第12話

「なんだそれは」

「東洋の魔除けの酒だ」

 アリシアは栓を抜いて酒瓶の中身を口に含む。しかし、

「ウム」

 そんなことは黒騎士には関係ない。構わず大剣を振るってくる。霧の刃がアリシアに迫るがアリシアはそれをいなす。後方の床に刃が突き刺さり、切り裂いていく。

 その間にアリシアは自分のカタナに口に含んだ酒を吹きかけた。

「それで本当に魔除けになるのか?」

「行商によると効果テキメンらしい」

「それあの魔力濾過装置売ってきたやつだろ。ポンコツで全然使えなかったやつ」

「今回は大丈夫だ」

 アリシアはカタナを構え直した。

 黒騎士が悲鳴に似た咆吼を上げる。振るう霧の刃がアリシアに迫る。

 アリシアはそれをカタナで受けた。

「効果テキメンだ」

 そして、霧の刃はカタナに触れたところから霧散していった。

「この霧も霊体由来のものだったのか」

 それを見ると黒騎士はまた金切り声を上げた。さっきより一層ひどい音だった。

 そして、怪物は狂ったように霧の刃をアリシアに向けて振りまわした。まるで嵐だ。しかし、それは全てアリシアのカタナに触れた瞬間形を失う。全てがカタナに無力化されてしまった。

 それを見て黒騎士はまた吠える。

「霧は無力化出来る。あとは」

 アリシアが言うが早いか。その鼻先をなにかがかすめていった。アリシアはすんでで後に飛び、その何かをかわしたのだ。目で見たのではない。感覚でなにかが来ると悟ってのことだった。

 その何かはそのまま床に叩きつけられ、真っ二つに切り裂いた。

 それは黒騎士の大剣。

 一瞬で、人間の目では反応出来ないほどの速度で、アリシアの目の前に黒騎士が迫ったのだ。霧の刃が効かないと見るやすぐさま接近戦に切り替えたらしかった。

「はやっ!」

 パックが言うが早いか。黒騎士の剣の切っ先がアリシアのこめかみをかすめる。

 しかし、アリシアもやられてばかりでもない。かわしざまに黒騎士の胴に紅い刃をすべりこませる。

 アリシアのカタナは鎧をバターのように切り裂き、中の霊体まで到達する。

『キィアアアァァァァア!』

 黒騎士は絶叫した。しかし、かといって引くことはしなかった。そのまま振り抜いた大剣を返し、アリシアに振るう。

 アリシアはそれを受け、いなし、両者は何合か切り結んだがお互いにお互いの体に刃は届かず一旦距離を空ける。

「効いてんのか?」

「どうやら肉体にダメージは与えてるようだな。やはり『祓いの御神酒』とやらはまがい物ではなかったな」

「そうだと良いがな。しかし、お前のヒヒイロカネのカタナと打ち合えるとはあいつの大剣も名剣みたいだな」

「ああ。太刀筋も体裁きも見事だ。生前は大した剣士だったんだろう」

 アリシアの紅い刃が黒騎士に向けられる。紅いカタナ、極東でしか採れないヒヒイロカネで打たれた名刀『山紅葉』だ。世界最高硬度を誇る鉱物のひとつであるヒヒイロカネで作られた『山紅葉』は並の金属ならばいとも容易く切り裂いてしまう。

 このアリシアのカタナと打ち合って刃こぼれがないということは黒騎士の大剣もヒヒイロカネに並ぶレアメタルで打たれた名剣だということなのだろう。

 そして、ここまで戦ってアリシアにはこの黒騎士が並の剣士でないことが分かっていた。理性を失い、生者としての誇りも失い、その動きは最早人間のものではない。しかし、そうなってもなお失われない太刀筋の鮮やかさ。無駄のない体の動き。剣の駆け引きこそもはやおぼつかないが、その動きだけで生前は名の通った達人だったことがアリシアには感じられていた。恐らくアリシアをしのぐ剣士だったはずだ。

「それだけに惜しいな。こんな怪物になってしまったということが」

「そもそもこいつはなんでこんな怨霊になって城を彷徨ってんだろうな」

「さてな。やむにやまれぬ事情があるんだろうさ」

 アリシアはカタナを構え直す。

「なんであれ、同じ剣士として眠らせてやるのが礼儀というものなのだろう」

 黒騎士が再び甲高い金切り声を上げた。

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