第11話

 アリシアの目の前に居たのは人間ではなかった。生気というものがまるで感じられない。その視線は明らかにアリシアに向けられていたが、それは怪物のものだった。乗せられた感情はあまりにもグロテスクで、人間の持つ感情に分類することは出来そうになかった。 黒いフルプレートアーマー。頭からつま先まで全てが甲冑によって覆われている。そして、大きかった。身の丈はアリシアを優に超えている。これが亡霊だというならば、元は人間だったのだろうがそれにしてもかなりの背丈だ。2エルグというのは誇張ではないだろう。

 そして、その怪物は野生の獣のように姿勢を低くして、首をありえないほどにねじり、アリシアを睨んでいる。

 その手にはその巨躯よりなお長いロングソード。黒の甲冑に揃えたかのような黒い刀身のロングソードだった。

 そして、黒騎士の甲冑の隙間からは蒸気のように白い霧が漏れ出していた。

「見た感じどうだ? 難敵か?」

 パックが言う。

「どうやらそのようだな。魔物狩りの基準で言えば上位のSはあるだろう」

 アリシアは応える。二人の声は良く響いた。当たり前だ。玉座の間は広かった。とてもとても。小さな教会なんかならそのまま入ってしまうような奥行きと天井の高さだった。2階から4階までをぶちついて作ったスペースなのだから当然か。

 玉座があったであろ部屋の奥は最早なんの名残も残してはいなかった。しかし、壁や柱に刻まれた細やかな装飾が廃墟となった今でも厳かな雰囲気をこの空間に与えていた。

 ここがこの城の中核だった。

 二人はそんなことにはまるで意識さえ向けずに会話を続ける。

「ははぁ。上から2番目か。軍隊一個中隊と同等の危険度ってやつか」

「それは新聞が適当に言ったオオボラだ。大体軍隊と魔物をどうやって比べるんだ」

「はいはい、お堅いこった。でも大体そんなイメージだろ」

「違う」

 頑として譲らないアリシア。二人は意味があるのかないのか良く分からない会話をしていたが、先にしびれを切らしたのは黒騎士の方だった。

「来るか」

 黒騎士がその大剣を振るう。金切り声のような咆吼をしながら侵入者に斬撃を放つ。大剣にまとわりついていた白い霧がムチのようにしなりながらアリシアを襲った。

「ふっ!」

 アリシアはそれを身をかがめてかわす。そのこめかみの横を抜けていく霧の刃。

 アリシアはすぐさま身を起こす。

「おいおいこいつは」

 パックの言葉にアリシアは後に目を送ると玉座の間の大きな一枚の壁に一筋の亀裂が入り、そしてそこを境に壁が崩れ落ちたところだった。厚みもかなりの城壁がガラガラと崩れていく。

「切れ味抜群だな」

「それだけで済む話か」

 黒騎士は吠える。そしてまた剣を振るう。霧の刃がアリシアに襲いかかる。

 しかし、今度はアリシアも仕掛けた。常人には軌道を読むことも、そもそも目でとらえることさえ困難な霧の刃をアリシアは容易くいなし、そのまま黒騎士の懐に突っ込んだ。

 アリシアの紅い刃が黒騎士の黒い刃とぶつかり合う。

 しかし、アリシアはそのままつばぜり合いに付き合うと見せかけて刃をずらし、瞬時に黒騎士の大剣を横に流し、生まれた隙間にその刃を突き立てた。人間で言えば肝臓があるあたり。そこに紅い刃が背中まで貫通していた。

 遅れて、さっきしなした霧の刃が切り裂いた天井が崩れて落ちてくる。アリシアの後方で轟音が響く。

「むぅ、手応えなし」

 言うとアリシアは瞬時に黒騎士の懐から離脱した。鼻先を大剣がかすめたが動揺するアリシアではない。そのままいつでも踏み込める位置にカタナを構えて立つ。

「どうだ」

「やはり中身は空っぽだな。完全な霊体だ」

 アリシアがカタナを突き刺してもその手にはなんの手応えもなかった。ただ金属板を貫通しただけ。

「強さとしては大したことないのか? お前を簡単に懐に入れてたが」

「どうだろうな。わざと入れられたように感じた。こっちの力量を計ったような」

「亡霊だろ? そんな自我があるようなことすんのか?」

「さぁ、どうだろうな」

 アリシアは黒騎士を睨む。低く身をかがめ唸っている。その姿は二足歩行なだけで獣のようとしか言いようがない。

「祈祷術をかけるか?」

「いや、今回はもっと良いのをもらってきた」

 アリシアは懐からなにかを取り出す。それは東洋の文字の書かれた陶器の酒瓶だった。

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