三! 四!


「くたばれ!」


 沢本さんの五回目の突きが、コボルド・セキュリティの腹に深く突き刺さった。


「グッ……ゲボッ……」


 コボルド・セキュリティの体が白く光り明滅する。

 やがて、コボルド・セキュリティは、光の粒子になって消えた。

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