第9話

 ゆっくりと扉を開き、アリシアは城内に入った。昔はさぞ豪奢な建築物だったのだろうが今は見る影もない。とっくの昔に世界に置き去りにされ、死の気配しかない場所だった。

 外からの日射しが所々の壁の割れ目から差し込み、中は薄暗いがある程度どうなっているか分かった。

「ここが1階、全部で4階建てか。大昔のにしたら馬鹿デカい建てモンだな」

「ふむ。思っていたよりは広いな」

 アリシアが立っている各部屋へ通じる廊下はかなりの幅だった。オートモービルが2台すれ違えるほどはあるだろう。天井も見あげるほどに高い。各部屋もこの廊下に見合う広さに違いない。

 アリシアは警戒しながらカツカツと石の床を進む。

「どう攻めるんだ?」

「城の探索ではなく魔物の討伐が目的だからな。出くわすまで探すしかないだろう」

「じゃあ、出やすいところを回るしかないのか。ここからだととりあえず階段前が第一ポイントだな」

「なるほど.................」

「......廊下を真っ直ぐ行ったところだ」

「.....なるほど」

 しばし固まったアリシアにパックが諭す。アリシアは廊下の奥へと進んだ。

 その間もパックは周りの影に伸びて周囲の状況を確認していた。

「亡霊以外の魔物の気配はないのか?」

「恐ろしいことにまるでないな。少なくともこの階には。ひょっとしてその奴さん以外この城の中には何も居ないのかもしれねぇ」

「弱ったことだ」

 強力な魔物が居る場所にそれ以外の魔物が寄りつかないというのは良くある話だ。しかし、これだけの広さの城丸々から魔物が居なくなるというのはアリシアはあまり聞いたことがなかった。それだけ亡霊が強力だということなのか。

 あるいは表の中庭に弱い魔物が少し居るだけだったのも同じような理由なのかもしれなかった。

 ここはもう、その恐ろしい怪物の領域なのだろう。

「ここが階段か」

 廊下先にあったのは階段だ。こちらも石造りだが螺旋を描いている。ところどころに窓が抜かれておりそこら光が差しこんでいた。

 そして、階段の前に広いスペースがあり、ここが亡霊のひとつ目の出現ポイントらしかった。

 しかし、そこには何も居なかった。苔むし、崩れた広間があるだけだ。

「どうやら居ないようだな」

「実体があるってんなら姿を隠せる場所もないしな」

「ここはなんのスペースなんだ?」

「上に玉座の間の控え室みたいのがあるらしい。そこの下だからこんな風に空間があるんだろ。昔何に使ってたかは知らんがな」

 確かに地図によれば玉座の間は2階にあり、そこから4階までをぶち抜いた巨大なものになっているようだった。玉座の真下にあたる場所、この階段下の空間の横は細かい部屋がいくつもあった。

「どうする? ある程度は影をたどったが1階全部回っとくか?」

「うーん、そうだな」

 アリシアは階段の窓からの明かりの下で地図を広げる。逆さまだったがそれでもアリシアが見るに城はかなりの大きさだ。ここまで歩いた廊下から縮尺をイメージするにくまなく探索していてはあっという間に日暮れを迎えそうだった。

 パックを当てにして大まかに探索していくべきか。日にちをかけるつもりでしっり探索するか。

 亡霊の気配を探るにしてもこの城は大きい。

 あちらから出てきてくれるのが一番早いのだが。

 と、アリシアが思った時だった。

「おい」

「ああ」

 アリシアは地図から目を離し、階段を見あげた。

 その先、上の階からだ。

『ウゥウゥウゥゥウ..........』

 うめき声のような、獣のうなり声のような。なにかの声が響いてきた。それは響き渡っただけで空気を凍りつかせるような、得体の知れない冷たさがあった。

「どうやら1階はもう調べなくてよさそうだな」

「ああ、お待ちかねのようだ」

 アリシアは言って階段に足をかけて登り始める。この先に今回仕事の目的が居るらしい。パックも影を伸ばし上の階を索敵する。

 そして、アリシアは腰の鞘からカタナを抜いた。鮮やかな紅い刃のカタナだった。

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