第21話20 私の出番です! 少尉さん

 結局、父の話を聞くのは一日がかりになった。

 まだ頭痛がひどく、一定時間以上起きているのは難しい状態だったためだ。

 さすがの頑丈自慢の父も早く回復したいためか、医師の忠告をよく聞いて、無理はしなかった。

 時間がかかってしまったが、予後は思ったよりも良好で、アンが到着した翌日には頭痛は軽くなり、随分話をしやすそうになっていた。

 しかし、その話の中身は衝撃的だった。


 この大陸の民族は、色素の薄い人間がほとんどだが、まれに髪や瞳に濃く鮮やかな色を持つ人間がいる。鮮やかな真紅に艶やかな漆黒、そして輝ける黄金などだ。

 その人達の中には、不思議な力──能力と呼ばれるもの──を持つ者が現れる。また、身体能力が非常に高かった。

 彼らの出現に国境はないが、いつしか一定の場所に集まり始め、その人達は「秘色の民」と呼ばれるようになった。

 能力と言っても大抵は、あまり大袈裟なものではなく、水に長く潜っていられるとか、体の柔軟性が優れているとか、個人にのみ帰結するものだった。

 しかし、戦争になると話が違ってくる。

 身体能力の優れたものは強い兵士になる。

 そして、アンの父フリューゲルの能力は優れた指揮・統率力だった。

 この能力のおかげで、一兵卒として軍隊に入ってからめきめきと頭角を表し、十年前の内戦で大きな功績を上げて爵位まで与えられた。

 彼の後妻カーマインの能力は、危険回避だ。

 無論万全ではないが、その能力のおかげで、彼女の率いる補給部隊は、ほとんど損害を受けずに兵站へいたんを整えることができた。結果、物資を前線へ補給する成功率が高く、彼女は「紅の天使」と呼ばれるようになったのだ。

 亡くなったアンの実母は普通の人間だったが、アンは馬と交流できるという能力を持つ。他の哺乳類でもうっすらとはできるが、馬の気持ちが一番よくわかるのだ。

「でも、乗馬が得意になる以外には、特にいいことはないんです」

 これは以前、アンが父に打ち明けた時の感想だった。

「ははは。でもまぁ、あまり気味悪がられてもいけないから、人には黙っておきなさい。いいね?」

「はい、お父さま」

 その時はそれで終わったのだ。

 しかし今──。


「私が負傷する前、敵地に潜入していたレイルダーは、ラジム公が西北の国に、支援依頼の使節団を送ると言う情報を掴んでいた」

「そのことはケイン様から聞きました。少尉さんがそれを単身で追っていると言うことも。とても心配です」

 アンは両手を硬く握りしめている。

「そうだ……レイルダーの能力は、鋭敏な感覚だ。彼の五感が研ぎ澄まされると、その感覚から逃れられるものはない。つまり非常に索敵さくてきに適している」

「……」

 アンは普段のレイルダーを思い返した。美しい瞳はいつも眠たげに半目にしている。表情の変化もあるにはあるが、それほど豊かではない。

 表情も言葉も少なく、大きく感情も出さない。


 もしかして少尉さんは、わざと自分の能力を制限していたのかもしれない……。


 以前、一瞬でアンの鞄の中の書物の系統を言い当てたこともあるのだ。

「鋭敏な感覚。これに独特の優秀な身体能力が加わり、彼は個人としては最強の戦士となるのだ」

「最強の、戦士……」

「しかし、使節団の追撃部隊を編成する直前に、私は負傷してしまった。命令系統が一瞬混乱し、その隙に彼はたった一人で敵地に向かったのだ。隊からは馬が一頭いなくなっていた」

「そんな……!」

「奴は一人の方が都合がいいと思ったんだろう。だが行く前に私の枕元に、潜入ルートを残していった。これだ」

 フリューゲルはアンに小さな手帳を示した。アンは震える手でそれを開くと、中に一枚の紙が挟んである。

 荒地を表す地図記号の中に、レイルダー自身の手で書き込まれた矢印やメモがある。それは川沿いの街道から少し離れた道なき道を表していた。

「……これが?」

「そうだ」

「たった一人で、しかも馬で川を?」

 アンは呆然と呟いた。

 レイルダーは夜の間に馬で川を渡り、そのまま西北へと向かっているのだ。

 いくら水量が少ない冬場とはいえ、馬で渡河とかするのは至難の業だろう。

「軍用車を使うわけにもいかんからな。それに使節団も隠密行動だから、見つかりやすい車ではなく馬車を使うだろう。以前は川と並行に鉄道があったのだが、我々が軌条レールを破壊してしまった」

 フリューゲルは深く息を吐いた。

「だから、本作戦の移動は全て馬か徒歩となる」

 確かに、見晴らしのいい荒野で車は目立つ。しかし、それにしてもラジム側は人員や装備を整えた使節団だ。おそらく十分な武器や食糧も持っているだろう。レイルダーは、生きて帰れるのだろうか?

 アンはぞっと身を震わせた。

 しかし、地図を父の元に置いていったと言うことは、帰る気があると言うことだ。探索は一人の方が安全でも、万が一の時には応援を要請する場面もあるだろう。父は無理でも、誰かが彼のあとを追いかけて、連絡にあたったりする必要が。

 つまりレイルダーは死ぬつもりではなく、確実に使命を果たしたいと考えているのだ。

 アンはそう理解した。

「それで、お父さま……私に何か言うことがあるのでは?」

 ここまで聞くのに既にかなりの時間を使っている。父はアンに何かを伝えるつもりで秘色の民のことを今頃言い出したのに違いない。

 これには絶対に何か訳があるはずだった。

「ああ、そうだ。危険だ帰れ、と叱っておいて、こんなことを言うのは父親失格だ。今更だが……」

「かまいません。どうぞ言ってください! なにか、できることがあるのでしょう? だから私が呼ばれたのでしょう?」

「そうだ……」

「お前には馬の気配を探る能力がある」

「はい」

 その先の言葉は聞かなくてもわかってしまったが、アンは口を挟むのを堪えた。

「……アン」

「聞いています」

「お前に、お前の能力を使って、奴を……ヴァッツライヒを見つけてほしい」



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