第17話 2人は笑う
それを伝え終えると投票箱を持って伊能先生が出て行こうとするのを彼女が引き止めた。
「待ってくださいよっ!!何で僕じゃ無いんですか!?嘘ですよね?」伊能先生の行手を足を少し広げて立ち、両手を震わせながら塞ぐ。
「本当よ。この紙に投票用紙が貼ってあるから見なさい」そう言うと6つの投票用紙がペタペタとA4用紙の2/3程まで貼ってあり、その上におそらく投票結果が書いてあるのだろう。事前に両面テープをA4にでも貼っていて投票用紙をくっつけたんだろうな。
「徳橋さん、あなただけがYESに票を入れたのよ」そのバインダーに挟んであるA4用紙を凝視しながらそれを理解する。でもやっぱり自分の頭では理解できなくて目を擦ってみるも投票用紙5枚はNOに丸がついている。
そのバインダーを先生に渡して真奈に向き直すと同時に先生は教室から出ていく。
「何で!?なんで僕に入れたの!?」もしかしたら、何か策が他にあって真奈がメイドを辞めなくて済む夢の様な答えを欲しているのだろう。
「千明と同じ理由だよ」その言葉にハッとさせれて虚な表情になる千明の肩を優しく握る。
「ぼっ、僕は………」
「教えて、千明が溜め込んでいるものを」真奈が誰よりも辛いはずなのに千明が吐き出したい全てを受け入れる寛容さを身に纏っている白のワンピースがより際立たせた。
「真奈君があの場所には必要だと思った!やっぱり素敵で可愛い君がこのみんなの支えだと思ったんだ。私と真奈君のどちらかを選ぶってなったらやっぱり君があの場所にいて欲しいって昨日の夜中にずっと考えてたんだ。だから起きた時に君のYESに丸を付けた」
誰もがその言葉を黙って聞いて『私もそうだよ』って真奈が言葉にして続ける。
「千明があの場所に必要だと思った。千明は自分では気づいてないと思うけど、意外に天然なのにクールぶってる所が可愛くて。でも、繊細でその優しさがみんなを裏で支えていたんだよね。だから、今日の朝、みんなが登校した後に掃除をしてメイドのお役を御免して、千明のNOに丸を付けた」
それを真奈が言い終えると、今にでも泣き出しそうな千明の背中を両手で包み込んで引き寄せてギュッと抱いた。2人は目を瞑ってお互いの頭を片方の手で触っていた。
今回の課題は、俺でも芹香でも胡桃でも望がメインでは無かった。
この2人が越えるべき課題だったんだ。
その事に気づいた時に、この結末が浮かんできた。
まだ、千明は聞きたいことが沢山あるのだろう、だから『ごめん、大切なワンピースを汚しちゃって』って真奈に謝辞を述べるも真奈の嬉しそうな顔を見届けた後、俺に向かって問いかけた。
「何で、僕に君は入れたんだい?真奈君は君にとって……大切な人だろ?」
「あぁ、世界一大切だ」
俺の言葉を聞いて、『もおぉ〜』と頬っぺたに両手を当ててしゃがみ込む真っ白な牛。『おい、汚れるぞ?』と心配をかけようと思ったが、どうやらそんな状況じゃ無いので千明の聞きたいことを待つ。
「だったらなぜ、NOに票を入れたんだい?しかも4人とも」俺以外の3人を見回して最後に俺をみる。どうやら、今の俺に対してかなりの失望感を覚えている様だ。先ほどまで見回していた時の感情とは明らかに違ったのだろうな。
彼女は、自分がここから出ていくって腹を括っていたのだろう。
「俺の考えに共感した………なんてことをしてはいない。3人が俺と同じ思考に至ったんだろう。俺は、その材料をいくつか分け与えたに過ぎない」
「………材料?」俺の机の前に千明がやって、机の上にちょんと手を置き、座っている俺を上から見てくるので下から俺も見る。
ここで色々と出ていた情報をまとめて俺たちがなぜこの選択をしたのか説明していこうか。
「まず、『自立出来ていない』と伊能先生は一番初めに俺たちに向けて言っていたよな。な、胡桃っ」3人に向けてバトンを渡してみる。このバトンを繋いでいくのが重要な要素だ。最初から俺が突っ走ってゴールに向かった所でこの課題を真に理解していないと評価されるだろうな。
「……そうだね。私もまだまだ甘ちゃんの子供だってこの1ヶ月の時を共に過ごしてそれを深く解ったんだ。いつも当たり前に水筒にお茶を入れてもらって、洗い物もしてもらって、細かな掃除をしてもらって……真奈ちゃんが居ないとダメだなって」千明は俺の机の前に立って体を胡桃の方へ向け、眉間が下へと下がっていく。
「だったらっ……」握り拳を軽く作っているが、自分でも気づいてないのだろう言葉が千明から漏れる。千明にとってもその事は例外ではない。彼女たちにとってそんな事をメイドがやることは当たり前で何の疑問も持たずに過去を生きていた。
「でもね、1週間ぐらい前かな。明智君が自動販売機でお茶を買っていて、『ほら、胡桃』って渡してきた時になんか違和感を覚えたんだ」
「ちょっと待って、私もそのウザったらしい口調で渡されたのだけど。………あなた仕組んでいたのね」芹香が話を割って入り、俺を問詰めてくる。千明が『?』とした顔を見せてくるので、『買い被り過ぎだ』と口に出し、続ける。
「その違和感の話をよく聞かせてくれ」望にも同じ様なことをあえて同時期に3人へしてみたのだけど、望は何も言わず真奈に視線を奪われている。特段、真奈が何かをしているわけではないので、望自身で何か思う所があるのだろうな。
「違和感はペットボトルを受け取った時に感じたの………どっちも不正解なのでは?って」千明はその体験をしなかったのだからまだピンときていない。
「要するに、真奈ちゃんに入れてもらうのも、自動販売機でペットボトルも買うのも……自立してない証拠じゃない?って気付かされたの」
誰かがその指摘をして気付かさせるのではダメなんだ。自分で気づいて自分で行動していかなければ、意味が無かった。最初から、俺が自分でお茶を作り、水筒へ注いで学校へ行くという行動パターンを見せて彼女達が次第に見よう見まねで真似たとしてもそれは何ら価値がない。俺も彼女らもやっている事は違うのでは?と第3の選択を自分で作る事にこそ大いなる意味がある。何にしたってそうだ。
例えば、俺が望に新しい解法を教える時に俺はあえて複雑な解き方をする。そこで、望は閃いてように楽な解法を思いつき自分で気付かせる、なんて事を俺自身してきた。
今回も回りくどい事ではあるだろうが、真似たとしてもそれがどの様な思考フローを辿ってできたものかを彼女達自身分からないのでは無意味。自分で作り上げて神経を使って丁寧に仕立てたその答えにこそ深みや愛が出てくる。
俺が全て教えて説教臭くしてもダメだし、彼女達の意思ってのも大事にするにはこの方法がやはりベストだ。あとは、彼女達が俺と同じ思考フローに至るかは信じるのみだった。
最近では、千明以外の4人は蛇口を浄水に変更して自分の水筒に入れていたのを学校へ持って行っていた。勿論、そんな事は小さ過ぎて意味の無い事だ。と一般人は思うだろうが、彼女たちからすれば大いに意味のある事だった。
「……自立…自立…」その言葉を自分に浸透させたいからだろう反芻している。
「そう、私達は彼女に頼り切っていた。何をするにしてもね。ただ自立をしたいが為に真奈さんを切ったわけでは無いわよ」
自立だけではなく、真奈を落とした理由。それは薄々気づいているのだろうが、答え合わせをするかの様に『教えて』と千明が呟くので芹香がそれに答える。
「あのデパートの一件があった以降、私達の中で彼女が得体の知れない何かになったのよね」それを聞いていた真奈が『えっ!?私、化け物だったの?』と本気で
「そうよね?私達の専属のメイド達には感じられなかったことを彼女には感じた……それはここにいるみんなが同一の見解を示している………彼女はメイドではなく、友達として一緒に居たいと」
俺は、背もたれに凭れかかって天井を見上げる。なぜ顔を上に向けたのか自分でもよく分からないが、天井は白くて眩しかったのか瞬きが増えた。
「………」千明は真奈の顔に視線を移すと真奈はニッコリと微笑んで『千明は?』って問いかける。
「…………内緒っ」俯きながらそう発すと、ふふっと真奈の笑い声が聞こえたのか顔を真っ赤に染める千明。
「……だから、私達はメイドとしてあの場所にいるのは違うと思ってNOに入れた。千明ちゃんも友達。だから、そっちが正解だと思った」とは言え、真奈をあのシェアハウスから追い出す選択をするのは辛かっただろうな、良くそれを噛み締めて投票してくれた。
「でも、それでもっ……」自分を犠牲にされずのうのうと救われてしまった事にまだ葛藤しているのだろう。それを少しずつほぐしていこうか。
「千明は、真奈が高校生ってことは知ってるか?」
「えっ!?それは……」今まで考えた事がなかったのだろうな。中学までは、俺と同様に同じ中学へ通っていたが、真奈は高校になって同じ高校に通っていない。その点に最初から引っかかっていた俺は、デパートの一件以降それを確かめる事にしたんだ。
「真奈、君はどこの高校に通っているんだい?」俺の口から話すよりも彼女の口で話した方がより多くの情報を話してくれるだろうと思い、任せる事にする。
「私は、通信制の高校に通ってます」
「通信制?」引っ掛かりを持った千明が近寄りながら聞き返す。
「そう。みんなとほぼ同じ内容を受けていたの。基本は、パソコンでオンラインの授業を受ける。そして、メイドとして厳しい授業はオンデマンドを後で視聴してね。まぁ、みんなのクラスよりかレベルが3段ぐらい落ちるんだけどね」苦笑いしながらそう最後の一言を口遊んでいる。
この真相を知る前に彼女は机の上にパソコンがあることが引っ掛かった。無論、メイドがパソコンを使えないのでは?とかではなく、パソコンを出しままノートとペンが出してある事だった。そうしている人もいるのだろうが、几帳面で整理整頓が大好きっ子の真奈がその様にしている事に違和感があった。
当然、パソコンで視聴しながら勉強しているのだとすれば辻褄が合う。真奈が通っている通信高校は、明智家の口添えの元そのような高待遇にしているとの事。だから、当然に明智家からの援助が今断たれたとすれば同じくあの通信高校に通う事はできなくなる。
「真奈君が通信に通っているのは解った。それがどうしたって言うんだい?私がこの高校から抜けるから嫌だって事?だったら真奈君だっ…………」突然捲し立ててた言葉が急ブレーキをかけたように止まる。
「そこでヒントとなったのが、真奈の給料制だ」
その際もその2点に気づかせる為、千明が俺にハグしてきた素敵な一件の登校中に『雨降るよって彼奴言ってたけど、彼奴の傘なくないか?それに家で何してんだろうな』ととぼけた顔で言ったことから3人は学校にいる際、それに引っ掛かっていた。
だから、下校はその事が気になりすぎて俺を置いてきぼりにした。まぁ、それがあったから『俺はゆっくり帰る』なんて言って、千明に接触できたんだけどな。
彼奴らに『千明を待つ』なんて言ったら馬鹿4人組で千明を待つ事になって色々と面倒だったからな。それに大人数で待って喋っていると千明に声でバレて本音が聞けなかったからな。
ちょうど理事長が話すのは1週間刻みだったから呼び出すのも想定内。ホント、上手くハマって良かった。
「そう、それに気づいたら、簡単な答えが出る。で、話を聞くと幼少期からメイドのお仕事をしていた真奈さんの貯金が信じられないほど溜まっている事に。これを知った私達は、結論が出た」引導を渡すのはあなたよ、と言わんばかりに真奈の顔に芹香が向け不器用ながらも微笑む。
「千明達とは一緒なクラスじゃ無いけれど、この道玄坂高校に転校する事に決めた。よろしくね、千明」
このストーリーを真奈に伝えた時、当然だが、『YESじゃダメなの?』って質問をレストランに行く前に聞かれた。その際は、千明がこのような状況になるってことは流石にその時点では解っていなかった。だが、最初から俺はNOに入れる前提で話を進めていた。
「真奈には、メイドとしてでは無い形で仲良くしたいんだ」あの時は、この言葉にピンときておらず、『何言ってんだこの人?』なんて具合に首を傾げていた。
今までのメイドとしての生き方しか知らない彼女にとってガタンゴトンとレールの上を遅延する事なく走っていた列車が急遽としてレールがない道でも走れるみたいな空想のことを聞かされているようなもんだからな。だが、レールを外れた列車には時刻表や見飽きた景色に縛られずに済む、自由が付与される事をゆっくりと理解することが必要だった。
「今は、分からなくていい。だから、今は、自分らしくみんなと接してほしい。そして、時が来ればより大事な景色が見えてくる。もちろん、都合が良いように全部叶える結末なんて起きないが、きっと君は俺と同じ景色を見たがると思う」
今の真奈が俺と同じような考えに至っているかは分かりやしないが、その言葉の瞬間にパッと光が雲から漏れてクラスをより照らしてくれる。
「………………そっか……その手が………でもっ、道玄坂から追い出されるのだったら、ここに入れないんじゃ?」YESの多数票であれば、間違いなく千明は、この高校から追い出されるのは明らかだった。
だが、道元坂高校の一般生だったら、学力と素行が申し分がなければ入学させれる…………というのは表の話で、それは公立高校の考えだ。
だから、その可能性に蓋を閉じる必要があった。
その瞬間、まるで測ったかのようにアナウンスが1年4組に流れる。
『1年4組…と明智真奈さんは、至急理事長室に来るように』と1回だけ天から降ってきた声は理事長だった。理事長自ら放送室に出向いたと思うと真剣さが伝わってくる。
千明がこの場所に居続ける決断が下された時、彼はどんな表情をしたのだろうかは一生分からないだろう。だけど、これだけは解った。
アナウンスをする前に深呼吸をした事は。だって、最初の『1年4組』って所の声が大きくなってたから。
「理事長が呼んでいるのなら、お預けだね………行こうか」千明は1人で一直線に机や椅子に少し当たりながら教室から出ようとするので真奈が左手を掴む。
「落ち着きなよ、千明。……体が強張ってる」千明は、後ろを振り返って真奈の目を合わせてため息をついた後、深呼吸を2.3度するもどこかぎこちない表情で苦笑いをする。
「……手だけは大丈夫なのにやっぱダメなんだ………可笑しいよね…はは」心ここにあらずのような乾き切った空笑いを作って虚な目がゆらゆらと地べたに向ける。
「それは………自分なりに理事長に対してどこか矛盾を抱えているんだよ」
「矛盾か……はは……合ってるかも……はは」ピエロみたく本心が無いかのように笑い、現実を受け止めないかのように目を瞑る。その時________
「その笑い。好きじゃないかも」真奈が両手で頬っぺたを強めに掴む。
「いたいっ…いたっ…痛いって」その腕に手をかけるも離さない。
「もういじけない?勇気を出す?」その脅しにも似た状況からか真奈の目は眉を顰めて本気だった。
「はかったから」強引に引き出させた言葉を信じたのかほっぺから手を離して千明の赤くなった顔を見て『ケリをつけなきゃね』と真奈らしくない言葉が飛び出てくる。
「………ねぇ、お返しって言葉知ってかい?」
「………鶴の
「そんなはずねぇだろーーー!!」すぐさま可愛らしいが少しムカつく真奈の顔をからからと笑いながら引っ張る。それはどこか本当の自分に出会えたように2人はゲラゲラと子どもみたく顔を引っ張って笑っていた。
「いたた。……千明、私の10倍ぐらいに返してくるから」頬っぺたをすりすりして呟く。真奈の両頬が真っ赤になっていて赤ちゃんのほっぺみたくなっているのでこのままにしておきたい。
そんな事を歩きながら横にいる真奈のほっぺを堪能しつつ、クスッと笑う。
笑ったのがバレたかと思い、真奈を見るも先頭にいる千明の左右に揺れるポニーテールをほんのり口角をヒョイっと上げながら見つめていた。
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