異能者 Different from Others
大隅 スミヲ
第1話
雪が降っていた。
今年初めて見る雪だった。
まだ降りはじめであり、大して降っているわけではなかった。
タクシーの運転手によれば、明日の朝には膝下くらいまでは積もっている可能性があるとのことだった。
後部座席に座った
冬の海は灰色で、どこか荒々しさを感じさせる。
その女の死体があがったのは、十二月の冷たい海だった。
衣服はなにも身に着けてはいなかった。波によってどこかへ流されてしまったのか、それとも最初から身に着けていなかったのかはわからない。
肩甲骨の辺りまで伸ばされた黒髪と小さな乳房。下の毛は処理していたのか無毛だった。
色素が抜けてしまったかのような真っ白なその死体は、水死体にしては綺麗な状態であったが、顔は岩などにぶつかったのか、潰れてしまって原型を留めてはいなかった。
N県警捜査本部から久我に招集が掛ったのは、昨日の夜のことだった。
すぐにネットで新幹線のチケットを手配し、朝一番の新幹線でN県へとやってきた。
東京から2時間。朝の新幹線は出張と思われるスーツ姿のサラリーマンが多かった。
指定席を購入していた久我は隣に誰も来ないことを祈りながら、窓側の席で外の景色を見ていた。
運が良かったのか、降車駅であるN駅につくまで久我の隣の席は空いたままだった。
N県に来たのは二度目のことだ。一度目は子どもの頃に親戚の結婚式に出席するために家族で訪れた。
その時は、父親の運転する車だったためN駅で下車をしたことはなかった。
駅から出ると大きなロータリーがあり、いくつかのバス停とタクシー乗り場があった。
N県警までは駅から車で30分程度だと聞いていた。
久我はタクシー乗り場で待機していたタクシーに乗り込むと、N県警まで行ってほしいと告げた。
しかし、タクシーに乗って10分もしないうちに電話が掛かってきた。
電話の相手はN県警警察本部の刑事部長だった。
刑事部長は、県警本部に来るのではなく直接現場へと向かってほしいと久我に告げた。久我は言われた場所の名前を電話口で繰り返して確認したあと、運転手に行き先の変更を告げた。
それが30分前のことだった。
「お客さん、ここから先は通行止めだわ」
ブレーキを踏んだ運転手が、ルームミラーで久我のことを見ながら言った。
フロントガラスの向こう側には、赤色回転灯をつけたパトカーが停まっており、制服警官がこれ以上先は進めないという指示を出していた。
「ここで大丈夫です」
久我はそういって料金を支払うとタクシーを降りた。
特に荷物は持っていなかった。
紺色のロングコートにスーツという姿は、東京では防寒に十分な格好だったが雪の降るN県ではまったく防寒にはならなかった。
コートの前を合わせて風にあおられないようにしながら久我は歩くと、防寒ジャンパーを着こんだ制服警官の前で立ち止まった。
「ここから先は、立ち入り禁止です」
寒さで鼻の頭を赤く染めた制服警官は久我にそう告げると、久我のことを品定めするような目で見てきた。
不審な男に見えたのだろう。
薄手のロングコートを着た180センチ以上ある長身の男が、震えながら近づいてきたのだ。
自分が同じ立場だったら、同じように不審な目で見るだろうと久我は考えていた。
コートのポケットに手を入れると、久我は身分証の入った革製のケースを取り出した。
「警察庁特別捜査官の久我です。県警本部より呼ばれてきました」
寒さで真っ赤になった手で身分証を提示しながら、震える声で久我がいう。
「失礼しました」
制服警官はすぐに敬礼をして、久我を規制線の内側へと案内する。
久我総、警察庁特別捜査官。
特別捜査官の肩書きを持つこの男は、警察庁が警察に関係するすべての捜査に対する捜査権限を与えている捜査官だった。
階級は無く、特別捜査官の肩書きのみであるが、久我は警察庁長官直属の捜査官という立場にあり、全国の警察官が彼の捜査権を認めなければならなかった。
そして、その肩書きについては、警察官であれば知らない人間はいなかった。
雪の粒が大きくなってきていた。
久我はコートのポケットに手を突っ込みながら歩く。
「足元に注意してください」
うっすらと雪が積もっているため気がつかなかったが、そこから先は砂浜になっている。
夏であれば海水浴場として賑わっている場所のようだが、雪の降る冬は人の気配はまったく感じられなかった。
波打ち際に何人かいるのが見えた。
どの人間もしっかりと防寒しており、誰ひとり薄手のコートなど着ている人間はいない。
「警察庁の方が来られました」
制服警官の言葉に、輪の中のひとりがこちらを振り返る。
ダウンジャケットを着こんだ若い女性だった。
「N県警刑事部捜査一課の
姫野はそう言って、久我のことを少し離れた場所に停めてある捜査車両へと案内した。
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