第13話 ヒーローはやってこない

 登校後になってからザーザーと降っている音を聞きながら4月23日の水曜日を迎えていた。今は、休み時間で後ろにいるみんなは楽しそうに談笑をしている。


 そんな談笑から離れて俺は、窓辺に突っ伏しながら雨を見ていた。外は薄暗い世界に包み込まれていた。


「あと1週間ね」芹香が俺の心を読んでか声をかけてくる。おそらく2週間前だったらそんな言葉をかけてはこなかっただろう。この2週間で彼女達の中に明智真奈という女の子がしっかりと大切な存在になった所以だろう。


「あぁ。……芹香の中で答えは出てるのか?」

「…………答えっていうより、私が考え得る最善の選択って何なのかを考えてる。だから、答えはまだ出て無いのでしょうね。あなたは?」窓が少し結露しているので指でそれをなぞっている。


「……まぁ、俺もおんなじようなもんだ」

「付け加えて何かを言うべきじゃ無いかしら?面接だったら落とされるわよ?」窓に『不合格』と書きやがる。

「……こんなところで面接とは不意打ちだな。………付け加えねぇー…俺が決めるべきじゃ無いと思うんだよな。真奈が自分で決めるべきかなって」不合格の上に×を書いて横に『合格です。芹香は意地悪です』と書く。


「じゃあみんなで会議するつもり?4人集めればこちらに引っ張れるのだから。道玄坂さんをテキトーに仲間にすればそれでOKじゃない、違う?」確かにその理論で問題は無い。だけれど、そんなので良いのだろうか………。


「何話してるんだい?よければ僕も混ぜてほしいな」千明が後ろからトコトコとこちらに歩いてくる。千明は廊下側にいたから話が聞こえていないと思う。雨も強く降っているしな。

「良いの?千明さんに話して?」コソッと小声で千明の方を見ずに問いかけてくる。

「…………」俺が何も発しないので芹香は千明の方へ振り返り、話しかける。


「1人だけが過去を知れるって言うのに引っかかっているんだってさ明智は」

「へぇー、面白そうな話だね。どう言う事なの?」俺の左横へとやってきてこちらを『ねぇねぇ』と見てくる。

「1人になるには、他の5人を欺けば良いよな?だが、それを勝手にやられた5人の心境はどうだろうなって。本当にそんな事をやらせたいのかなって思ってるだけだ」


 窓の方から教室の方を見ると、望と胡桃がこちらを向き、話を聞いていた。まぁ、胡桃に関しては望のトークに付き合っていたため、水筒に入った水をガブっと飲んでいた。


「じゃあさ、他5人は真奈君がどちらの道を進めば良いかを5人で決めて、他1名は過去を知れるってのにしない?」なるほど。と思ってしまう提案ではある。だが、それが逆に千明が真奈はどうでも良いから過去を知りたいと思っているように聞こえてしまう。


「だが、それでは話を蒸し返す恐れがある。せっかくここまで……」


「見なきゃいけない現実ってのがあると思うよ。誰だって、過去を知りたいのだからさ」俺たちは、3週間、過去を知れると言う事を暗黙の了解の如く話し合わなかった。話し合う事で何かが変わってしまうと思ったからだ。


「あぁ〜〜〜むずいなぁ〜〜」窓辺に両手を後ろにつき、顔を上を向いてそう言う。


「それをなんとかしてよ。慶喜君」俺とおんなじ格好になって一緒に上を見てくれる。と言ってもなんの変哲もない真っ白な天井だ。


「あなたが級長なんだから、上手くやりなさいよ」どうやらまだ級長にこっそりとなった事を恨んでいる芹香が俺たち2人を見ながらぼやく。


「そんな無茶苦茶な」5人は、くすくすと笑う。おそらく、この5人で悪い奴なんていないのだろう。もちろん、真奈も。


 だからこそ、俺は悩んでいた。

 まだ、俺たちの頭の中には真っ白な黒板がある。

 そこに何を描けば良いのかはわかっている。

 あとは、何色を使ってそれを書けば良いかだけだった。

 そのためには、全色を使って描くのが一番心地いいだろうな。

 この雨が止み、太陽が出た時に輝く虹のように。




 僕は1人、ある人に呼ばれていたため皆に先に言ってもらうように伝え、2.3分後に教室を出て、理事長室へと向かった。

 一応、僕たち4組は、授業をしているというていらしいから教室の前や授業がありそうな教室の前を通らないように気をつけた。窓の外を見ると、4つの傘が仲良さそうに固まっていたので少しほっこりする。


 理事長室の前は無音だった。雨が降って音を奏でているようにも思ったが緊張のあまりか聞こえなかった。手がブルブルと震えるなんて事はしなかった。

 ただ、背筋が凍るように強張っており、少し痛い。だけど、足は生まれたての子鹿のように震えていた。口の中は少し乾燥してパサつく。なんの話だろうと言う事で頭の中が支配されていた。


 人を支配するには、自分のテリトリーに入れるのが手っ取り早い。テリトリーに入ってこさえできれば、自分の武器を如何様にも飛び出せてターゲットを攻撃できるから。それを不安がり、人は恐怖をし、心を支配される。だから、こうやってノコノコとここにくる僕は、自然界ではバカ丸出しなのだろう。


 だけれど、行かなければ後々面倒になるから行くという選択肢しかない。そうやって、彼は選択肢を潰していく。これが強者。選択肢が沢山あるように見せて結局は自分の都合の良いように実現させ、何か反抗してこようものならその選択を選んだのはお前だろ?ってムカつく事を言ってくる。


 だからこそ自分はそんな卑怯な手を使いたくないと思っている。

 僕は、理事長室の前で目を瞑り、大きく深呼吸をする。正直、教室で何度もしたはずなのにやっぱりここでもしなければいつもの自分を演じれなくなるだろう。


「ふぅー」深呼吸かため息かわからないのが漏れるがゆっくりとノックを3回ほどする。そうすると、『はい』と低音が聞こえてくるので中へ入っていき『失礼します』と礼儀をしっかりする。


 部屋の中は、如何にも偉い人がいますとばかりに豪華にしてある。こんな所にお金を払うなら教育のためにお金を払えよと思ってしまうが、色々と威厳を保つということも必要な要素になっているのだろう。学校は……特に私立の場合であれば色々な関係各位との繋がりが大事だろうからそうなるのも必然というべきか。

「そこに座れ」理事長と書かれたプレートの席に立つ43歳で黒のスーツに紫のシャツをした理事長からそう言われ『はい』と返事をし、座ったのを見て僕もふかふかの革製のソファーに座り込む。

 僕が座ったのにも関わらず、何も話さずに太ももに自分の手を置き肘を肘掛けに置き、こちらを見ている。こちらから話を切り出すという事はしない。それが失礼に当たる事だからだ。理事長は、僕を観察して何かを察知しようとしている。


「少し太ったか?」一応、女の子の僕に失礼な事を言ってくる。

「はい。0.5kgほど」胸に脂肪がついたからと冗談めかしたい所だけど……言えるはずがないね。

「定期的に運動をしなければ体も頭も心も鈍る。あの環境はお前には合っていないようだな」

「…………」周りにいるみんなのレベルは高い。勉強や運動、その他に関しても3週間ほど見てきたが、私より卓越しているところも見受けられる。今までに会ったことがない人種の人たちだった。だからこそ、私はそれを心底うれしがっていた………なんて口が裂けても言えない。



「前にも言ったとおり、明智家のメイドに係る課題で明智家のメイドを辞めさせなければお前が代わりに徳橋家から出て行ってもらう」



「………」最初に聞いた時は、耳を疑った。何故そんな結論に至るのかと。

「で、その進捗はどうなのだ?」

「はい、これから皆に1人ずつ接触をしてそのように誘導していく算段です」目を合わせると左右にブレるため眉間にかかるサラサラした白髪を見る事にしている。


「なぜ、この1週間にした?もう時間もない」

「今の状態だと、メイドを残す選択を皆はするでしょう」この3週間は、真奈君とみんなが仲良さそうに話していた。私は、この課題が与えれていたせいで話しかける事は必要な時以外しなかった。だが、健気にも真奈君は私に話しかけた。もちろん、自分がメイドとして生き延びるためなのだろう。


「徳橋家から去るつもりか?」

「まさか。こっから切り札を使ってこちら側に来てもらいます」練習しておいたとっておきのフレーズで切り返す。


「…………楽しみしている。下がって良いぞ」僕は、そう言われたので『失礼します』と言い、ドアノブに触れると。


「馴れ合いはするな。それがこの世を弱肉強食という現実をあやふやに惑わすからな」僕はコクっと理事長を見ずにお辞儀をしそのまま出て行った。


 外を見るとまだ雨が降り続いている。今朝、天気予報を見ると一週間雨らしい。雨を降る事で喜ぶ人もいれば悲しむ心になる人もいる。僕は、それでいうと後者だった。



 これよりももっと酷い土砂降りの中を1人で立っていた小さな僕の映像が微かに脳裏をよぎった。



 昇降口に向かって僕は歩き出し、どうすべきなのか悩んでいた。このまま理事長が望むとおりにやるべきなのだろうか?それとも自分で答えを見つけるべき?誰かの答えに乗っかる?


 教室の方から笑い声が聞こえた。どうやら、クラスで面白いことが起きたのだろう。僕のクラスもここ2週間は特にそうだったなと思い返す。


 特に慶喜君がクラスの支柱になってくれたと思う。正直、いつの間にか級長になっているのにはムカついた。だが、彼の感情が高まるとクラスは盛り上がるし、下がればあの時のデパート前半見たく皆のテンションが下がっていた。だから、僕はその時、『やった!』と思ったんだ。真奈君がメイドとして機能しなくなってこれは、NOに票が集まるぞって。


 でも、彼はどんな手品をしたかわからないけど、後半からは真奈君を先頭に立たせてデパート企画を良いものへと転換させた。彼の底知れぬバイタリティには驚きを隠せなかったのを今でも覚えている。帰りのバスでのメッセージには、私の考えがバレてるかもって思ったほどだ。


 多分、こんな出会い方をしていなければもっと良い友達になっていたのかな?って最近思ってしまう。


 だけど、僕はここで生き残らなきゃいけない。それが僕に残された唯一無二の場所だ。その処世術を教えてくれた理事長のためにも僕は……僕は……真奈君をあの場所から追放させる必要がある。


 でも、大丈夫だ。


 彼女は、メイドで。



 僕たちは名家の養子で…………。



 そんな辛いよ………。

 嫌だよこんなの。

 誰か、教えてよ………。



 どうすれば、2人とも笑顔に暮らせるの?



 僕は、人気のない昇降口に続く階段にしゃがみ込んだ。



 そうだ、あの時もこうやって雨が降ってきたから体が寒いから……心が寒いから……縮こまって。



 でも、誰も来なくて。



 手だけが震えて。悴んで。痛くて。辛くて。



 両手でぎゅっと膝を抱える。顔を膝の間にそっと当てた。



 高校生になって何をしてるんだ、僕は。



 あの時誓っただろ、男の子みたいに強くなるって。



 1人で生きるためには、女の子ではダメだって。



 でも………変わらないんだな、こんなに歳を取ったのに。


 頑張って、努力したのに。

 頑張って、にしたのに。

 頑張って、強いキャラを演じたのに。

 頑張って、勝とうって思ったのに。

 頑張って、みんなに話しかけるようにしたのに。

 頑張って、理事長に従おうって思ったのに。



 どうして、助けを求めようとしているんだろう。



『最後には、こちらの元へ走ってくると思うけどな。もちろん、その時は目の前にいるさ』前に慶喜君がキザっぽく言ってた言葉が脳裏に浮かぶ。



 何よ、走ってくるって。



 そんなはずないでしょ。



「………」ほらっ、目の前に誰もいない。いつだってそうだ。


 ヒーローなんて都合よくやって来ない。


 だから、僕が立ち向かわないといけないんだ。

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