第6話 現実逃避
シズクが俺の家に押しかけてきてから数週間ほど経った。
その間、シズクに細心の注意をはらって接した。
その結果、特に何も起きずに……実家へと帰ってもらった。
今度俺のところに来るときは、卒業式後に改めて荷造りを完成させてからという話で決着した。
終始不満そうだったがどうにか押し切る形で話を終わらせた。
これでとりあえず、シズクとレイちゃんが鉢合わせることは無くなった。
……いや、別にいつかは合わせることになるのかもしれないが、ただ今すぐに合わせる必要性を感じないだけだ。
って、俺は誰に言い訳しているのだろうか?
まあいい。
今日、本日、この日は、レイちゃんとのデートの日だ。
余計なことに気を取られている場合ではない。
「レンくんっ!お待たせー」
パタパタと急足で、レイちゃんは俺の元へと近寄ってきた。
金色の髪がふわふわと舞った。
「全然大丈夫。てか、ごめん。最近忙しくて会えなくて……」
「ううん、いいの。私の方も引越しの準備とかで忙しかったから」
「え?引っ越しするの?」
「あ、うん。でも遠くじゃないから」
「そっか……よかった。会えなくなるんじゃないかって」
「ふふ、安心してよ。レンくんの前から勝手にいなくなったりなんかしないから」
「そ、そっか」
ほんの一瞬だけ、いつもの明るい雰囲気のレイちゃんが変わった気がした。
冷たい視線みたいなものを感じたが、まあ気のせいだろう。
「ほら、じゃあ行こっか?」
「ああ」
レイちゃんは俺の手を取って、少し前を歩き始めた。
金色の髪がふわふわと舞って、微かに甘い香りを運んできた。
▲〇▲〇▲
レイちゃんはクラゲがゆらゆらと漂う青い空間をじっと見つめていた。
静寂が溶け込む薄暗い空間に、水槽内を照らす光に当てられてクラゲの影がふわふわと浮かんでいる。
できるだけゆっくりと近づいたけど、チラッと灰色の大きな瞳が俺を見て、そしてすぐに水槽へと視線を戻した。
「クラゲって海水の中で水の流れに身を任せてふわふわと浮かんでいるよね」
「ああ」
「でも、水の流れがないと底に沈むか、ただ浮かんでいるだけになっちゃうんだよ」
「そうなんだ」
「うん、だからね。水の流れがなくならないようにしないといけないんだって」
「……環境を整えることが大事って話?」
「うん。もしかしたら……クラゲにとって水の流れが必要なように、人にとっても水の流れのような存在が必要になるのかなって思うんだよねー」
レイちゃんは明るい表情で俺に振り返った。
なぜ急にクラゲの話をしてくれたのかはわからない。
もしもレイちゃんにとって必要な存在があるのだとしたら、それはなんだろうか。
レイちゃんはまたじっとゆらゆらと浮かぶクラゲを見た。
水の光が反射してレイちゃんを照らす。
やはりシズクと似ていると思った。
そんな静寂な世界に、二人組の男女の声が聞こえてきた。
どうやらカップルのようだ。
足音が俺の隣で止まった。
「あれ……レン?」
「……カケル!?」
「おー偶然だなー。てか、一緒にいるのって彼女?」
「……」
俺はとっさにレイちゃんを隠すように身体を前へと出した。
なんでこんなことしたのかはわからない。
でも、カケルにバレてはいけない気がした。
レイちゃんがシズクと似ていることに……もしも気が付かれたとしたらおそらく何か良くない誤解を与えることになるだろうから……。
カケルは少しポカンとした表情になった。
「えっと……あれ、そこにいるのもしかしてシズクちゃん?髪、染めたんだねー?」
「いえ、私はレイって言います。よっぽど似ているみたいですね、私」
背中越しからレイちゃん透き通る声が聞こえた。
カケルは、その端正な顔を若干不思議そうにした。
レイちゃんと俺を交互に見ていた。
「え?めっちゃ似ているよな?」
「ごめん!俺たちこれから用事あるから行かせてもらう」
「え、おい。レン?」
「じゃあまた大学で」
俺は一応、カケルの彼女さんにも目礼した。
そしてすぐにレイちゃんの肩を抱き寄せた。
できるだけ二人に顔を見られないように寄り添うように歩き出す。
「……ねえ、レンくん?どうしたの?」
「ごめん。レイちゃんのことは、今度ちゃんと紹介したいんだ」
「うん……」
レイちゃんは何かを言いたげだったが、結局何も言わなかった。
この日、俺たちはすぐに解散した。
俺はまともにレイちゃんの顔を見ることができなかった。
▲〇▲〇▲
学食でAランチを食べていると、カケルが後からやってきた。
そしてガシガシと髪をかいて俺を見た。
「それで、説明してくれるんだよな?」
「……わかっている」
俺はレイちゃんとAIマッチングアプリで出会ったことを話した。
「ふーん。それでシズクちゃんと似ているレイちゃんとマッチングしたっていうのかよ?」
「ああ」
「実際に会ってみたら……お互いに好きなものも一緒で、色々と価値観も似ていたと?」
「そうだな」
「それで付き合い始めたと?」
「まあそういうことになるな」
「お前、それは……いや、なんでもない」
カケルは何かを言いかけて、結局何も言わなかった。
俺は何かを誤魔化すように言葉が出てしまった。
「偶然、シズクと似ている女の子を好きになったのは仕方ないだろ?」
「別に俺は……何も言っていないだろ?まあ、いいさ。でもシズクちゃんにどのように説明するつもりなのかは興味深いがなー」
「いや……会わせるつもりなんてない」
「いやいや、それは無理があるだろー?」
「……どこに無理があるんだよ」
「いやーだってさー。正直に言うけど。義妹と似ている女の子と付き合う兄貴って気持ち悪いだろ?」
「……そんなことわかっている。だから隠すしかないだろ」
「わかっているなら……別れるか、しっかりと説明した上で付き合うしかないだろ。まあこの場合、シズクちゃんとは縁を切ることになるんだろうけど」
「……」
「あー質問を変えるわ。お前にとって失いたくない存在はどっちなわけよ?」
カケルの声には、珍しく棘のようなものが含まれている気がした。
しかし俺は何も言い返すことができなかった。
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