第14話 ムカつく男は遅れて登場する

 僕は、立ち上がって震える手を抑えながら小さく目立たない昇降口を降りていく。

 どうやら、まだ雨は止んでくれないらしい。慣れ親しんだ白のスニーカーに履き替えると傘を探す。


 だけど、傘立てに傘は無かった。


 そうだ、僕1人で学校に行ったんだっけ。


 皆は、真奈君の天気予報を聞いてたから傘を持っていったんだ。


 ホント惨めだな僕。


 前の広々とした外では雨がザーザーとうるさく泣いている。


「…………………ひとっ走りする?」

 誰もいないのに声に出す。多分昔の自分に対して聞いているんだ。

 だから、少し外に踏み出す。


 この程度の雨ならあの時よりも全然マシだね…………。

 だけど、あの時の強かった僕より弱くなっている気がした。

 昔なら、構わずに突っ走っていたのに、なぜか足がここから一歩も動きたくなくなっている。


 重くなった足元をただただ見つめる。


 耳には先ほどより強くなった雨音しか聞こえない。


 強くなるって決めたのに。なんだこのザマは。



 ホント、私___________なにしてんだ。




「入らないのか?千明」




 あの声だ。脳裏を過ったあの声だ。心のどこかで期待してしまった声だった。


 私は、その声の主の顔を見ることなく、走り込んでそのムカつく男の胸元に飛び込んだ。


 なんだ、走れるじゃん。


「待たせて悪かったな」彼は、雨の中を一つの傘を持ちながらそう言ってくるので、彼の温かい吐息が頭にかかる。


「………………待ってない」両手が彼の首と胸元の間のシャツから感じるゴツゴツした肌に触れているが温かい。人の温もりってこんなにも落ち着くんだ。だからかな、その手も体も一歩も動こうとはしてくれない。私の脳から『離れて』って送っているんだけどな。主人の言う事を聞いてくれないや。


「俺はもっとこの状態で待ってていいけど?」ふざけた冗談めいた口調で私を笑わせようとしているのだろうけど、私には………今の私には効かない様だった。


手の震えはなぜか彼を触っていたら気づいたら収まっていた。


子鹿の様だった足も貼った背筋もまるで氷が溶けていくかの様に落ち着いてた。


「そんなに成長途中の胸を押しつけなくても」その言葉にハッとし、彼から距離を取るも雨が頭に目がけて振ってくるので仕方なく彼の傘に隠れる。


「………変態」


「その変態の趣味に合わせて悪いが一緒に相合傘で帰っていいか?」冗談めかして彼はそう提案してくる。私は、ブンブンと頭を揺らすと彼は私の持っていた鞄をスッと掴んで自分の左肩にかける。


「ほらっ、楽になったろ。嫌がる時は体全体で嫌がるんだ」意味の分からないその台詞が私の重荷にしていた何かをふとおろしてくれた気がした。


「……」いつもの僕ではなく、一人称が私と言葉でも言ってしまった。


私の左手にある木々がざわざわと靡く。

どこか私が背負っていたものを遠くに飛ばしてくれた様な気がした。

彼の無言がどこか怖かったが彼の目を見ると柔らかくただ私をみてくれた。



「また1人になりたく無いっ!でも、誰かを犠牲にしたくも無いっ!!嫌なの!!だから、どうしたらいいのっ!?」



 地面に両足で立ち、手はぶらんと垂らす事なく彼の肩に当てて、頭を胸に当てて彼の心に問いかけた。




「2人が同じ事を抱いているそれだけで次に進むべき道は見えてくる。


千明、1人で大変だったな。


ここからは、俺が一緒に歩んでいく。


だからさ___________________一緒に帰ろうぜ」




私が求めていた言葉はこれだった。

誰かが横にいて欲しかった。

けれど、それでは強くなれないって自分に言い聞かせたんだ。

あの人の様に強く逞しく清く。

でも、そのためには何十歩も何百歩も何千歩も歩かなければならなかった。

だから、憧れを自分に重ねるため必死で1人歩いた。

話し方が女の子っぽく無いだの。

可愛げがないだの。

人を信用しないだの。

好き勝手言われた。

だって仕方がないよ、その方法しか知らなかったのだから。

あの人の真似をして、必死でしがみ付いて。

結局、あの人とは違う方向を歩いていたんだと、この状況になって、やっと気づいたんだと思う。

あの人がいる場所に辿り着く為には、1人では無理だったと言うことに。




何かを話しながら帰ったんだと思う。きっとたわいもないくだらないこととくだらない彼のいつもの軽口を聴きながら。

私は、その事に相槌をうって、ただただ一緒に歩いた。


肩がすすっと擦れる音などせず、私と間隔をあけていた。

だから、彼の左肩は濡れていた、なんてお洒落な展開でもなく、出来るだけぎりぎりの距離まで近づいて二つ重なった鞄。

自分のを外側にして濡れずに歩いていた。


サヤサヤとまだ降る雨音は自然と煩くなくなっていった。

ううん…………違う音が煩くなったんだ。



家の前へ着くと慶喜君は私の鞄を渡してきた。

おそらく、他のみんなにこんな事になっていたなんて知られたくないからだろう。


そして、彼は自分の持っていた鍵で玄関を開けようとした。


「待って」自分でその言葉を発したのに驚いた。まだ具体的な解決方法なんて教えてくれなかったからだ。それを聞いて精算してから家に入りたいって思った。


「どうした?」監視カメラの方をチラッと見ながら今ここで話すの?と聞いてくる。そう思うんだったら、『ココに来るまでに話してよ』って思ってしまうも私がそんな状態ではなかったのだから言えるはずもないか。


「私は今後どうすればいいの?」すっかり慣れてしまった『私』。


「……みんなと一緒に登校して、同じ勉強をして、同じく下校して、同じご飯を食べて………そんな何気ない日常を確かめながら1週間を過ごすんだ。そして、君の答えを自分で決めるんだ」


 答えが欲しかった。自分には今まで色々な選択肢があって、どれを選ぼうか悩んでいたのに。さっきのさっきまでその選択肢が一気に全部消えて迷子になった。


 でも、彼は、手を引いて答えを教えるなんてことをせず、見えなくなった選択肢をはっきりさせるわけでもなく、『自分が決めろ』って大切すぎる何かを教えてくれた。


「その言葉、後悔しても知らないよ?」掠れた声だった。


「やっぱ無しって言ったら、聞き分け良く聞いてくれるか?」優しくもふざけた言葉だった。


「まさか」その後、は家の中へ入って『ただいま』って最近言えてなかった言葉を口に出した。

 

 そしたら、みんながドドッと出てきて『おかえり』なんて日常的な当たり前の言葉だが、僕にとっては大切な言葉となった。

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