第60話 五十路、モテる。後編

【???視点】



『執事喫茶【GARDEN】。伝えたくない……! でも、伝えたい……! 最高の空間がここに、あり、ます……!』


 そんなレビューを口コミサイトで見たから行こうという友達に連れられてきた執事喫茶。


 私は、そもそもこういう所が嫌いだ。

 イケメンがキラキラしながら歯の浮くような事を言って女性からお金をだまし取るに違いない。

 だから、友達が心配でここに来た。

 けど、そんな友達が……。


「ね、ねえ七海ちゃん……ど、どうしよう、緊張してきた」


 入り口で震えて止まっている。


「もう美空ってば……行くの、やめる?」

「だ、駄目だよ! 予約までしたのに! ドタキャンなんて七海ちゃんみたいな美人さんならまだしもウチは駄目よ」


 美空は今年就職でこっちに来たばかりの子で、まだ方言が残るかわいい子だ。

 けれど、自分は田舎者だからといつも卑下している。

 そして、純粋すぎて騙されやすい。

 だから、付いてきたのだけど、今日はこのまま流れるかもしれない。


「あの……入らないんですか?」


 入り口でもたもたしてる美空に、何と言えばいいのか和風美人という感じのすっきりした女の子が話しかけてきた。


「え? あ、あの……! ウチ、いえ、私は……!」

「もしかして、緊張してます? 分かります。私も最初そうで、他の人に声かけて貰って漸く入れたから。……大丈夫ですよ。ここは、どんな人でも笑顔にしてくれますから」


 そういうと、その子は美空を入口へと促した。

 美空は、ぼーっとしたような感じで入り口に入っていく。


「ちょっと! 待ってよ!」


 私も慌てて追いかけると、その子はくすりと笑うと、私の後に入ってきた。

 随分と姿勢の良い子だ。


「お帰りなさいませ」


 エントランスで受付を済ますらしい。エントランスにいたのは額に傷があるけど、すごく可愛らしい少年のような顔をした子だった。めちゃくちゃ美形。


「あ、あの、よ、よ、よびゃく……じゃなくて……!」

「あの、二名で予約した藤原です」


 代わりに答えると、美少年はくすりと笑い、


「緊張されてますね。じゃあ、少しでもリラックスできるように魔法をかけてさしあげましょう」


 美少年がそう言うと花を取り出す。気障だ。やっぱりそういうお店なんだな。


「この花の匂いを当ててみてください」

「へ?」


 なんだ? いきなりクイズ? その花は、折り紙で作られた花だった。

 嗅いでみると確かに花の匂いがした。


「これ……ラベンダーですか?」


 美空が答える。すると、美少年はまた笑って口を開く。


「正解です。どうです。少しは落ち着いたのでは」

「え? あ、確かに」

「ラベンダーは『洗う』という意味のラテン語から来た名前でして、その通り心を洗い流してくれる香りです。そして、香りを吸う時に、しっかり息を吸い込むでしょう? ちゃんと息を吸い込めれば落ち着くことが出来るんです。よければ、差し上げますので、中で緊張したらそれを嗅いでみてください」


 全部先輩の受け売りですがと笑いながら美少年は美空の緊張をほぐしてくれた。

 そして、美空もさっきまでの緊張はどこへやら目を輝かせて中へと案内されていく。


「ああ、朝日お嬢様、お帰りなさいませ。今日は良かったですね。居ますよ」


 美少年がさっきの女の子の対応をし始めたので会釈だけすると美少年はそれに気づき綺麗な礼で見送ってくれた。


 なんか凄い。


 案内してくれたのは、身体の大きなスポーツマンっぽい人だった。でも、この人も滅茶苦茶姿勢がいいし、歩き方がかっこいい。


「お嬢様達は初めてという事ですが、お名前をお伺いしても?」

「あ、あの、美空です」

「……七海です」

「空と海、お二人に相応しい爽やかなお名前ですね。それに、お名前も仲が良いようで素敵です」


 爽やかな笑顔で真っ直ぐにこちらを見ながら褒めてくる執事に動揺する。

 正直物凄く照れた。なんだこの店は。


「うわあ」


 中に入るなり、美空が声を漏らす。

 私も同じ気持ちだ。


 花がいっぱい。


 そして、凄く穏やかな空間が広がっている。


 金髪の執事を筆頭に派手な顔のイケメン揃いだけど、全然チャラい感じじゃなくて、丁寧に接客をしている。

 左右ツートーンの派手な髪のお嬢様や赤茶のお嬢様もいたけど、凄く雰囲気があって、そして、この空間で騒ぐでもなく、ゆったりと楽しんでいるようだった。


 そして、お料理も飲み物も凄い。


 早いし美味しいし、その美味しさの割に安い。


 そして、合間に入るパフォーマンスも素敵だった。

 楽しいもの、かっこいいもの、すごいもの、でも、どれも執事達の努力とお嬢様やお坊ちゃんを楽しませたいという気持ちに溢れていた。


 そして、最後に、さっきのエントランスの執事とそっくりなお嬢様が、執事と舞台に上がって踊り始めた。

 めちゃくちゃ凄い。

 社交ダンスとかあまり知らないけど、凄いってことだけ分かった。

 近くから聞こえてきた話だと、あのお嬢様は競技ダンスというのをやっていて全国クラスらしい。じゃあ、あのダンスに合わせていたあの人は? 全国クラス? 嘘でしょ……だって、あんな……。


 なんだここは。


 その後も、希望者は少しだけダンスを出来るという事で、あのツートーンのお姉さんや赤茶のダブルっぽい子、そして、私達と一緒に入ってきた綺麗な子が踊っていた。

 しかも、


「は、はい!」


 美空まで、踊った。方言が恥ずかしくて引っ込み思案だった美空まで。

 なんだか悔しかった。美空は、会社の同僚で私をずっと頼りにしてくれてたのに。

 私がしっかりしてて、彼女を支えてあげていたのに。


 でも、あの子のあの姿を見て思う。

 私は、もしかしたら、彼女を駄目にしていただけなのかな。

 美空を見て安心してたんだろうか。私は最低な人間じゃ……。


「お嬢様」


 気付けば、踊り終わった美空を連れてきた執事が私の所に来てた。


「良ければ少しだけいかがですか?」


 手が差し伸べられる。綺麗な手。ちょっと皺があってごつごつしてるけれど男の人って感じの手。


「で、でも、私は……」

「もし、ちょっとでもやってみたいという気持ちがあるのならやってみませんか? ここで貴方はお嬢様に変身したんだと思って、ね?」


 その微笑みがあまりにも優しくて、私は気付けば手を取っていた。

 ダンスはやったことがないからめちゃくちゃだった。

 でも、その執事は凄く上手で、やさしくて、リード? してくれた。


「お上手ですよ」

「いいです。お世辞は」

「お世辞だと思っているんですか?」

「ええ、だって、私へたくそでしょ」

「そうですか? とても、こちらに対し気遣って下さる優しいダンスをされる方だなと思っています。先ほどの美空お嬢様がいってらっしゃいましたよ」


 私は思わず顔を上げる。

 執事の微笑みが照明に照らされ優しく浮かぶ。


「あなたは、とても優しくて、あのラベンダーのような方だと」


 ふわりとさっきのラベンダーの香りがした気がした。


「ラベンダーは薫衣草とも言いまして、薫りを衣のように纏っているからだそうです。美空お嬢様は、あなたが見えない所でやってきた色んな努力、さりげない優しさを知っていましたよ」


 踊り終えた私はどきどきしてた。


 なんだここは。なんだあの人は。


 そして、気付けば美空を抱きしめていた。

 『ありがとう』と言ってちょっと泣いた。


 私は疑り深い。

 だから、友達も出来なかった。

 美空はそんな私についてきてくれた。

 友達、だと思いたい。

 いや、友達だ。


 色んな話をした。

 時々執事も来てくれて、盛り上げてくれた。


 なんだろうか、この空間なら優しくなれる。

 そんな気がした。


「楽しそうで良かったです」


 あの入り口であった綺麗な子が話しかけてきた。


「私も、ここ好きで、色んな人におすすめしてるんですけど、やっぱり来たからには楽しんでほしかったから」

「あ、あの! ウチ、わたし、すっごく楽しいです! すごいですよね、色んな人が紹介してて、あの、わたし、職場で言われてるんです。紹介したくなる、感じて動きたくなる『感動させる』お店が良いお店だって。だから、私、ここまで感動させるお店ってどんなお店なんだろうって、あの、知ってます? こういう漫画がツブヤイッターでバズってるくらいで……」

「あ……あの……それ、私が描いたレポ漫画です……」

「えー!」


 美空が凄く喋ってる。私以外の人と。それが嬉しくて。嬉しくなれた自分が嬉しくて。


「でも、本当に、良い所ですよね?」

「「はい!」」


 カブった。二人、それを見合わせて笑った。

 そして、私には気になることが……。


「あ、あの……あなたも、『あの執事』さんが、お気に入りですか?」

「え? ああ、はい。『あの執事』さんが私を変えてくれたんです。私の中の花、なりたい私を見つけさせてくれたんです」


 そう言う彼女はとてもきれいで見惚れてしまった。


「ライバルですね」

「え? いや、その……」

「でも、大変ですよ」


 そりゃそうだろう。私には分かる。あのツートーンの美女も、赤茶の美少女も、ダンス美少女もみんな彼に夢中の様子だ。


「あの人は『ジジイだから』って自己評価低いから、モテてるって思ってないんです」

「へ?」


 嘘でしょ? あんな素敵な人が? なんで?

 その綺麗な子と別れた後も、じーっと目で彼を追って、美空に笑われた。もう。


 帰りの時間が来た。いや、お出かけの時間らしい。

 あっという間だった。


 お見送りは『あの執事』だった。

 綺麗なお辞儀。

 お別れだ。でも、


「あの! 貴方のお名前は……あの、また、来てもいいですか?」


 そう言うと、その白髪の執事は、柔らかく微笑んで答えてくれた。

 ラベンダーの香りがした。


 いや、その執事がラベンダーを差し出してくれた。


 洗うという意味のその花。


 そう、私は洗われたのかもしれない。此処で。綺麗になれた気がする。


 この白髪のめちゃくちゃカッコいい穏やかな老執事によって。


「白銀、と申します。お嬢様のお帰りを私はこの【GARDEN】で、いつまでもお待ちしておりますよ」




『白髪、老け顔、草食系のロマンスグレーですが、何でしょうか、お嬢さん?~人生で三度あるはずのモテ期が五十路入ってからしかも、一度で三倍って、それは流石にもう遅い、わけではなさそうです~』第一部【純白の薔薇と白練の杜鵑草編】完


第二部【泥中の蓮と遅咲きの江戸彼岸】に続く?

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