第6話 彼女の決意
学校初日の夜はぐっすりと眠れなかった。
寝ては2時間後に覚醒をし、窓外の満月を眺めるを数回ほど繰り返すと、時刻は、4時半になっていた。いつもなら真奈が6時ぴったりに起こしへ来る。いつも、その前に既に起きているんだけどな。
今日は、鍵を取り、トコトコ1階へ降りて玄関を抜け、庭にベンチがあるので座り込もうとする。と家の影に隠れていた女の子が俺を脅かすように『うわっ』と大声を出すも驚かない。
だって、1人分の靴がなかったからな。
「何してんだ?こんなところで」朝の冷たい風に吹かれて彼女の綺麗な髪の毛がふわりとし、心地よい匂いが鼻腔を撫でる。もこもこでクマのイラストが載っているパジャマを着ている望がこちらを睨む。
「驚けよっ!」俺はそんな望を無視して冷気が纏っているベンチに座り込む。それを見て渋々彼女も横に座ってくる。どうやら、望も寝れなかったのか目の下に少しクマができている。
「どうしたんだ?こんなところで黄昏て?らしく無いな」既に朝なのにボケっと顔を出す月を眺めながら問いかける。
「…………なら、私を全然知らないなっ。外にいる方が好きなんだよ、私は」そんな切なそうな声を聞き、彼女を見ると今まで見たことがなかった顔だった。
「………」
「なぁ、慶喜」俺を見つめ下の名前を呼ぶ。
「……なんだ?」
「私ってみんなと上手くやれてるのかな?」今いるのが望なのか?と疑いたくなるくらい目を見開いてその言葉を聞き返す。
「はっ?.....どういう意味だ?」
「時々思うんだ。どう振る舞えばいいのだろう。どうすれば自分らしいのかって。みんなは分かっているのかな?自分をさ」
月に向けて手を伸ばす彼女の言葉には重みがあった。最近考えたことでは無いだろう。何年も……十数年考え続けてきた程の葛藤がその声色から伝わってくる。
「外にいることが好きなのは分かっているんだろ?」俺の言葉を聞き、重力に従ってゆっくりと手を太ももへ置く。
「…………どうなんだろ。外が好きってのも子供の頃ずっと外にいたからそう振る舞っているのかもしれない。分からないんだよ、自分って存在が」
トラウマのような山に遺棄された忘れたい過去すらも皆が憐れみの言葉をかけてくる。彼女はそれに囚われているように演技しているというのか?初めてこんな一面を見せたな。それほどまでに望にとってこの環境に、戸惑っているのだろう。
「だったら、明日から今みたいに話せば?」
「…………無理だよ。また迷子になっちゃうから」そう言うと立ち上がって手をヒョイっとこちらに向けてくる。
「ん? ..........キャラチェンで王子様キャラにでもなりたいのか?」そんな俺の軽口をケラケラと笑わずにただ口角を上げて短い言葉を言う。
「鍵忘れた」
「いつから?」
「4時間半前」
12時か。そんな時にここへ降りてきてさっきのことを考えていたのか。
「…………そりゃ、シンデレラの魔法が溶けちゃう頃合いだな」鍵をポケットから取り出し渡す。
「王女に4時間待たせるお前…………最悪だな」鍵を握り、ポケットにしまう。
「王女じゃなくてお転婆姫の間違えだろ」
「打首にすんぞ、コラァ」
「ごめん、間違えた。独裁者か」その軽口は、2人を笑わせる。いつも通りの彼女のケラケラと豪快な笑い方だった。
そして、純白の満月は眠たそうに薄くなっていった。
「真奈、望は?」コーヒーとサンドイッチが置いてあるテーブルを前に座りながら聞くと、せっせと大量のいちごを持って来る彼女がこちらに来る。
「望様は、まだ眠たいとのことで。10分後にお声かけします」ひんやりとしたガラス皿に苺を入れてテーブルの中央に置く。
そりゃそうだよな。眠いだろう、夜12時から4時半頃まで起きていたのだから。
「私、望ちゃんが遅れそうになったら、強引に連れて行くから安心して」そう胡桃が豊かな胸にそっと手を置くので目を逸らして高速でうなづく。
そうやって異性と関わったことが無いから分からないだろうか。男が照れてしまうことを無意識にやってしまっているのに気づいていない。
「メイドさん。昨日の課題の話をもう一回整理してもらっていいかな?」全員が夜中に考え込んだであろう事を千明が率先して持ちかける。
「はい、千明様。まず、皆様には私を道玄坂家………皆様のメイドとしてこのまま居残っていいのかを多数決で決めてもらいます。投票は、私を含めますのでご注意ください。そして、YESの票が多数であれば高校生活の間は、私が皆様のメイドとしてここに住み込みとして働かせていただきます。NOの票であれば、私はメイドとしてのお仕事は無くなり、ここから立ち去って、道玄坂家……皆様のお家との関わりは、一切無かったことになります。同票……引き分けになれば、NOと同じ意味になります」淡々と事務連絡みたく話す。
「ありがとう。その投票は、4月の末……30日だったよね?」
「おっしゃるとおりです」立ちながらペコリと軽く頭を下げる。
「それに加えて少数派で1人だけになった人が自分の過去を知れるチャンスと。通称過去チャンだね」『過去チャン』で統一を企てているようだ。
「………芹香様ありがとうございます。はい、そのように言うよう私はこの紙で指示されております」ポケットから取り出した紙を見せてそう言う。
「今が、4月9日だから。あと21日。3週間後で水曜が投票日」俺がポツリと呟くと真奈は『はい』と口角を上げてにっこりとお淑やかに笑顔を作る。
「この、少数派で1人ってのが……イヤらしいね」サンドイッチに苺を挟み、パクリと食べる。『んん〜』と聞こえてくるので、どうやら、美味しいようだ。
「そうよね。すぐに教えれば良いものをわざわざ手を込んだ事をするのは私たちを試しているようにも感じ取れるわね」おそらく砂糖をたっぷり入れたであろうコーヒーを飲み、『にがっ』と驚き、ステックシュガーをもう一本入れて混ぜているチョコ好き。俺は、それを見て優雅に小指を上げ、無糖のコーヒーを飲む。
「もうこんな時間だね。僕は、先に高校に行くね。爺じ、車出して…………って歩きだったね。脚が太くなっちゃうな」既に容易万端な千明が鞄を持ってリビングのドアを開け、綺麗な脚を動かしながら出て行こうとする。
「そ、分かったわ。私達も用意したら行くわね」その声を聞き終わると、ドアをそっと閉める。
また1本シュガーをササッと入れながら芹香は、そう述べていた。
彼女はきっと虫歯になるだろうな。そんな考えを感じ取ったのか綺麗な白い歯をチラッと輝かせながら魅せてくる。くそっ!!歯磨き毎日と歯医者もちゃんと通っていたのか!!欠点の1つぐらい出せよこの美少女は!そんな褒め言葉をまたも感じ取ったのか優雅に小指を上げながら飲む。
『……良かった。中指を立てられなくて』と心の奥底で悟られないよう安堵する。
サラダとハムにマヨネーズとカラシをベースとにしたサンドイッチを頬張る。うむ、かなり美味しい。どうやら今日は、千明が先に作って、朝食を済ませていたため食事をしている所を見なかったのだろう。
朝食と夕食は4人で交代制でしていくようだ。千明→芹香→胡桃→俺の順番だ。望を止めるのは至難の業だからな。最初からそうしておくのが楽だ。まぁ、最初にすごい駄々を捏ねていたが…………あれも本来の望では無いのだろか?
...........そんな事を気にしても本人にも分からないのだから俺が知る由もないな。
そんな事を考えながらパクパクとし、サンドイッチをペロリと完食し、コーヒーを飲み、皿とカップを台所へ持っていき水に浸す。
「慶喜様。私のお仕事ですので、どうぞ、学校に」俺の右隣へと来てそう述べるので譲る。彼女にとっては、自分が素晴らしいメイドということを少しでも伝えたい思いなのだろうな。そうすることにより、真奈がここでメイドとして暮らせるために。
「メイドさん。ここの食器もお願いします」胡桃が手を上げて真奈にお願いをする。
「承知しました。置いておいてくださいませ」
「メイドさん、昼は自分達のカードで昼食を買えばいいのよね?」その言葉を聞き、トコトコと声の鳴る方へ向かう。
「はい!....飲み物は、キッチンに水筒がありますのでよければお茶を入れます」
「じゃあ、私の分お願い」
「承知しました。慶喜様と胡桃様はどうされますか?」
「俺は自販機で買うから大丈夫だ」
「……私はお願いしようかな」それを聞くとあちらへ戻っていき、水筒にお茶を注いでいるので、俺は2階へと登り、身支度を始めた。
昨日、見た景色とはまるで違ったのでは?と思う程に鮮やか景色が彩られていた。そんな春色で女の子と横で歩くにはぴったりの登校道を俺は1人で歩いていた。誰にも学校へ行く事を告げず、1人でそそくさと考え事をしながら歩いていた。
周りを見れば同じ制服を着た上品な学生達が楽しそうに歩いたり、自転車に乗って漕いだりしている。
だが、そんな俺も嬉しくはあった。今までは、車での送迎が大抵で徒歩での通学とかはなかったからな。だからこそ、ようやく学生気分と言うのが理解できた。昨日も途中まで送迎してもらい、300mほどを歩いて登校していた。初日からリムジンで登校するのは悪目立ちするからな。
そんな晴れやかな気持ちで歩いている前に俺よりか既に早く出ていた千明が牛歩の如く登校していた。
「歩くの遅いんだな」ささっと近づいて話しかける。声で分かったのだろうか、驚かず『慶喜君だね』とだけ言い、眼前に広がる学生達を見つめていた。
「なんだ、朝から男漁りか?いい男は居たか?」くすっと笑うもまだ学生達を見ている。まだ探している所を見るに、どうやら、横に登場した男はタイプでは無いらしいな。
だから、冗談をもう一つ付け加えようと口を開いたが、千明が口を開く。
「こんなに男子がいるのに、やっと女子校からおさらばで共学だ!......と思ったのに君だけがクラス唯一の男子だからね。そりゃ、激怒しますよ、メロス改め千明は」顔を可愛らしくプクッと膨らますメロス改め千明。
「それで竹馬の友をクラスで磔みたくするのは、そりゃ、右頬殴りたくなりますよ、セリヌンティウス改め慶喜は」両手を横に伸ばしてそうツラツラと現代文の勉強を2人でし始める。
「女の子を殴りたくなるって最低な事を言うんだね、DVに将来なると思うな」
「俺じゃ無い、セリヌンティウスが俺に乗り移って言わせているんだ!.........なんだって!?」胸辺りのシャツをぐしゃっと握るセリヌンティウス改め慶喜。
「自分でやって恥ずかしく無いかい?」
「将来、そうならないように自分自身に向けての啓発運動だ。気にしないでくれ」そんな冗談を笑うことなく、口角を上げ、前を見ているので話を切り替える。
「羨ましいのか、彼らが」先ほどまでの声のトーンより低くして話し出す。
「……彼らにも悲劇……ってのがあるのも十分に理解しているけど、日常を当たり前のように暮らしているからだろうね。下を向いて歩いてても、横を向いて友達と楽しそうに歩いてても、上を向いてお天道様を見ながら歩いてても彼らが私たちには無い輝きを持っているように思うんだ」
人は、自分に無いものを持っている人を過大評価し、違う存在だと思うだろうな。だけれど、それを分かった上で自分達とは違うって思っているのだろう。
『だからだね』と口に出し、言葉を続け、立ち止まってこちらを見る。
「私には、どうしてもやらなきゃいけないことがある。今回は負けられないよ?」Whatの部分をあえてはぐらかしている。それを宣戦布告と受け止めるか、お人好しにも一緒に学校生活を楽しもうと受け止めるか………答えはハッキリしているな。
「最後には、こちらの元へ走ってくると思うけどな。もちろん、その時は目の前にいるさ」俺たちは立ち止まって見つめ合っていた。と言っても恋する高校生ではなく、お互いの決意を表明するかのように。
「………それが私の意思だったらいいけどね」彼女は、俺を置いて走って行くなんてことはせず、先ほどと同じように牛歩で行く。
彼女がメロスと同じように友の約束のためにその牛歩を拭い捨て、無心で走る時は来るのだろうか。そうなるのは、まだもう暫くかかるだろう。彼女が俺たちの心を信じる時が来るのは。
「姿勢を正して歩けば、そんな牛歩をしなくても足が太くならなく済むぞ」
「…………」何も言わず、綺麗に頭から脚を一直線にして普通の速度で歩き始める。牛歩から歩きにステップアップさせただけでも儲け物だと思い、彼女の後ろ姿をぼーっと見ながら歩みを進めた。
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