第8話 秘めた想いは

「私、絶対にメイドになりますから。頑張りますから!」そんなシェアハウスに初めて来た昨日の夜を思い出しながら帰路を歩いていた。

 真奈が時間を作って欲しいと言っていたため、皆が1人ずつ先に風呂へ入っているので、こっそりと2階の真奈の部屋で話した。


「入って早々、凄い意気込みだな」彼女が近寄って両手をガッツポーズするので少し遠ざけるためそう熱を少し下げる。

「あっ、申し訳ございません。ですが、メイドとして頑張ります。皆様に良いメイドと判断してもらうために……必ず」彼女の熱の入れようはどこから来ているのか?ここで聞いても教えてくれないだろう。何でもかんでも言葉にすれば良いって訳ではないからな。


「このことは最初から耳に入っていたのか?」

「はい。………具体的な日時・場所は言えませんが前から知っておりました」具体的な日時・場所が言えない?引っかかりを覚えたが、とりあえずスルーしておこう。むやみにボール球を拾ってファールにし、ストライクが点くのは避けたいからな。


「そか。で、作戦のようなものはあるのかい?」彼女に戦略があるなら早めに知っておきたい。6人の思惑が水面下に繰り広げられると混戦し、予期せぬ方向へ突入する恐れもあるからな。


「作戦ですか………。そう呼べるものでは無いかもしれませんが、メイドの仕事を真剣にやらせていただくということですね。そうすれば皆様方に真剣さが伝わると思いますので」


「………真奈の想いはみんなに伝わるだろうな。他にはあるか?」

「いえ………何もございません。今すべきことなのはそれぐらいしか無いのでメイドとしてのお仕事を頑張ります」彼女は吹っ切れたように微笑んでくる。


 だから、その素敵な笑顔が消えるラストシーンを迎えたく無い。


『そんなハッピーエンドを自分で描いて良いのものか』と桜がチラチラではなく、風がヒューッと吹くのに乗ってサラーと舞い上がる中をポケットに手を突っ込んで歩きながら考えていた。


 斜め右に視線を移すと緑の生い茂った公園が『春はもういいよっ』と言いたげにさやさやとなびいている。公園には誰もおらず、ベンチが2つほどあるだけの小さく古めかしい。だからか、少し偉そうに思えた。


 俺は、そんな事にふと考えを逸らされたが考えが纏まったように感じた。


 人には、変わるタイミングがいずれ訪れる。そのタイミングは自分が決めるのだろうか?他人が決めるのだろうか?おそらく誰も分からない。俺だって分からない。であれば、自分が進むべき道を信じ、彼女を信じることとした。


 そうすれば、きっと彼女の2手に別れた道の一つが彼女に囁いてくれる。そんな非現実的な事を考えてしまうのは、この公園がどこか偉そうだが、神秘的な魅力を持っているからかもしれない。


 だから、俺は、鼻にペタッってくっついた桜の花びらを見て、公園へと流れる風にそっと乗せてあげた。


 春を御礼に渡すのは意地悪だろうか?


 その悪戯っ子は、どこか違う春を見ていたという。




「明日、土日だね。なにする?」なにやら遊ぶつもりな胡桃が調子よく切り出しているもそこにいるのは、俺と胡桃だけだった。他の人たちは自分の部屋へと入っている。まぁ、高校生だから勉強か自分の趣味に走っているのだろう。真奈は空いている部屋を17時なのに掃除をしている。


「そーだな。家で何かするって言ってもそんな経験が無いからな」今までは、勉強に明け暮れていた。だから、ここでパッと良いアイデアを浮かべたかったが、すぐには出てこない。

「じゃあ、こういうのはどうかな?」何かを閃いたような顔でこちらに前のめりに話し始めた。



「メイドさん」1階の奥の四角い8人掛けのソファーがある会議室の取手を拭いていた真奈に胡桃が話しかける。

「どうされましたか?胡桃さま」話しかけられて少し嬉しそうな真奈が反応する。


「外に出てはダメと直接指示はされて無いですよね?」唐突に切り出していた。

「それはそうですが…………」自分の持っていた雑巾をギュッと丸めて見つめる。


「真奈、俺たちも前までは外へ出る時は必ず誰かの付き添いが必要だった。だけれど、今は誰もいない。だから、昨日も俺と芹香は買い物に出かけた。昨日は、真奈が忙しそうだったから追求しなかったが、来ても問題はない筈だ」胡桃もその疑問符を抱いていたらしい。真奈のリアクションを見る辺り何も無いだろう。


「それに、真奈がメイドとして外で5人の世話をする良いところをみせれる絶好の機会だとおもうけどな〜〜」そんな在り来りなフックに見事引っ掛かってくれる可愛い真魚まなという魚。

「行きます!」その勢いは、滝を登り上げる鯉のようだった。




 早速、俺たちは、問題児要素の強い3人に声をかけることとした。

 一番最初のターゲットは、芹香だ。芹香は、なんだかんだ言ってもついてくるだろう。そう思うも、真剣に2回ノックをする。


「トイレ我慢できないので早く出てくれませんか?」鼻を掴みながら、痺れを切らしている人を演じるためその場で足踏みをする。そんな大ピンチな人がノックをしているのに気づいたのか中の人が声を出す。


「…すみません、現在、留守にしているそうです。発信音の後にメッセージをどうぞ」

「留守ならトイレに入らせろっ」


「こちらのトイレは一回に1000円取りまして。予約制なのです」

「ふざけないでください。こちとら真剣なんです」


「私だって、真剣です。ふざけた人の対応をするのに」後ろの2人がふふっと笑うので顔を赤めて『もういいかい?』と口にするとゆっくりと扉を開けるとシャツ姿でスカートを履いた芹香が出てくる。


 部屋の中から花の良い香りが漂ってくる。中がチラッと見えたが、すぐにそれを察知して閉じて、部屋を出る。


「……もういいかいって。あなたからやり始めたのでしょ?」

「かくれんぼしているのかて思ってな、つい」少し意地悪っぽく言ってしまう。


「…………悪かったわよ。だけれど、先生から言われた通り、勉強はしとか無いといけないでしょ?」もっともな意見だ。だが、もう授業は1時間前に終わっている頃合いだ。


「芹香は言ったよな『高校生活を楽しむ』って」前に望に対してそのようなことを言っていたからな。

「………それを持ち出されると分が悪いわね。で、話はなに?」


「明日、一緒にデパートってのに出掛けないか?」

「……私は、良いけれど。ちょっと待って」あっさりと了承するも、ドアを開けて中へ入っていく。俺たちは顔を見合わせるも何かわからない。と思っているとドアを開け、1人の少女が1本のシャーペンを持った少女を連れて来た。その少女は既に寝巻きのクマに着替えていた。


「この子の学力、正直ひどいものよ。一体何をしていたのかしら。今日の昼休みの『ふん、ここの5人が1位から5位を独占するのは目に見えているな。もちろん、私が1位だけど?あはははっ』っていうフラグを潰しておこうと思ってね。そしたら、案の定よ」先ほどの望の声真似と表情の表現力は絶賛してしまうほど似ていた。


「違うっ、餅米が習っていない事をツラツラと捲し立てるからいけないんだ!あんた教職に向いてないっ!」流石の望であっても今の高一程度の学力は悠に得ている。かなりハイレベルなことを教えているのだろう。


「私が教職?ハハッ面白いこと言うわね。教官として私と接しなさい!」望の耳元でそう強く口にする。


 正直、今、勉強はどうでも良いからそれを打ち切るため胡桃に目配せをする。それに応えるかのように頬を染め、うなづく。


「わっ、私も教官の勉強会に参加したいなっ」綺麗な髪を耳掛けし出す。

「おいっ!!」忘れていた声フェチ人間だったということに。胡桃は、刺激的な言葉を耳元で囁かれたい衝動があるらしいな。


「だからこの子には、勉強をさせておきたいのよ」望の顔ではなく、寝巻きのクマのイラストを見ている。

「休息は大事だぞ。………甘いブレイクタイムが、人には必要だと思うけど?」そんな甘党への冗談を思いついたので口にする。


「あなたのそれ。かなりムカつくけれど…………一理あるわね。………で、行くの?デパートってのに」部屋から少し出て後ろにいる望に体を向ける。

「行くに決まってんじゃん!もしかしてお前、馬鹿かッ!?」


「日本には良い言葉があるわ。馬鹿な犬ほどよく吠えるってね」『馬鹿』じゃなくて『弱い』だが望に対して分かりやすくそう例えているのだろう。

「ププッ、馬鹿じゃなくて弱いの間違えだけど?やっぱ馬鹿だ!」ケラケラと望が芹香の部屋で笑い転げている。そんな望の笑いに握り拳を作るので真奈がそっとその手に触れて落ち着かせる。


「ハッ!?.....ありがとう……メイドさん。今、この子をこの世から消そうと思ってしまったわ。感謝するわね」

「いえ、そんな。ですが、芹香様が憮然ぶぜんとした面持ちなのでまだ手を握りますね」そんな芹香の部屋の前で賑やかになったのが気になったのか2個隣の千明がヒョイっと出てくる。


「どうしたんだい!?」俺は、部屋の扉を閉めて望を隔絶する。うむ、意外に防音がしっかりしているようで子供っぽい耳障りな笑い声が消し去る。少しは、芹香の望みが叶ったか?と思い顔を見ると握り拳が綺麗な掌を見せていたので千明の方を見る。


「千明ちゃん、うるさかった?」心配そうに胡桃が聞くが『全然』と返して続ける。

「でも、どうしたんだい?みんな集まって」望は先ほど居なくなったが気にしていないようだ。


「それでね、みんな集まってデパートに行こうって話をしてたの」

「?なに、デパートって?........デパートメントつまり百貨店みたいなことかい?」すぐに頭を切り替えて答えを見つけるので『うん』と俺と胡桃はうなづく。


「このメンツでかい?」

「そうみたいね。意外に面白いものじゃ無い?冒険みたいで」今までデパートなんて出かけたことはない。それよりも誰かの家へ招待された時ぐらいしか殆ど外に出ないからな。運動は、庭や敷地にある体育館でしていたし。


「ふっ、そうだな。親睦を深めるためにも良いものだね」こちらもあっさりと了承したので土曜日にデパートへ行くことに決まった。


「皆様、もう17:30です。胡桃様はお食事のご用意を」2階にある時計を見ながら真奈が俺たちに伝える。

「そだった!みんな2時間掛かるかもしれないけど許してね」そう言い、つたつたと階段を降りていくの見ながら真奈もそれに続く。


「私は、部屋に笑い転げている小童の首根っこ掴んでリビングに連れて行くから先行ってて」そう不穏すぎる言葉を言い、扉を閉める。中からは、防音だからか大丈夫だからだろうか何方か解らないが何も聞こえない。だけれどなぜか部屋の前で手を合わせる。


「芹香君の部屋の前でお願い事をすると何か願い事が叶うのかい?」両手を離して俺は腕を組み、老人ボイスで答える。

「………古くの文献を読むと首根っこを掴まれたクマの神様がこの部屋に宿っているらしいからのぉ……叶うかもって思ってのぉ」

「じゃあ、効果無いね」俺を通りすぎ、1階に降りて行くので俺も着いていった。


 電気を消す動作をしない所から見るに、既に電気を消していたのだろう。だから、こうなる事を先に計算しているように感じた。


 物理法則に従いぴょんぴょんと左右に跳ねるポニーテールに目を奪われながらどこまで素を出してくれているのだろうと心を致していた。

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