第7話 優しさのお裾分け

 昨日も今日も勉強の内容は、中学の復習みたいな事をやらされていた。とっくの昔すぎて忘れている所があったのでそれが逆に有り難かった。


 昼休みも誰かがここの教室へ顔を出してくるなんてイベントは無く、俺たち5人で昼食をとっていた。


「けっ、生緩いな。この学校は」望が自分の主人が作った高校に悪態をつきながら焼きそばパンを頬張る。

「どの学校でも同じだと思うけどな。私たちが進みすぎているだけだから。でも、なぜ私たちだけこのクラスなんだろ?特に授業のペースとか早い訳ではないし」両手で持ってたメロンパン袋を器用に開けながらそう口にする。

 そこは、引っ掛かるな。シェアハウスで5人が生活するってのは何となく理解は出来るが、わざわざ5人だけの教室とクラスを作る意味が見当たらない。


「確かにそうね、社会性を身に付けさせたいのであれば逆効果でしょう。全く、何を考えているのかしらね、私たちを拾ったは」まるくてもっちりとし、表面が砂糖でコーティングされている見たことの無いパンにパクッと齧り付く、甘党。


 道玄坂薫子どうげんざかかおるこを『あの人』と呼ぶのは親近感がないからに他ならない。俺たちは、写真でしかあの人に会った記憶がないし、喋った記憶すらも蘇ってこない。


「はーい、ちゅーもーく」


 そんな小学生みたいな台詞を明るくポップなトーンで前のドアから盛大に俺たちの担任がやってくる。伊能理佐いのうりさ先生だ。『何だ何だ』と真ん中で固まって食べていた俺たちは担任の方に目を取られた。


「何ですか?一緒にご飯を食べれる先生がいないんですか?」芹香が発した言葉に学生には無い豊満な胸を押さえている。どうやら、ぼっちなのか。俺たちにぴったりの先生じゃ無いか。と1人自虐ネタを考えつく。


「望月さん……キツイ冗談を………ぐはっ………」なぜか口を拭い芹香を虚な目で見ている。可愛らしい顔つきなのに結構面倒だな。


「で、本題は何ですか?」急き立てるように再度聞き返す。



「あーそだったね。昼休みが終わったら帰宅すればいいぞ〜」その意味のわからない事をまたも言われ、教室は静まり返るも、ズカズカと教壇に立つ。



「君たちの話を教室の外で聞いてた事は自白しようか。なぜ、自分達だけこのクラスなのか。それは、君たちが既に受けているであろう課題のために部外者を入れないためであーる」最後にふざけた口調で少し苛立ちを覚えたが、その意味を頭の中で早急に整理をする。


 まず、伊能先生がめんどくさいと言うのは、ひとまず置いとこう。IQが20ほど下がる支障をきたす恐れがありそうだからな、すぐさま伊能ウイルスを慶喜バスターで除去する。


 あれ?俺がウイルスみたいになってないか!?くそっ、どうやら既に侵食は進んでいるようだ。俺が思考する前に千明が整理を始める。


「まず、千明バスター………い…いえ、すみません。間違えました」どうやら、千明のやつも同じ事を思っていたようだ。この部屋には、3人のウイルスが集合しているようで何ともすぐ様離れたい状況だ。って俺がか!


 俺がふっと笑うと千明はチラッとこちらを見て、恥ずかしそうに先生に向き直し言葉を続ける。


「えー、……社会性が身に付かないのにも関わらず、この5人のクラスにしたのですか?」


「その事ですね。あなた達は、今までクラスの皆から関わらないように扱われていたと思います。そして、高校に入ってみんなと仲良くなんて今の皆さんには到底困難でしょう。ですから、まずは、この5人で仲良くなる事を求めた訳です。社会性を身に付けるのには段階を踏んでいくことが必要ですからね」


 皆は、このことに返す言葉を持ち合わせていないだろう。確かに、この5人のクラスだからこう話せているのかもしれない。ただ、30人のクラスに入ってみんなと仲良く?なんて出来やしない。小学から中学に至っては、私立で人数が少ない1クラス10人ほどのところに行かされていたからな。………真奈の場合はそれよりも少人数で授業を受けていた。おそらく、皆もそんな生い立ちだろうな。


「……なるほど。それで、その過去のチャンスのために都合の良いように設定をしていると。では、なぜ昼休み終了後なんです?昼休み前でも良いんじゃ無いですか?」


「君たちが今すぐに出ると昼休みに活動している生徒にバレて、贔屓だと覆われる恐れもあるからね。そのためにも、玄関を別にして見つからないようにしている。それにこの学校から徒歩で10分ほどに君たちのシェアハウスがあるのも『贔屓だ!』と面倒なことにならないためですよ」


 一気に伏線が回収される爽快感を得るも、であれば尚更この4組を作らないとけば?と思うが、何か他の理由もあるだろう。当分明かされないのは目に見えている。だって、ここでうまく煙に巻こうとしているからな。


「私たちは、昼休みが終わったら、帰る生活を1ヶ月続けるんですか?」

「そだよ。ただ、自宅学習ってていにしておいてね。君たちの学力は十分理解しているから必要ないだろうけど。5月の中旬に中間テストがあるからそこで成果を上げてくれれば問題なしです」


「ふん、ここの5人が1位から5位を独占するのは目に見えているな。もちろん、私が1位だけど?あはははっ」


「裏口の方から帰ってね。其方のほうがシェアハウスに近いでしょうから。では、明日も元気に登校よろしく!」そう望の戯言を無視して外へ出て行く。うるさいウイルスが減ったなと思った矢先、ドアをコソッと開けて口を開く。


「過去の話、結構大きい話をするみたいだから頑張ってね」と付け足してウインクをし、ドアを閉める。




 昼休みが終わったタイミングに1件の通知が入っているのを確認し、皆に先に帰ってもらうように言い、皆がクラスを出て2.3分ほど経った頃に音楽室へと向かう。

 ここの音楽室は、新と旧があるらしく、旧の方に呼ばれた。場所は、昨日望以外で探索したから把握している。


 生徒達にバレないようクラスの前を通らないルートで向かって行く。窓の外を見ると彼女達4人が談笑しながら帰っているので少しほっこりする。


 旧音楽室の周りはモーツァルトのピアノソナタk.545に包まれており、誘われている感がして少し癪に障るな。だが、有名なベートーヴェンのピアノソナタ月光などよりも温かみがありモーツァルトらしい軽やかな音色だ。特段難易度は高くはないが、トリルや音の粒が揃っておりかなり綺麗だ。よほど練習しているな。


 そう思い、ドアをガラッと開けると、先ほどまで話していた……まぁ話してはいないか、伊能先生がピアノの前に座り優雅に弾いている。


「自慢したいんですか?.........ピアノが得意だと」そう言いながら音楽室のドアを閉め、先生へ近づく。そこでピアノの鍵盤がぴたりと整列する。

「ピアノなんて君たちにとっては造作もないでしょ?」

「いえ、ピアノの音色を聴く毎日でしたが、弾いたことは一度ぐらいしかありませんね。望以外は弾けるかもしれませんが」望が鍵盤を打つ姿は想像し難いからな。


「そうなの?」

「はい。美少年がピアノを弾く姿は絵になると思うんですけどね。弾かせてもらえませんでした」


「一回弾いて絵にならないと思い、見切ったのでしょう。……だったら、画家になって美少年がピアノを弾いている絵を渡して差し上げたら泣いて喜ぶかもね?」

「それって、自画像でも構いませんかね?」

「写真家になる事をお薦めするわ。もちろん、自撮りは無しよ」ぐぐっ、勝手に俺の返し文句を先に言うのはやめてもらいたいな。


「で、何の用なんですか?自分がピアノを弾いている姿が絵になるからって、この写真家様に撮ってもらいたかったんですか?」

「それもいいけれど。…………それでは無いわ」そう言うとやっと本題を切り出すかのように椅子から離れ、ぶらぶらとピアノと音楽家達が飾られている質素な音楽室をゆっくりと歩き出す。俺はその場に立ったまま先生の方を見る。



の。ダメかしら?」モーツァルトのところを眺めながら問いかけてくる。


「……級長をどう言う基準で選んだのですか?........あぁ言わなくていいです。モーツァルトを眺めていることからして早熟の天才で変人という選定方法ですね?」振り返ってこちらを見ると微笑み、『違うよ』っと可愛らしく答えて続ける。



「モーツァルトみたく優しさに溢れているからよ」



「………」優しさ?

「あなたがこのクラスをまとめる優しさを持っていると思うの」


「……そんな物を持ち合わせた覚えはないです」

「誰かが、ポケットにこっそり入れたのかもね」クスッと口元に手を当てて上品に先生が笑う。


「そんなサンタみたいなのがいたんですね」

「だから、君が今度はサンタになる番じゃない?」まるで子供時代にクリスマスプレゼントを買って貰った親が夜中に可愛い子供の枕元へ置くのを後継するように。


「サンタは12月だけ勤務なのに、毎日働かせるのはブラックすぎますよ」

「毎日じゃなくていいわよ。時々で」


「……だけれど、まとめるなんてできないですよ、あの問題児達を」

「目には目を。歯には歯を。問題児達には問題児を。それが私の見解よ」ハンムラビ法典を引用してくる。てか、俺も問題児だと思われているのね。


「まぁ、サンタは誰彼構わずプレゼントを配りますからね、問題児と言えるのにも納得します。けれど……………」


「持っている者が誰かにそれをお裾分けする。それが世界を優しくする近道だと思うけどなぁ〜」そう素敵な世界を共有してくる。ズルい言葉だ。そんなの無理だって分かっているのにも関わらず手を伸ばしてみたくなる魔力がその言葉にはある。


「……………………分かりました、やりますよっ」釈然としないからか右目を瞑り、右側の頭を少しボリボリと掻いてしまう。


「ありがとう。君は………第2のモーツァルトを生み出すだけでいいわよ」そう言いながらそそくさと旧音楽室を後にする。そんな無謀な事を言い残す辺り、ほんと怖いなこの先生は。


 俺は、2代目モーツァルトと呼ばれた音楽家の肖像画の前へ立つ。


「あなたは、第2のモーツァルトととして父親から世に送り出されようとした時、どう思ったんだ?........なぁ、ベートーヴェンさん」


 彼はうなづく事等をせず、ただただピアノの方を弾きたそうに見つめていた。だからか、サンタになるのも悪くないかもなと思った。


 サンタ色の古典派大スターから目を逸らし、煙突が無い家へと歩を進めた。

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