第10話 元気100倍
俺は、店員に聞いて無難なジャケットとシャツやボトムを見繕って全員のカゴ8つ分の会計を済ませて、これを自宅に送るよう手配する。流石にこの量を持って帰るのは不可能だからな。定員も気を遣ってか配送料をタダにしてくれた。
「で、次は?」望が真奈に問いかけるとスマホの時刻を見ると既に12時を回っていたから『お食事にしましょう』と返すので、事前に決めていた店へと向かう。
「私は、お寿司が良かったのに……」ブツブツと俺の横で同じ寿司派閥だった芹香がレストラン派閥の後を一緒に歩く。
「また、ジャンケンに負けたからな。仕方ないさ」
「あなたと同じ寿司だった時から覚悟はしていたわよ」前にいる千明がこっちを見て『ここだよね?』と聞いてくるので俺はうなづくと先に入って行く。
既に予約をしていたからすんなりと中へ入る。高級レストラン以外には始めて行くから少し緊張するが、食品サンプルを見るとかなり美味しそうで安心する。
こう百貨店の中にレストランがあるってことを不思議に思いつつ、6人で腰掛ける。店員さんに渡されたメニュ表を見るとこれほどまでの価格で出していいのか疑うほどの価格だった。そこから各々好きな料理を注文すると、真奈が立ち上がってどこかへ行った。
どうしよう。慶喜様に服まで買ってもらってしまった。
メイド服………ならいざ知らず、私服の、それもかなり値が張っているものを。
ダメだ、もう無理。
私、ズルいよ。
みんなの想いを背負ってここにいるのに。
こうやって、自分勝手な思いで動いて、あの方達に迷惑をかけて。
私は、ここにいるべきじゃない。
入っていたトイレの個室から出てきて、手を洗おうと洗面台に立つと自分の不安そうで苦しそうな生気がない顔が映る。
そんな資格なんてないのに。
そんな顔がよくもまぁできるもんだ。
ホント嫌いだ、私。
皆様の前でこんな顔をするな。そう思い、手を洗い、顔をグイッと引っ張る。
「…………」
少しはマシになった顔かな。
「よし!」と自分を奮い立たせ、トイレから出て皆様の方に向かおうとするが、温かい手が冷え切った私の右手を掴んでくる。その手の持ち主は私を見ずに引っ張って外へと向かって行く。
周りが『なんだ?』と思われるくらい豪快に往来の中を縫うように歩いて行く。走ら無いため、私たちの繋がれた手はぶらんと落ちている。
だから、私はその手にせめても目から流れそうなものがかからないように堪えた。
今日は、晴れなのだから。
歩みを止めたのは、人気の無いデパートの裏手だった。関係者以外立ち入り禁止のぎりぎりのところで私たちは向かい合っていた。
慶喜様は、なぜかポケットに両手を突っ込んでいる。私の手が汚いからだろうな。
私は、卑怯だから慶喜様の顔を見れずにいた。
「真奈」そう声を呼んでくださるのに、嬉しいのに。だけど、顔を見れない。もう、見れるはずがない。だって………。
「真奈」また呼んでくれる。
そう呼んでくれる度にいつも私は嬉しそうに慶喜様に近づいて顔を見て何を話すかをじっと待った。
慶喜様が私を呼んでくる度にもっと知りたいと思ってしまった。
いつの時からだろう。
「私はっ!!」見ているのは顔ではなく、ゴワゴワと真っ平じゃないコンクリートの地面だ。
「…………」慶喜様は何も言わず、黙って私が言いたことを待ってくれる。
「メイドとして最低なんです!こんなズルい私を横に置くなんてダメです!!」
「…………それの何がダメなんだ?ズルくて最低なメイドを横に連れて何が悪い?」慶喜様が2歩ほど近づくので私は、3歩後退りをする。
「悪いです!!メイド失格です!あなた様の横にいるのには不恰好すぎます!」
「なんだそれっ、俺の横?メイド失格?意味が分からないな」声の主は、5歩近づくのでそれ以上に後退りをしようとするも壁があり足が止まる。
「私は………慶喜様の横にいる資格なんて無いんですよ!!!」
その大きく出してしまった声は、誰かの耳に届いたかもしれない。だけど、そんなことを気にする余裕なんて今の私にはなかった。
「………俺の横に資格がいるなんて随分まぁ俺も偉くなったもんだ」
彼女が苦しむ言葉を言ってしまうのは、俺が最低だからなのだろう。だったら、その最低の横にいてくれる人は最高の人でいて欲しいと俺はシェアハウスに来るまでずっとそう思いながら過ごしていた。自分が不完全すぎるからそれを補ってくれる彼女が俺のそばにいて欲しいと。だけど、彼女は俺の横にいる資格が無いと言ってやがる。
「……ちっ、違います…」胸が締め付けられている思いだろう彼女の顔がチラリと見えた。彼女は自分を過小評価しすぎている。それをしっかりと俺の口から正して上げないといけない。
「なぜ俺が、今こうしてみんなと話せる様になったと思う?」
「………慶喜様が………努力されたからです」
「半分正解」俺のアンサーに興味を惹いたのかこっちを虚な目だが腰を据えて見てくれる。
「努力ってのは大抵の場合、1人ではできない。周りの人が居るからこそその人は前へと力強く踏み出せるんだ。その事を胸に今まで生きてきた。俺の人生の大半は努力でうめつくされていたからな。ホント、明智家ってのはどこまで俺に努力させんのかって話だよな。その俺にとって大きくなりすぎた努力の支柱が今ユラユラと揺れてるんだ」彼女の口が少し開き、ぱくぱくと何か言いそうな顔をしている魚みたいだ。おそらく『思い過ごしです』なんて戯言を繰り出しそうだから、『真奈』と口に出し話を続ける。
「支柱がゆらゆらと揺れると俺もダメみたいだ。横なんかじゃ無いんだよ。真奈は。俺の根幹で君は俺をウチから支えてくれるんだ」
「慶喜様の……根幹……支柱……」彼女は、自分の中で埋め尽くされていた自分像をスクラップ&ビルドしている最中のようだった。
「今日さ、真奈に話しかける前、必ず俺の手が震えたんだ。どうやら、俺の支える支柱が嵐に巻き込まれてるって、教えてくれてたんだろうな」
「ダメダメな柱ですね」
「全くだ」真奈が『えっ、ちょっと!』と可愛く驚いて俺の顔を見てくれるので少し笑い、話を続けた。
「だけどさ、壊れかけたその柱を何度でも修理するのは俺の役目だと思うんだ。誰にだって任せられない……任せたく無いんだ_______________真奈のことは」
彼女の綺麗な瞳から涙が滴り落ちていく。ゆっくりと。ゆっくりと。
自分が俺にとってどこまで偉大な存在かをわかってくれたのかな?君が俺の支えで、唯一無二の存在って事を分かってくれたかな?その事を伝えたかった。あの場所に君が居なかったら俺は………。
「………やっぱ俺、最低だな。こんな可愛い子を何度も泣かすなんてさ」
「……わ、……私が……話す前に………話さないでください……よ」俺のシャツをグシャッと握って俺の胸に頭をゆっくりと寄せる。
「その必要がないと思ったのだけど、違ったか?最低人間同士気が合うと思ったのだけどな」俺の服を掴んで離そうとしない女の子に問いかけるが、頭をゆさゆさと揺らす。
「人の服で涙を拭くなんて、それほど俺のハンカチは不安か?」またも頭を左右へ振らす。
「なぁ、俺は真奈がいつもみたいに笑顔でいてくれなきゃ元気100倍になれないらしい。ホント俺の頭が切り替えられるように産んでくれたら田舎のアンパン工場に就職したのだけどな。残念ながら、そうではないらしい」
「………その軽口が私の元気の源かもしれません」まだ、服にしがみついたまま話すから少しくすぐったい。
「元気は100倍か?」
「1000倍ですよっ」俺の目を覗き、透き通った潤んだ瞳を見せてくれる。もちろん、口の縁もヒョイっと上に上がっていた。
その隙にススっと目をゴシゴシと服で拭う。先ほどトイレから出てきたからな。
「これは、泣いていないカウントなのか?」
「はいっ!だから!慶喜様は女の子を泣かしたことないでしょ?」やっぱこの子はずるい子だなと思ってしまう。だけど、そんなずるい子を愛おしくて仕方がない。
「そっかー。泣いている女の子がいたらあんぱんを届ける優しい正義の味方にはなれないか」
「なぜ、女の子限定なんです?」上目遣いで目を輝かせながら問いかけてくる。
「できるだけ楽したいからな」
「…………最低な正義の味方ですね」綺麗なおでこで俺の胸を叩いてくる。
「うむ。最低同士、高校卒業したら田舎でひっそりアンパン工場を作ってみるか?」
「嫌ですよ…………」
彼女の言葉がピタリと止まると俺たちの元に温かい風がヒューッと流れてくる。
「私、昨日嘘をつきました」
「…………そっか」
「はい………だから、ごめんなさい」ぺこりとお辞儀をする。いつものお辞儀のように業務的では無く、すごく温かみがあると思ったのは気のせいかな。
「何を謝ってんだ、真奈わっ」
「ふふっ、そうですね。私たち可笑しいですね。こんなことを話し合うなんて」
「あぁ……………真奈、俺のやりたい事を聞いてくれるか?」真剣な口調に切り替えて真奈に話しかける。
「いつも通り聞けばいいんですか?」
「違う。……今回は俺たちの話だ」
「…良いですよ。最後をハッピーエンドにしてくれるなら」
「……きっと、気にいると思う、なにせ元気100倍の俺が考えたプランだからな」
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