第10話

 アリシアは螺旋階段を上がっていく。底の堅いブーツだというのに足音はしない。亡霊に気取られないように慎重に足を進めている。その手には紅いカタナ。脇に構えながらアリシアの目は階段の向こう、2階の気配に傾けられている。

「どうだパック」

「階段前には何も居ないな。もっと奥だ」

 足下の影からパックが先の状況を伝える。その間にも低いうなり声が階段の上から聞こえてくる。同時に背筋を凍らせる霊気としか言えない気配。

 恐らく普通の人間ならこの階段を登ることなど出来ないだろう。この空気を感じるだけですくみ上がり、震えが止まらなくなる。足は動かず、呼吸もうまく出来ず。ひどいものならここに居るだけで失神するかもしれない。

 そんな場所をアリシアは動じることなく、ただ標的への警戒だけを持って進んでいく。「2階に出たか」

 そして、階段は終わりアリシアは2階へと足を踏み入れた。

 濃い霊気が立ちこめていた。人ならざるなにかが近くに居ることが肌で感じ取れるほどだ。

 パックの言うとおり階段の前には何も居ない。そして、すぐに壁がありドアがあった。ドアの向こうが来客の控え室であり、その向こうに玉座の間があるのだろう。

「この向こうだな」

 アリシアは目の前のドアを睨む。濃い霊気はそこから立ちこめていた。

 アリシアはそっとドアに近づき耳を当てて中の様子をうかがう。そのまま、ドアをほんのわずかに開き、パックに中を確かめさせた。

 またうなり声だ。しかし、それはすぐドアの向こうからという感じではない。

「いねぇな」

 パックが小声で言う。それを聞くとアリシアはゆっくりと、本当にゆっくりとドアを開けた。まるで音がしないほどだった。

 開くと中は薄暗かった。一番奥に窓がふたつ並んでいるだけだ。元々はなにか照明を使っていたのだろう。天井は他と変わらず高い。そして、アリシアの右手の壁に大きな、厳めしい扉があった。

「あの向こうが玉座の間か」

 パックの言葉がなくても分かる。扉の意匠、そして雰囲気からこの向こうにあるのがこの城の主が居た部屋だとアリシアにもなんとなく分かる。

 そして、霊気の元も明らかにこの向こうに居た。

 うなり声が聞こえる。先ほどまでよりも大きな音だ。壁一枚隔てた向こう側から聞こえる。

「いよいよご対面ってわけだ」

「ああ、行こう」

 アリシアはカタナを持つ手に力を込める。そして、扉に手をかけた。当たり前だが重い手応えだった。しかし、それでもゆっくりと慎重に扉を開け、その時だった。

「む」

 アリシアは突如横に飛び退いた。まさに神速。常人には目にも留まらない速さだ。

 しかし、そのアリシアの鼻先をそれ以上の速度で何かがぶっ飛んでいった。

 それはアリシアが今し方開けようとしていた扉から伸びていた。扉を貫通して向こう側から伸びていた。

 それは白い霧だった。霧がムチのように伸びて、扉に大きな亀裂を空けて突き抜け、そのままアリシアの後の壁に突き刺さっていた。

「これが噂の『霧の剣』か」

 アリシアの足下でパックが言った。

 一拍遅れて後の壁が崩れる。

 伸びた霧はそのまま一瞬にして扉の向こうに戻っていった。

「行くしかないか」

 アリシアはそのまま重い扉を思い切り蹴りつける。開いた扉の隙間に体を潜り込ませ、玉座の間へと飛び込む。

「むむ」

 その時、感覚のままにアリシアは紅い剣を振るった。何かが刀身に当たり跳ね返る。それはそのまま跳ねて横の壁を切り裂く。正確無比に放たれた霧の刃だった。

 一撃をなんとか凌ぎ、アリシアは床を一回転したのちただちに起き上がった。

「ほぅ。こいつが『黒騎士』か」

 アリシアとパックの目に映ったのは、広い広い玉座の間。そしてその真ん中に居た、大きな黒い騎士だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る