1. 魔痕持ち
国によって『それ』の対応は違っていた。
ある国では、英雄の誕生ともてはやし。
ある国では、呪われと虐げられ。
またある国では、生まれた瞬間に死が決まる国もある。
それが運命。
その運命を覆す少年がディアン家の次男として生まれた。
イラ=ディアンの周りには生まれたときから音がなかった。
その代わり普通の人には見えないものが見えた。それが空気中にある魔力の粒子だ。
彼が生まれた国では、そういった者を魔族に呪われている『魔痕持ち』と呼ばれていた。
彼の家族がイラは『魔痕持ち』だと思い始めたのは3歳のとき。
イラは耳が聞こえないのに家族がどこにいるかわかることができた。
魔力というのは誰しも身体にあるものだ。
呼吸をするだけでも魔力は身体から漏れ出す。
イラは魔力の粒子を追っているだけだが、その先にいる人からしてみれば「なんでここが分かったの?」となる。
そういったことを違和感に感じた家族は『なにか』が見えてるのか。もしくは『なにか』感じることができるのではと考えた。
家族で話し合いイラを『魔痕持ち』として考えることにした。
そのことを国に隠しながら…。
―――――――――――――――――――――――――
トントンッ
優しく肩をたたかれる感覚がした。
瞼を閉じていてもわかる明るさがある。
僕は瞼が半開きの状態で左右を見回した。
右には本がぐちゃぐちゃに詰まれている。
左には肩をたたいてくれたのだと思われる女性がいた。
彼女は姉のアイラ=ディアン。
どうやら今日は姉さまの日らしい。
姉様は左手で窓の外を指している。
指された方向を見るや否や声が出た。
「まぶしっ」
強制的に意識を覚醒させられた。
いつの間にか寝ていたんだなぁ。
「そんな笑わなくてもいいじゃないですかー」
横で笑顔になっている
日差しにびっくりしている僕を見て笑ったんだろう。
姉様はひとしきり笑った後、指で文字を書いて見せた。
指で沿ったところには水滴が残り文になる。
魔法だ。
『朝食できたから下に降りておいで』
姉様は微笑み、部屋の外へと向かった。
僕は大きく伸びをして息を吐いた。
いつ見ても姉様の水は綺麗だな。
そう思いながらゆっくりと立ち上がってよろけた。
立ち眩みというわけではなく、足の踏み場がないのだ。
うわぁ本片付けないとなー
よく姉さまはこんな部屋入ろうと思うな。
部屋を出て階段を下りた。
下には大きなテーブルがあり、椅子に座っているのは母様、父様、姉様、兄様の4人。
どうやら姉様と兄様がテーブル越しに喧嘩しているようだ。
「おはようございます」
僕がみんなに聞こえるようにあいさつすると父のコージス=ディアンと母のキリル=ディアンはにこやかに挨拶を返してくれた。もちろん姉様同様の魔法でだ。
違う点と言えば指を使わないで声に反応させて文字を出していることだ。
姉様と兄のシェラル=ディアンはあいさつした僕の方を向き慌てて言い合いをやめて挨拶を返してくれた。
「また喧嘩しているんですかー?」
2人は首を勢いよく振った。
喧嘩していたのは見えていたけど、こう言わないといつまで喧嘩するからな。
声を聞こえない僕に気を遣って僕の前では喧嘩はしない。
『また遅くまで本を読んでいたのですか?』
僕がテーブルの椅子に座ると使用人のカレンさんが朝食を運んできてくれて、そのまま聞いてきた。
「ありがとうございます。そんなに遅くまで読む気はなかったのですが、気づいたら遅くなっていましたね」
『せめてお眠りになるときはベットまで頑張ってくださいね』
カレンさんはにこりと微笑みキッチンの方に戻っていった。
使用人として僕が生まれたときからディアン家にいるけど、本当に家族のように思える存在だ。
『今日も図書館に行くの?』
「はい母様。まだ読んでない本がたくさんあるのでもうしばらくは通おうと思います」
耳が聞こえない分、本を読むことがずっと好きだ。
ディアン家は小貴族のため家には小さいが図書室がある。4歳の時から絵本をはじめとする本という本を読み漁ったせいで6歳には家にある本はすべて読み終わってしまった。それからは近くの大きな図書館に通うことになった。
その頃から読唇術を身につけることができたが家族はみんな「できるだけ疲れないように」と目に見える魔法を使って会話をしてくれている。
『無理しないようにね』
母様はいつもニコニコとしていて家族思いを表に出したシスターのような存在だ。
1度怒られたときがあるけど、正直思い出したくもない…。
『そうだイラ!今日は早めに帰ってきなさい!』
『今日は俺たちどっちもついていけないからな』
姉様が椅子から立ち上がって言い、兄様も食べながら同意した。
いつも1人で行くのは危ないと兄様か姉様のどちらかはどこに行くにもついて来てくれる。
たまに過保護すぎるとは思うが、思ってくれるのは嬉しい。
「僕は大丈夫ですけど、今日は何かあるんですか?」
『い、いや!な、何も…?』
姉様が目をそらし露骨に焦った。
昔から姉様は嘘をつくのもつかれるのも苦手なんだよね。
『今日は2人同時に剣術の練習をやるからな。お前なら大丈夫だろうが気を付けて行ってきなさい』
父様が姉様のフォローをした。当の姉様は「そうそう、それよそれ」と言うかのように父様を指し頷いた。
父様は母様と結婚する前、剣術の師範をしていた。今は師範はしていないが、延長として僕たちに剣術を教えてくれている。無口でおっとりしているが何よりも家族のことを考えていることが分かる。
ちなみに、母様は魔導学園を主席で卒業した後、父様と結婚し姉様と兄様に魔法を教えている。
「そういうことでしたら、2人とも頑張ってください!」
『おう!』 『うん!』
2人は笑って元気よく返事をした。
―――――――――――――――――――――――――
「それでは、行ってきます」
『ええ、気を付けてね』
朝食を食べ終えた後、読んでる途中の本を一冊とノートを鞄に入れて母様の見送りのあと家を出た。
すでに父様たちは外の庭で剣術を行っていたが、真剣な顔をしていたので声はかけなかった。
今日は早めに帰らないとらしいから、歩きながら何を読むのか決めておこうか。
図書館の本もあと3分の1ぐらいだけど、残っているのは魔法についての本だ。良いものは最後に取っておかないとね。
魔法。生物のすべてが少量とはいえ身体のエネルギーとして秘めている魔力を利用して行うことだ。魔力には火、水、雷、風、闇、光の6つあり、基本的には血筋によって変わる。そういった魔力を【血統魔力】と呼ぶ。ディアン家では父様と母様の両方とも水の魔力のため、僕たちの魔力も水の魔力となる。
鍛錬と適正さえあれば他の種類の魔力も使うことができる。それを【補填魔力】といい、【血統魔力】には劣るが充分な効果はある。
僕も水魔法は使える。けど僕の水魔法はもともとの【血統魔力】と比べ効果が出ない。
理由は僕の予想だけど、耳が聞こえないことでのエネルギー運動不純だろう。魔法を発動するための魔力は魔法の詠唱によって体内の魔力が運動を始め、魔法が発動する。
自分の声も聞こえない僕は発する詠唱も聞こえず、反応できない魔力がうまれて効果が落ちるのだろう。
それでも僕は、魔法が大好きだ。
母様の魔法を初めて見たとき感動した。なんて綺麗で細かく精錬されたものなんだろうと。僕もそうなりたいと思ってしまった。思ってしまったのだからもう諦めきれない。
僕はどうにかして母様のような魔法を使いたい。
でも今のままではだめだ。まず知識が足りない。魔法と魔力について。
そして、僕の目に映っているものについて知らなくちゃいけない。
「いたっ」
考えごとをしていたら後ろから小石が投げられた。見事に後頭部なんだけど…。
後ろを振り向くと近所に住んでいる同年代の男共が3人立っていた。
いつもは姉様か兄様がいるから絡んでこないけど今は1人だもんなー。
『不良品が!今日も無駄なお勉強かよ!』
…でたよ。不良品とか人に対して言う言葉じゃないと思うんだけどなー。
てか、僕が読唇術を身につけてなかったらその悪口もわかんないんだけど、どうするんだろ。
『【血統魔法】もろくに使えない不良品がいくら本読んでも魔法は使えるようにならないんだよ!』
真ん中のリーダーらしき男はが怒鳴るように言い、周りの2人は「そーだ!そーだ!」と付け足す。
どうしても小悪党感が否めないな。
「そんな不良品の僕にかまってる暇があるなら、少しでも魔法のお勉強した方がいいと思うよ」
『てめぇ!!』
僕の言ったことにむかついたのか、僕の方に手をかざした。
『ファイアボール!』
火の初級魔法であるファイアボールがかざされた手から放たれた。
放たれたファイアボールは2つ。大きさはボール1個ほど。僕は正面を向いていた状態から横を向き、2つのファイアボールは僕の横を通り過ぎていき、空中で消滅した。
『なっ!!』
僕はそのまま図書館の方を向き、歩くのを再開した。
絡んできた男共は放心状態となり、その場に立ち尽くした。
―――――――――――――――――――――――――
はぁ危なかった。
さっきのファイアボールを受けてても火傷ぐらいで済むとは思うけど、痛いのは避けたいからね。
魔法は魔力の塊だ。空気中にある微小の魔力は魔力の塊でできた魔法を避け、魔法の通り道を作る。
僕は、音のある世界を代償に空気中にある魔力の粒子を見ることができる。
数百年に一度、生まれつき身体的不自由を代償にし魔力を何らかの形で感じることができる存在を、イラの生まれた国ではこう呼ばれる。
《魔痕持ち》
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