第2話

 後部座席に久我を乗せた姫野は、運転席に乗り込みエンジンをかけて暖房をつけてから自分も後部座席へと移動した。


「寒いですからね」

 どこか言い訳のように聞こえたが、それが姫野の気遣いであるということを久我はわかっていた。

 こんな極寒の地に何も考えず、薄手のコート一枚でやって来た方が悪いのだ。


 暖房が効いてきたことで、久我はやっと生き返った心地になった。

 姫野は持っていた大きめの肩掛けカバンから一冊のファイルブックを取り出すと、その中に入っていた捜査資料を久我に見せながら話をはじめた。


 その死体が発見されたのは、一昨日の明け方のことだった。

 衣服など一切身に着けていない女の死体が、全裸の状態で砂浜に打ち上げられた。


 発見者は地元の漁師であり、砂浜に何か妙なものが打ちあがっていると気づいて近寄っていった。

 最初は迷子になったアザラシか、人形か何かだと思ったらしい。

 しかし、そうではないということがわかり、警察に通報したとのことだった。


 姫野の持っていたファイルの中には死体の写真も何枚か入っていた。

 真っ白な死体。それが久我の抱いた第一印象だった。

 まるで色素が抜け落ちてしまったかのように、その死体は真っ白なのだ。

 髪は肩甲骨の辺りまでの長さがあった。

 そして小さな乳房と、処理をしてあるのか無毛の下半身。

 死体が女であるということは確かだった。


 だが、人相はわからなかった。顔が潰れてしまっているのである。

 岩や消波ブロックなどに激突したためだろうか。それとも、別に原因があるのか。それはわからなかった。


「死後、どのくらいだ」

「それはまだわかっていません」

 久我の質問に姫野は首を横に振る。


「解剖は行われていないのか」

「ええ。久我さんが来るまでストップをしておけというのが、刑事部長の意見でした」

「そうなのか……」

 別に解剖した後であっても、久我の捜査には何の支障もなかった。一体、どういう風に自分の情報が伝わっているのだろうか。久我は少し不安になった。


「いま、その死体を見ることはできるのか?」

「それなら所轄署に安置されていますので、そちらに行ってみますか」

「頼む」

 姫野の運転で久我は死体が安置されている所轄署へと向かった。



 N県警S警察署の安置所がある地下二階は、暖房が効いておらず、かなりの寒さだった。


 安置所に入るための事務手続きを姫野が行っている間、久我はベンチに座って待っていた。

 ベンチの脇には電気ストーブが置かれており、それが唯一の暖を取る機材だった。


 姫野によれば、ここから先はストーブなどもなく、極寒の地下室となっているそうだ。


 事務手続きを終えて戻ってきた姫野の手には、紺色の防寒ジャンパーが抱えられていた。

 袖にはN県警という刺繍が入っている。


「よかったら、使ってください。もしかしたらサイズが小さいかもしれませんが」

 そういって姫野は久我にジャンパーを差し出した。

 捜査車両に積んであった予備の防寒着だそうだ。


「ありがとう」

 ジャンパーを受け取った久我は薄手のコートを脱ぐと、さっそくジャンパーに袖を通した。

 少し小さかったが着られないほどではなかったため、ありがたくそのジャンパーを着ることにした。

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