第5話 過去を知りたい?
「お前ら、部活動とか入んのか?」珍しく望から話題を作ったようだ。望は何方かと言えば話題を作るタイプではなく、話題に強引に入って来て滅茶苦茶な事をしでかすタイプ。唯一無二のトリックスターだと密かに思っている。
目の前に芹香で、横に望、左斜めに胡桃と言った配置だった。
そう言えば、ここへ向かう学校の中で部活動の勧誘とかやっていたな。
「部活って入った事ないのよね、私」芹香は不服そうな表情ではなく、未知の生物である宇宙人がいるかいないかの話をしているような何とも言えない顔をしていた。
「私もかな………ってみんな同じようなものだよね」俺たちは視線を交合わすも言わなくてもその通りだという事がお互いに分かる。
「真奈っ、俺たちって部活して良いか聞いているか?」千明に料理を指南しているところ申し訳なかったが、頑張って望が話題を作ったからこの流れを壊したくなかったから割り込んで聞いてみる。
「おそらくですが、ダメではないかと」ヒョコッとキッチンから顔を出すも時折、チラッと千明の心配をしている。
「はっ、ツマンナイなぁー」望がぐたっと椅子に凭れ掛かる。
「申し訳ございません………夕食の後、重大発表がありますのでお待ちくださいませ」そう言うと真奈が俺に意味ありな視線を向けてくるので何かあるなと感じる。それをリビングにいる皆は感じ取っているだろうな。
「分かった、ありがとう」言い終わった後にペコリとしてキッチンへ戻っていく。
「お勉強やお芸事の先生はここに来なさそうだから、部活をできる可能性は十分にあった。だけれど、部活ができないと言った後に重大発表と続けたのであれば何かしら私たち内でやることなんでしょうね。ここへわざわざシェアハウスで仲良くなんてことをあの人がやると思えないから」うむ、良い推理をするな芹香。
真奈があの話の後に続けて言ってしまったのは少し不味かっただろうな。もしかすると、フライングしてでも何か俺に伝えようとしていたのか?まぁ、すぐに分かるだろう。
「でも、勉強の先生がいないと授業追いつけなくなりそうだね」優等生らしい不安をポツリと漏らすもそうなる事は杞憂に終わるだろう。
教科書が配られたが、抽象的にまとめられ、これでは細かな知識まで習得できないのでは?と思い、その不安を望以外に聞いてみたが、皆同じような印象を教科書を見ただけで抱いていた。
俺たちの学力は、教科書などでは追いつけないほど細かで入り組んだリアス海岸のような知識でなければ見たことがあり、1週間対策すれば問題ないレベルだった。
「勉強なんてしなくても私の学力だったらもう大学入れんだけど?飛び級制度無い日本ってバカだよな」確かに望の学力であれば二流大学の合格は1年対策すれば見えていると言っても良いだろうな。こんなバカっぽいのにな。
「そんな焦らなくても良いじゃ無い。高校生活を楽しめば」2度目の人生です、みたいなことを芹香が呟く。
「そうだな。このみんなで暮らすのなんて普通の学生には出来ないだろうからな」フッと笑みを漏らしてそう言葉にする。他の学生は、土日などの休日で友人達と遊んだり泊まりがけることはあるだろうが、同じ屋根の下で暮らすなどは経験しないだろうからな。
「あなた、男だけだからって変なこと考えてないわよね?」ジェントルマンに向かって失礼なことをぼやく。ジェントルマンは、そんなことは一度たりとも考えたことがない。本当だ。そんな輩がいたら2度目の人生をあの世で願わせてやる。そんなことを思っていたら、つい必死に心の中で願い事をする。
「餅米っ、変なことって何?」聞かなくて良いことを芹香に聞く。望は、女子高生が一般知識程度で知っているその辺を全く持ち合わせていないのだ。
「…………その……えっと………」どうやら、公の場で話すのには抵抗感があるようで少し俯いている。
その時に、胡桃が俺に向かって『明智君は大丈夫だよね?だって、オカ』と脳波で送ってきたので望を見てそれをブチっと切断する。チラッと胡桃を見ると頭をイタタと押さえ始めたのでノリがいいタイプだと知る。
「望には関係のないことだ。って、いい匂いするなっ」既に望が焦がす前に準備はできていたであろうから丁度良いタイミングだ。
「もうできたから、持っていくぞ。メイドさん机拭いてくれるかい?」
「いえ、持っていくのは私目の仕事ですので」
「……じゃあ、お願いします」そう見えないところで会話をし、こちらへトコトコと歩いて芹香の左に座る。
そうすると真奈がゆっくりとこちらに来てテーブルを拭き始める。本来であれば、料理の指南をしなければもう終わっているはずだ。
だけど今、みんなの前でテーブルを拭く。同じ歳の6人組なのに1人だけこうしてメイドをやっている。それを皆は普通そうにして、話をしている。
俺だけは、ずっと真奈が丁寧に拭いているのを眺める。
みんなも同じ年頃のメイドと暮らしていたはずだ。その時にみんなは何を思って過ごしていたのだろう?当然?当たり前?住む世界が違う?.............なんて俺が心の奥底で思っているからこそ出てくる言葉なのだろうか?一番俺が冷徹なのだろうか?
「もう少々お待ちくださいませ」真奈はトコトコと台所に行き、用意していた料理を5人分ずつ置いていく。料理は、春菊と牛肉炒め、ごはん、サラダ、味噌汁。
今まで食べてきたのは、シェフが高級食材や複雑な調理法やお洒落な盛り付けなどプロレベルの料理だったからな、見劣りはするが、温かみがある。今回の料理は、初めてなのであえて料理数を少なめにしたのだろう。さすが、気が効くな。
「では、2階の掃除がまだありますので終わりましたら、お手数ですがお声かけください」そう丁寧言って出ていこうとする。
「待って」俺は、真奈の左腕を座りながら握って止めると彼女はこちらを向く。
「慶喜様、感謝いたします。ですが、ここはどうか」俺が言おうとしていたことを見越してそう伝えてくる。彼女には俺の考えなど御見通しなのかもしれないな。
「分かった」そう言って、手を離すと2階へと上がっていく。
「本当にメイドと仲がいいんだね、慶喜君は」
「メイドさんと仲がいいんでは無くて、真奈と仲がいいだけだけどな?」
「へぇ〜、好きなんだ?」
「まぁ、そうだな」俺たちの話などいざ知らず、望は食事を始めるので、他のみんなは合唱をし食べ始める。
「へぇっ!?」胡桃がまだ俺をオカマのノリをしてくる。
「人として好きなんでしょ?」トマトを食べながら芹香が聞いてくる。
「………まぁそうだな」そっからは、料理の味が美味しかったことや高校の雰囲気などを話しながら料理を食べ終わったので、俺は2階にいるであろう、真奈を探しに出かけた。
2階へ登ると、11個ほどの部屋が並ぶ。そのうちの2つは、すぐにトイレだと分かる。その一つに明かりが灯っているので部屋の前に来る。ネームプレートには『メイド』と書かれてある。
「なんで………真奈って書かないんだよ……」彼女に聴こえるかもしれないが呻いた。こうも彼女は頑張っているのに………なんでだよ。
俺は、ノックを3回ほどする。中からは、返事をして急いで引き戸を開けてくる。
だから、俺は彼女の肩を掴み、部屋へ押し込む。
「慶喜様!?」可愛らしい瞳が俺の心を揺さぶってくる。
部屋の中は本当に質素で段ボールを解体して中身を出しているがあるのは本ばかり。それも趣味や娯楽の本では無く、勉強本や料理の本や掃除道具のカタログなど同い年には思えない内容だった。
ベッドとローテーブルに机、時計と本棚。そんなシンプルな部屋だ。机の上には、ノートとペンが置いてあり、先ほどまで何かを書いていたのだろう。そして、机の奥の方にはノートパソコンも一台閉じて置いてある。
「真奈っ、もう君を縛り付けるものは無いぞ?もっと素直になれば……」彼女の不安そうな顔を見て俺の心がざわつくのは身勝手なのだろうか?
「……………ありがとうございます。でも、私はメイドで明智家に支えている身なので………」業務的で、その様なことを俺に言われた時に言い返すマニュアルみたいで少し心がグサッと痛む。
「………その主人が言ってるんだ。真奈、普通な高校生になろうよ」彼女の柔らかくも、しなやかな肩を掴んで少し膝を落として同じ目線になる。
「慶喜様は、明智家の当主様ではございません……………だから、その言葉が命令であろうとも言う通りには出来ないのです」俺の目をしっかりと見てその追随して来た言葉をすぐさま真奈は否定してしまう。
「でもっ……でもさっ…」感情が露わになったのか目を閉じながら俯き、訴えかける。
「…………慶喜様は優しいから、私を見てくれるんですよね」……だったら、君の世界には俺しか見えていないのか?俺が世界なのか?屋敷にずっといて、小中も俺と同じ学校だけれど、他の人とは話さず、少人数のクラスへ行き、いつも1人で帰ればメイドのお仕事をして。
「違う、俺はっ…………」今まで溜め込んでいた想いが、地面から温泉を引き当てたようにバァーと溢れ出てくる。
だから彼女の瞳をしっかりと捉える。
その瞳は『だめ』と言っているように思えた。
俺は、彼女の肩から手を離して、伝えようとしていた言葉を切り替える。
「真奈が居なかったら、人生つまらなかったよ。ありがとう、真奈」
彼女を傷つけてしまう言葉かもしれない。
泣いてしまう言葉かもしれない。
胸が締めつけられる言葉かもしれない。
でも、今伝えれる最大限ギリギリの言葉を伝えた。
本当の気持ちを伝えたとして、彼女にはまだ届かない気がした。
こんな自分勝手な想いを一方的に伝えても彼女にとっては心を痛めることになってしまうかもしれない。
絶対に彼女が困ってしまってメイドとして失格と思ってしまうことは伝えれなかった。
「あっ……ありがと………ござ..います……すみません……後ろ向いて…いいですか?」その言葉を聞き俺の方がすぐさま後ろを向く。
彼女は、俺にしがみついて泣かないだろう。
しゃがみ込んで泣いてしまうだろう。
声を殺して泣いてしまうのだろう。
すぐに泣き止もうとハンカチで目元を抑えて、口に当てるだろう。
だけど、そんな身勝手すぎる彼女の像はすぐに消え去った。
「……泣きませんよっ、私」後ろから掠れた声だが、力強い言葉だった。
振り返るとポタポタと涙を流しているがニッコリとこっちを見つめる美少女がいた。
「泣いてるじゃん?」
「涙が出ていても苦しそうじゃなかったら泣いてるうちに入らないと大切な人から聞きました。それは、笑ってるんだって」誰から教えてもらったのか謎の教えを俺に教えてくる。
今もポタポタと流れているが、流暢に話している。だから、ポケットにあるハンカチを彼女の目元に翳そうとする。
その寸前で。
「今日、お手洗い行かれました?」俺は、その言葉を聞きスッと何もなかったようにポケットにしまう。
「2回ほど」
「……………泣いていいですか?」
「…………」
自分のハンカチで目元に溜まっている涙を拭き取り、目元がまだ少し赤い真奈が『行きましょっ』と言い、下へ誘導してくる。
「何があるんだ?」
「………何故こうも道玄坂家と関わりのある皆さんが集まったと思います?」
「親睦を深めるってことでは無さそうだな」真奈と横になってドアの前で話し込む。
「…………あの方がどこまで考えているのかは分かりませんが、本質は別にあるような気がします」シェアハウスで、6人みんな仲良く暮らしてハッピーエンドというわけでは無いらしいな。俺は、それでいいのだけど。
「それを今から発表ってわけか」
「はい」
「仲良くさせて置いて、殺し合いとか物騒なやつじゃ無いだろうな?」
「であれば、真っ先に慶喜様が殺されますね」ニコニコとしながら物騒すぎる言葉を口にする。
「……………なんか本当にそういう展開になりそうで怖いから、早く降りよっ」
「承知しました」俺の後を歩き、俺が歩き終わったタイミングを見計らって電気を消してくれる。
リビングへ着くとグターッとみんながソファーに座っている。食器はテーブルの上に置いたまま。それをすぐさま真奈が俺以外の食器を全部台所へ持っていく。俺は、食べ終わった時にチャッカリと持って行っていた。
「メイドさん、さっき重大発表って言ってたけど何があるんだい?」
「はい、千明様。では、そちらのローテーブルの引き出しに封筒が5通ずつあると思いますので、お手数ですがそちらを皆様にお渡しください」真奈がひょこひょことこちらに来て、どの引き出しかを伝えるとそこから5通の封筒が出てくる。
そこには丁寧にも5人それぞれの名前が書いてある。それを千明がソファーに座っている俺たちに渡していく。
「中身を見ればいいのかい?」左手に封筒を持って真奈に聞く。
「はい」
中を見ると1枚の写真が入っていた。
写真を見ると明智家に入る前の薄汚い俺がいた。1人で明智家の前に立ち、無愛想な顔で少し俯き撮られている。もうこの時の記憶は当然無い。なんたって、物心つく前で3、4歳ぐらいだからな。服装もT-シャツと短パンを履いているも明らかにこの大きなお屋敷とは不釣り合いだな。
そんな写真を封筒へ戻す。
「昔の私ってこんな不恰好だったのね」芹香がそう見て欲しいかの様に呟くので堂々と覗こうとする。
「あなたに子供の頃の写真見られるの嫌なのだけど?」写真を咄嗟に俺の視界から隠す。
「いけ、望!今だ!」そう望に発するが芹香の隣にいる望はぼーっと写真を食い入るように見つめていた。
………そうか。
俺たちよりも壮絶な幼少期を過ごしていたからな。
望は、2歳で日本語を大人達と流暢に話せたと言う。勿論、望が自称で言っているだけだが。そして、3歳の時に山奥に捨てられた。おそらく実の両親からすれば遺棄して望を帰らぬ子とさせたかったのだろう。だが、望はその山で1人生き残った。
小さな山だと誰かに見つかったり、下山することが可能性としてありうるためかなり大きな山脈に遺棄した。だから、望は1年半を山の中で暮らしたと言う。
正直、信じられない話である。大人であっても山で1年半生きるのは至難の業だろう。だが、それを望は生き延びたのだ。
だから、望はその時の野生児の自分を見てなんとも言えない心境なのだろう。
俺は、頭を切り替えて励ます言葉を繋げようと思うが、すぐに呆気にとられる。
「おい、こいつ。どんだけ食ってんだ!?羨ましいな!」俺は、恐る恐る望が持っている写真を覗き込むと、俺みたく家の前での写真ではなく、1人ご飯をモリモリ食べている写真だった。
食べ終わったであろう食器が10皿ほど写真に写っている。写真に写る望は野生児ではなく、10歳ごろの小綺麗な身なりをしてご飯を口の中に掻き込んでいる。
「…………………真奈っ、これが重大発表では無いだろ?」真顔になり、俺は先ほどのソファーに座る。その時も芹香は俺が盗み見るのを警戒していたが、当然真っ白くなった俺の頭はそんな事を既に忘れていた。
「おっしゃる通りです。今見て頂いたのは、皆様の過去です。この過去をより一層知りたいと皆様は思っていらっしゃいますか?」ソファーに悠々と座り込んでいる俺たちをヒュルリと見回す。
「それは知りたいけれど。さっきみたいな写真とかは要らないかな………」おそらく皆が思っていることは、写真と言った道玄坂家……名家で暮らしていた日々を知りたいのではなく、自分がどこで生き、誰の子だったか?ということだろうな。
「私は……写真でも嬉しいけど………それより違うことだったらそっちの方が嬉しいかも」写真が入っている封筒を見ながらポツリと胡桃が呟く。
「皆さんの過去をこの写真以上に知るチャンスを発表させていただきます」
「はっ!?どうせ、これ以上に昔の写真とかだろ?」望が写真を持ち上げて、表裏を見つつ、愛想なくぼやく。
「いえ、道玄坂家が資金をはたいて、みなさんの家族・出身や何から何までを把握したそうです。その情報を今回知れる課題のようです」
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