第16話 みんなの選択
4月みんなで食べる最後の夕食は、誰が作るではなく、一緒に作った。
勿論、真奈も望も。皆が分担して初めてカレーを作り上げた。だからか、6人分で作ったはずなのに結構な量が鍋に残るのを見て全員がふっと笑い、次第に破顔した。その笑いは、カレーの味をちょっぴりだけ甘くしたと思う。
「おっ、俺のカレー牛肉多いっ」牛肉があまりにもうまく切れていなくて結構長い牛肉を深皿から引っ張り上げながら見せる。それをふふっと胡桃が笑う。
「望ちゃんが、切ったやつだね。良かったじゃん」
「良かったな、慶喜。私の愛が篭ってるぞ?」と何やら自慢げに本気か冗談か分からないが腕を組んで目を閉じ顎と口角を少し上げている。
「食中毒を起こしてトイレに篭る事にならなきゃいいが」
「大丈夫だよ、ちゃんと火を通して煮込んだから」まともに答えてくれる辺りが胡桃らしい。牛肉をご飯の上に乗せて笑いを取るために掻き込んでみたが、誰も俺を見ずに談笑しているので、不貞腐れるが、俺の口元に白色のテイッシュを横にいる真奈が当ててくる。
「なっ、何?」咄嗟の事に驚き、きょどってしまう。
「口元にカレー付いてますよ」そう言ってススッと拭いてくれるので『ありがとう』と伝える。
「どういたしまして」と返してくれるのみでその後はみんなの談笑に花を咲かせていつも通りの笑いを見せてくれる。だけど、どこか………。
その後は、いつも通り真奈がするのではなく、俺と真奈が洗い物をすることとした。元々、このシェアハウスでの家事は自分たちでする事になっていた。だけど、真奈が追い出されたく無い一心で色々な家事をサポートしてくれていた。
そんなサポートを最後の最後までやってくれている。
「お腹いっぱいになっちゃいました」少し膨れた彼女の華奢な体を見せてくる。
「今までそんなに食べてなかったのに今日はどうしてそうしたんだ?」分かり切っている質問をしてみる。
「んーーー、食べたかったからですね。こんなに笑って皆がいて横に慶喜様がいて。すごく楽しかったからいっぱい食べちゃったんです」それは今の今まで同じことだ。だけれど、人は最後になればなるほど楽しさを噛み締めるんだ。
「なるほどな。明日は、朝カレーとしゃれ込むか」
「イイですね。ただ、油っこいので洗い物は大変かもです」俺が食べた皿を見せてくる。
「………明日は、洗い物する時間はあるのか?」
「はい。最後ですから」そう呟いて華奢な手でゴシゴシとスポンジを擦ると最後には、キュキュっと音がする。
彼女には……みんなには、真奈か千明のどちらかがここを抜けると言うことを既に伝えてある。
だから、こうしてカレーをこのシェアハウスでみんな仲良く食べることは………無いと分かっている。
道玄坂家から追い出されてノコノコとここへ来ても監視カメラですぐに追い出されるだろう。勿論、千明は道玄坂高校から追い出される。
だから、皆んなの心境……あの人以外は一つに纏まっているだろう。
それを見据えた上での答えだ。
「明日はきっと晴れるぞ」
「知ってます。天気予報が曇りって言ってても」モコモコと膨れ上がった食器用洗剤の泡を優しく温かい水滴達が綺麗な光を魅せてくれる。
そんな明日を皆が望んだ。
現実は、そんなにも甘く無かったのか、快晴とまでは行かず雲がまだ2.3割ぐらいは残っている。
それはどこか俺たちの気持ちとリンクしている様で『流石ですね、雲さん』と舎弟見たくカーテンを開けながら挨拶をする。
今日は睡眠不足を覚悟したがぐっすりと熟睡できたのは、他人事だからか?と自分の冷徹さを俯瞰するが、そうでは無いと顔を横にふるふると振る。
だってもう彼女たちは俺にとって他人とは呼べない存在になっているから。
その大切な1人が欠ける世界を俺は描いた覚えがないからだ。
最後にはハッピーエンドを迎えるからグッスリと眠れたんだ、軽やかな足取りでいつも通りリビングに降りた。
いつもは一番に朝食を食べ終わっているはずの千明が望よりあとに降りてきたが、何も変わらぬ様子で『おはよう』と言ってカレーライスを食べ始める。ちょっとだけボサっと髪の毛がなっている。
「千明様……おかわりございますよ」千明の空いている横に座って真奈が問いかける。
「そうなんだ。まだあるんだ」
「私なんて2杯おかわりしちゃいました」少し膨らんだお腹を千明に見せて笑わせる。
「ふふっ……じゃあ僕も2杯おかわりしようかな」彼女達の間に誰かが茶々を入れるなんてことはしなかった。俺たちは同じテーブルの上で彼女が完食するのをただ待った。
カレーが鍋からなくなって真奈が洗っている頃には皆最後の4月の準備ができた。真奈に一緒に学校へ行こうと誘ったが、後から行くと言っていた。1限目が始まるのはまだ時間がかかるからって。
俺たち5人は、登校した、清々しい青と白のバランスが普通の日常を演じてくれる天の下を。楽しそうだった笑いは、次第に学校へと近づく度に小さくなっていく。
あの望ですらも口数が少なくなっていた。
俺だってどんな覚悟を決めたとしてもやっぱどこかまだ遠い話だって目を背けていたのかもしれない。
必ず通る桜が影を薄めてきた並木道、学生達が集う校門、5人しか入らない玄関、1年4組の教室それをくぐり抜けて自分の席へと座る。
そこには静寂があった。
今から話しかけようかと誰もが思ったが、口がずっしりと重い。
もしかしたら、逢えなくなるかもしれないのに。
俺の右には千明がいて、その視線はクラス全体を見ている。
だから、俺は。黙った。
暫くすると、伊能先生が投票箱を持って入ってくるので、級長らしく号令をかけて着席をする。
「はい。では、始めましょう」投票箱を教卓に置き、廊下の方へと向かって行く。
足音が1つ増えたので理解する。
そして、現れる__________真っ白のワンピースを着た美少女。
口を開けたまま不恰好に彼女を見ていた。
まるで本当に清らかで純白で今から生贄の祭壇に行く様な服装だ。
だから、それを選んだ俺は最低野郎だと思った。と同時に儚くも消えてしまいそうなほど眩しすぎる可憐なお人形を見て白昼夢かとも思った。
そんな二つのイメージがどっと脳へ押し寄せてきた。
俺が選んだ………センスがない俺が選んだ服を彼女はどういう思いで着たのだろう?
自分もこの白ワンピースを着たかったから喜んでいる?
俺に見てもらえて嬉しい?
メイド服姿以外をみんなに見られるのは恥ずかしい?
可愛いって思ってもらえるかなって思った?
だからこそ、俺は間抜けにも開けていた口をゆっくりと閉じた。おそらく、みんなそんな可愛すぎる女の子を目に焼き付けたいだろう。
だから、口に出す言葉は無かった。今を大事にしたかったから。
「皆様、投票よろしくお願いします」その言葉に温かみと凛とした言葉を口にした後、下唇を少し噛んで和かに笑った。
「シェアハウスのメイドであった
昨日既に配られていた投票用紙を掲げて再度注意する。
もうみんな昨日の時点で決めているのだろう。
丸をつけたのは、もしかしたら、貰った時点でかもしれないし、昨日の夕食の後かもしれない、今日の朝かもしれない、まだ丸をつけていないかもしれない。
俺は、昨日の寝る前に事前に考えていた通りに丸をつけた。
丸をつける時は、不安でしょうがなかったな。
「そして、千明さん前へ」リビングでみんながいる中で千明は自分から真奈を退学させなければ自分が退学することを告白していたから、既にその情報も伊能先生には伝達されているのだろう。葬式のように入り乱れた感情が充満されたリビングにある監視カメラがモニターしていたから。
正直、この様に千明を前に呼ぶことまで許可されているのかは知らない。だけれど、先生は俺たちへの敬意を込めてこうする事に決めたのだろう。
千明は、スッと立ち上がりゆっくりとした歩きだが、頭から足まで一本線が通った様に美しく歩いた。真奈の横に立つと何も言わず『ふっ』と素敵な笑顔を俺達に表す。
「皆さんも知っての通り、NOの票が多数にならなければ
そう言い終わると箱を持ちながら再度口を開く。
「では、投票開始です。しっかりと自分が書いた方に間違いが無いか確認してから投票してください」ここで誰かが事前に用意していたものを入れ替えるなんてズルを働くヤツはいないと思うが、そういうマニュアルがあって、念の為だろう。
投票時間は、1限目が終わるまで。
だけど、既に覚悟を決めていた横に並ぶ2人は自分の投票用紙を確認した後、教卓に置いてある大きめの箱へ一緒に投票した。
この投票箱に小細工なんてことはしないだろう。
した所で誰も笑顔にはなれない。
投票を無効にした所で両方とも彼処から去る事になる。
だから、続いて芹香がチラッと投票用紙を確認して立っている2人を見ずに投票する。その2人は自分の今後の人生が決まる投票箱をただ眺めた。なんてことはせず、芹香を見ていた。
次に望が立ち上がって、投票用紙を開き確認した後に『私はこっちかな』と言い投票箱に入れてすぐに座って自分の両手を確かめていた。
その後に続き、胡桃が立ち上がって用紙を見てうなづき、2人に向けて軽くお辞儀をして投票箱に落とす。
それを眺めていた俺の鼓動は収まってくれなかった。
自分が丸をつけた方向を確認する。
鼻息も荒くなってしまうが、立ち上がる足がガクガクと震えるので自分を落ち着ける様に座りこむ。
目を閉じて大きく深呼吸をする。
その時に思ったことは1つしかなかった。
この1ヶ月間がアッという間だった。
そんな小学生の夏休みみたいな感想を。
でもそれが真理だと思ってしまうのは……もう子供では無いのだろうな。
俺は2人を自分が今出せる全力の微笑みと共に向かって投票箱の中へと入れ込んだ。多分、そんな微笑みは当分出せそうに無いや。
投票し終わり自分の席へ帰る時に『ありがとう』と2人の一縷の小さな声が聞こえた。
2人は投票したみんなに感謝を伝えていたんだろう。
心の底では薄らと靄がかかっていたがそれをスパッと切り裂いてくれた。
その奥から一筋の光が差す。
俺は座るなり2人の表情を見るとやっぱ切なそうで、やっぱ俺たちを全員の選択を見守ってくれていた。
「開票をするから暫く待ってね」そう言って箱から1つずつ取り出して事前に用意していた紙に書き始める。真奈と千明は当然先生の手元を見ることだってできたはずなのにやっぱり俺たちを見ていた。
「…………開票が終了した。では、発表します」
その時、呼吸を忘れたのは俺だけではなく皆同じだろう。
だからその言葉に耳を澄ました。
「投票結果は、YES、1票。NO、5票」
その言葉がさらに呼吸を忘れさせたのは言うまでもない。
真奈は『はぅっ』と辛そうに声を漏らした事に気づき、咄嗟に両手で口を抑えるも泣かなかった。
彼女がこのシェアハウスから出ていくことが決定したのだ。
つまり、俺のメイドではなくなることが決定したのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます