第59話 五十路、モテる。前編

「おはようございます」


 カルムに入ると、詩織さんがお出迎えしてくださります。


「拓さ~ん!」


 元気いっぱいでやってくる詩織さんにほっとします。

 つい先日まで詩織さんは、千金楽さん曰く『甘えん坊モード』になっていたことを恥ずかしがり中々目を合わせてくださいませんでした。


 ですが、大分立ち直ったらしく最近は目を合わせてくれるどころか凄く近寄ってこられて、緊張してしまいます。


「おはようございます! 今日もよろしくお願いしますね! 拓さん!」

「え、ええ。宜しくお願いします」

「詩織? 何か近すぎない?」

「え~? でも、私は、拓さん大好きなんで、近くに居たいので」

「ぐぬう……正直者め……うらやましい……!」


 流石にこの状態では仕事が進まないからでしょう小鳥さんがじとーっとこちらを見ています。

 ちなみに、小鳥さん・拓さんと呼んでいるという事で、詩織さんが私の事を拓さんと、そして、私が詩織さんと呼ぶようにお願いされ、そう呼んでいます。


「さ、さあ、それじゃあ準備を始めましょうか」

「あ、そうだ! 拓さん! ちょっと買い出しに付き合ってくれない? ちょっとだけ足りないものがあって……」

「かしこまりました」

「あー、じゃあ、小鳥さん。私が拓さんと……」

「大丈夫よ、詩織。時間もそこまでないし、私が拓さんと行ってくるから。詩織はゆっくりしてて」


 そう言われ渋々引き下がった詩織さんを横目に買い出しに行きます。


「ふふ……」

「えーと、小鳥さん? 何か?」

「うん? うん、隣に拓さんがいるなあって」

「はい、いますよ」

「ふふ……うん」


 今日の私はどこか変だったんでしょうか。買い出し中隙あらば小鳥さんが私を見て笑っていました。


 そして、カルムがオープンすると朝から大盛況となります。


「たくちゃん! きたよー!」

「千代子さん、いつものでよろしいですか?」

「うん、お願いねー! あと、三雲のおばあちゃんの分の珈琲も」

「たくちゃん、頑張ってるね。お菓子をあげよう」

「よお! たくちゃん! 儲かってるか!? 珈琲くれ!」

「かしこまりました。耕さんもお久しぶりです」


 いつもの面々がやってきて思わず顔が綻びます。


「こんちわー! 福家さん! 来ましたよー!」

「こんちわ」

「失礼しまっす! 福家さん! ご無沙汰してます!」

「結さん、明美さん、明羅さん、いらっしゃいませ。今日はご兄妹揃ってなんですね」

「偶然です」

「いやー、明美と一緒に来たくて!」

「明美さん、素直じゃないんですよー。嬉しいくせに!」


 相変わらず仲が良さそうでほっこりします。


「あー、結ちゃん達だ! いらっしゃい!」

「詩織さん、どうも昨日ぶりです!」

「ども」

「ご無沙汰してます!」

「あ、そういえば、明美さん、昨日ウチにエプロンを置いて帰られましたが、今日持って帰られますか?」


 私がそう尋ねると、一瞬カルムが静かに。


「……え? 明美、ちゃん?」

「明美、お前! 空手以外は防戦一方かと思ったら……! 嬉しいぞ!」

「ち、ちが……! 結とりんちゃんも一緒に鍋をしたの!」

「そうです! が、明美さん? エプロン忘れないようにって私言いましたよね……?」


 結さんが見つめると明美さんは真っ赤になって俯いてしまいました。


「だって……また、鍋する時あったら、置いといたほうが便利じゃない……!」

「そうですね。では、家に置いておきますけど大丈夫です?」


 私がそう言うと、またカルムが一瞬静かに。


「拓さん……私のエプロンも置いといていい? なんなら、お泊りセットも……」

「ふ、福家さん! つ、次の鍋の予定を決めましょう!」

「ちょおおおー! 私も! 私も! 行きたい! 拓さん!」


 小鳥さんまで遠くで叫んでいます。皆さん、お鍋好きなんですねえ。


「たくちゃん、モテモテねえ。はい、お菓子あげよう」

「ありがとうございます。三雲のおばあさん」

「なんだか賑やかだね」


 入り口で誠二郎さんが微笑みながら立っていらっしゃいます。


「誠二郎さん、いらっしゃいませ。お久しぶりですね」

「ああ、久しぶり。ああ、そうそう。今度こそ【GARDEN】にお邪魔出来そうだよ。それで、水原って分かるかな? 彼女も同席したいそうで」

「水原? って、水戸さん。それって『美人過ぎる』政治家で話題の水原織姫じゃあ……」

「うん、白銀に興味があるらしくて……」

「「「「だめー!」」」」


 女性陣が誠二郎さんに詰め寄っているので、私は退散することにしましょう。

 と、後ずさりすると後ろから抱きしめられる感覚が。


「福家さん……やっと会えた……」


 抱きしめていたのは、凛花さんでした。


「……世界で一番あなたを愛しているのは、私です」


 凛花さんがそう仰ったので、私も答えねば。


「流石女優さんですね。凄くリアリティがありました。次のドラマの台詞ですか?」

「え?」

「お上手で、ドキドキしてしまいました」

「……ま、まあ、今日の所はこれで……」


 凛花さんはボソボソとつぶやくと、そっぽを向いてしまいました。

 その後ろから寛子さんが。


「りんちゃん、後でお話ししましょうね。こんにちは、福家さん」

「ええ、この前はご馳走様でした。素晴らしい薬膳料理をありがとうございました」

「……社長、あとでお話ししましょうね」

「ち、違うのよ。私は、福家さんの身体が心配だから。決してやましい気持ちは……」


 凛花さんにつつかれながら寛子さんが席へと向かっていきます。


「うう~、みんな、本気出し始めてる……!」


 オーダーをとってキッチンに向かうと小鳥さんが何やらブツブツと呟いてらっしゃいます。

 どうかされたんでしょうか。

 もう一つお仕事されますし、お疲れなのかもしれません。顔もなんだか赤いような……。


「小鳥さん、ちょっと失礼しますね」


 小鳥さんの額に手を当て、自分の額にも手を当てて熱を比べてみますが、やはり、ちょっと熱が……いえ、これは、どんどん上がっているような……


「た、拓さん、うきゅうう~」


 小鳥さんが真っ赤になって倒れてしまいました。ど、どうしましょう。


「あー、拓さん。小鳥さんは私が奥に連れて行きますから。オーダーお願いします」


 レカさんが奥からやってきて、小鳥さんを連れて行かれます。

 レカさんは、元々カフェに興味があったようで、カルムが再開すると聞いてすぐ応募しに来てくださいました。


「ありがとうございます、レカさん」

「あの、貸し一つってことで。よかったら、今度……映画観に行きません?」

「いいですね。是非」


 最近は皆さん色んな所に誘って下さり、本当に毎日が充実しています。


「約束しましたからね。また、連絡します」


 そう言うとレカさんはニコリと微笑み、小鳥さんを奥へと連れて行ってくれました。


「さて……それでは、やりましょうか」


 全てのオーダーを頭の中で並べ直し、最適な流れを組み立て、調理を始めます。


「結さんは温めのこちらの珈琲、明美さんはこちらのホットケーキのセット、砂糖を多めに。明羅さんは熱めのこちらの黒いカップを。耕さんはこちら一応と言って付けておいてください。千代子さんはこちら、三雲のおばあさんはこちらで。あと」

「拓さんってすごいね……」


 詩織さんが驚いていらっしゃいます。ジジイで物忘れが激しいと言われますが、こういったことだけは覚えています。


「ありがとうございます。じゃあ、お願いしますね」

「うふふ……こういう感じってなんだか夫婦みたいですね」


 詩織さんはそう言って微笑んでいらっしゃいますが、あの、後ろで凄く睨まれていますよ……。早く持って行った方が……。

 とはいえ、出来るだけ早く作ったつもりですが、何か私の方が良くなかったんでしょうか……。もっと頑張らねば。


 そして、詩織さんが持っていくと皆さんが穏やかに笑ってらっしゃいます。


 カルムに戻ってきた。

 カルムが戻ってきた。


 そんな気がして、顔が綻んでしまいました。


「おっと、行かないと」


 とはいえ、時間がありません。私は、戻ってきた小鳥さんやレカさんにお任せし、着替えて向かいます。


「さあ、【GARDEN】へ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る