第4話 日常はきっと焦げ臭い

 ガラッと洗面台のところへ入ると乾燥機付きのドラム洗濯機がドンと横に備え付けられている。また、すりガラスになっている下着を収納する棚も用意されているが、明らかにオレ用に用意されたであろう棚がポツン見窄らしく置かれている。彼女達の棚にはご丁寧に中身を見れないように真っ白のボックスまで付いているにも関わらずだ。

 どうやら、彼女達と一緒の棚にするとオレが下心の誘惑に負けて覗こうとするのを防止するためだろうな、良く設計できている。ここでそんな破廉恥でゲス行為をすれば御縄になるからな……ばあや辺りががそう働きかけたのかもしれない。

 屋敷の時は、オレ専用の風呂場だったから真奈の下着を見てしまうなんてイベントは起きなかったが………起きるかもしれない……ゴクリ。

 

 洗面台も申し分のない広さで五人が一斉に入っても鬱陶しくはないだろう。だが、屋敷の洗面台の三分の一ぐらいだから小さく感じてしまうが慣れてしまえば気にならなくなると思いたい。


「風呂場って覗いたか?」後ろにひょっこりと佇んでいる櫻井さんに振り向きながらコミュニケーションを取る。

「まだ、見てないよ。でも、家全体が綺麗だから掃除しなくても良い気がする」真面目っ子かと思いきやサボりの提案をしてくるのが意外でクスッと笑いが漏れる。


「……だめだっ。耳の掃除大好き人間が『綺麗にしなさい、この耳みたいに!』と駄々こねるからな」そう軽口を叩くとふっと笑ってくれる。これを鉄板ネタにしようかと思うも、耳が綺麗だからか地獄耳の女の子がガラッと洗面台のドアを開ける。美しい容貌だが、ピキピキと効果音を奏でそうなほど眉毛を顰めており、若干頬が赤ている。寒がりと聞いていたんだが、暖かそうだ……どうやら、彼女の冷えを解消することに貢献できた……かな?


「聞こえてるわよ。早くしなさい」そう抑揚のないまるで先生のようなセリフを吐き、サッとドアを閉める際に、オレに向かって絶対零度の如き眼光を放ってきた。

 その場の笑いは一瞬にして消し去られてしまい、ボリボリと頭を掻いてしまう。

「………じゃあ、やるか」

「う、うん」先生に怒られたくないというはやる気持ちを抑えつつ、ブレザーを脱いで洗面台に置き、シャツを捲る。


「ちょっと待ってな、今スラックスから短パンに着替えるから」真奈がそうなることを先んじて用意してくれていた短パンへと手を伸ばす。ただ、その動作をぽかんと眺めてくるので言葉を紡ぐ。

「あの〜、あっち見ててくれるか? ........それにブレザー脱がないのか?」

「あっ、ごめん」頬を一瞬赤らめながら後ろを向いては、早速ブレザーに手を伸ばすのでオレも急いで前を向き、短パンへと着替えようとする。

 であるからだろう、背徳感が俺を包み込みドキドキと胸がざわめく。

 『今後ろを振り向けば……』そんな心の声が湧き上がってきたので、ブンブンと頭を振り甘い誘惑を打ち消す。女子がブレザーを脱ぎシャツ一枚になる瞬間に色香を感じるのはオレだけなのだろうか……。


 短パンへと着替え、ブレザーと同じところにスラックスと靴下を置こうとするも先に胡桃のブレザーが綺麗に畳まれて置かれており、その上にちょんとリボンが乗せてあるので手が止まり、自分の棚に入れ込む。こういう計算無しの天然さが一番クルんだよな……計算じゃないよね!?

 ゴム手袋をしっかりと装着し、近くに置いてあった慣れ親しんだ珪藻土バスマットを風呂場の前に置く。


「じゃあ、大丈夫か?」後ろを見ずに確かめる。もう問題ないことは分かりきっているが一応な?

「う、うん。いいよっ」その返しを聴き、振り返る事などせずに中へと入り込む。


 白面の世界が俺の目に広がる。思ったよりも広々としており厳かな風呂場が目の前に広がる。シャワーが二つほど付いており、浴槽は四人ほどが入れるぐらいの広さがあって十分だろう。

 本来はこの大きさでも支障はない。だが、屋敷にいた頃は、大理石で漆黒に包まれた風呂場で此処のリビングほどの広さがあった。快適さなどを追求したものでは無く、タダの単なるお金持ちの道楽じみた風呂場。

 今、過去を振り返ってみるとそんな感想を抱くがあの頃はそれが居心地良かった。自分を支えてくれる存在の大きさを実感できたからそう感じたかもしれないな……、自立か……まだまだ遠い道のりになりそうだな。


「やっぱ何もかも今まで暮らしと違うねっ」俺の右横からひょっこりと裸足の女の子が出てくる。シャツ一枚で袖を捲って、華奢な体つきだが、出るところは出ており異性を意識してしまう。


「どうしたの?」自分が見られているので不思議に思ったのだろう、俺にあどけない表情を向けてくる。

「いや、色白だなって……ぁ」彼女の透き通った滑らかな肌を見て本音を伝える。多分、一般女性に対して言ったら『はっ? キモイんですけど?』って言われただろうなと思ったのでお口をチャックにする。


「……ありがとう。明智君は良い感じに焼けてて羨ましいかな」別にワザと焼いているわけじゃないが、彼女の白さに比べるとそう感じてしまうのか。

 意外な言葉とうっとりした表情になるので、俺はたまらずチャックを全開にする。

「おっ、異性を意識したなっ?」冗談めかした口調で話すも彼女は何か考えたように微笑んで話し出した。


「…櫻井家って女性しかいないの。………小・中も女子校で男の人ととの免疫がないから、そうなっちゃたかも」ハニカミながら自分が男の人接したことがないことを告白する。

 女子校と自宅を行き来する生き方をした彼女にとって男性は未だ境界線が定まっていないようだ。であるからして、オレが男性像の定義を決定づける大事な存在かもしれない……今後の人生における男性への偏見を植え付けないようにしないとな。

「…良いなっ女子校。オレも入りたかったよ」

「明智君女装したら可愛くなりそうだから、いけるかもっ」なぜかトーンを上げて俺の冗談を本気っぽく返す。

「…綺麗になるため掃除をするわっ、私っ」上を向き、右手に持っていたスポンジをぎゅっと握る。

「オカマなの?」


 磨いた浴槽やタイルに温水のシャワーを丁寧にかけていく。もちろん、掃除をする前に換気をしてから。それなりに風呂場内の汚れをゴシゴシと落としていることや密室で湿度が高くなっているからだろう汗をかいていた。


「気持ちいね、暖かい水って」それをフリだと思ったのでシャワーの人差し指近くになる水をオン・オフするボタンを押して、胡桃の胸元にシャワーを向ける。当然出ないが、胡桃が目を瞑る。

「あっ、あれ?」自分に水が掛かっていないのを手で身体を確かめる。その手つきが女性らしい体の曲線を際立たせているので少し色っぽい。


「さすがのオレでもそんな外道はしないぞっ」

「そうなんだ…………男の子ってそういうのやるのかと思ってた。やっぱ、オカ」

「待て待てっ!! そういうキャラ付けをするな! 頭キレるキャラでやってくつもりなんだからさっ」濡れたシャワーを置き、掃除が無事に完了する。


「えぇ〜、オカマキャラが私は好きなんだけどなぁ〜」

「………アニメとか漫画が好きなのか?」オカマキャラなやつとか普段いないだろうに好きとか言うのはそう言った趣味を持っている人が吐くセリフだ。

「……………みんなには言わないでね?」恥ずかしそうな物言いではなく、はらはらしている。


「隠すことではないと思うが、分かった。その代わりと言ってはなんだが……オカマだということは内緒な?」口に人差し指を当てて秘密の共有を持ちかける。

「やっぱ、オカマなんだ!? やった!」どうやら、冗談が望とは違った意味で通じないらしい。だが、その嬉しそうに悦に入っているのを見て、水気が無くなったスポンジのように心が弾んだ。

 オカマ扱いされてボールのように弾んだみたいな表現できるかぁ!!



 水で濡れたところを拭きながら裸足の2人がリビングへと入っていく。フワッと焼焦げた匂いが俺たちの頭上にふわふわと浮遊していた泡を弾けさせる。


「ねぇ、望君。もう、フライパンをあげるか火を消さないと!」千明がフライパンを握ったままでいる望に向かって慌てた様子で隣から助言……というよりテンパっている。

「まだ、肉がウェルダンになってない!」フライパンを持つだけで、菜箸すら握っていない。それでひっくり返すのは、素人にはできないだろう。


「焦げてます!お嬢様!」そんな笑って良いのか心配になれば良いのかわからないキッチンへ向かう。薄い牛肉しか買っていなのに焼き加減もないだろっと思っていたが案の定焦がしていた。


「なぜ、望に料理させたんだ?」真奈に向かって問いかけると、後ろを振り向き軽くお辞儀をする。

「お疲れ様でございます。……それはですね、望様が料理できると豪語しまして、仕方なく………包丁を使うのは千明様にしていただきましたが……」まだ望という人間を全然理解していないようだな。俺は、そっとIHの電源を切る。


「望、ウェルダンじゃなくて炭なってしまってるぞ?」フライパンで焦げ焦げになっている肉たちを見つめる。

「違うっ、こいつらが! 騒ぐからタイミングが掴めなくて………」しょんぼりとした表情を覗かせる。いくら望とは言え、食材をダメにするのは落ち込むだろう。


「望。人には、当然役割ってものがあるだろ?」役割は、人によって様々だ。この分業化社会を生き抜くためには必須のスキルとも言えるな。

「役割?」俺の顔を眉間近くの眉毛を上げて見てくる。


「そうだ。君は料理をするなんてことでも、掃除をするなんてことでも、お使いをするってでもない。望がすべきことはこのみんなの雰囲気を良くし、明るく照らすことだと思うんだ。俺には持っていない、いつだって欲しがっているのものだ。だから、その役割を担えるのは望だけだと思う」みんなが黙って俺の言葉に耳を傾けてくれた。


「そっか。分かったっ、椅子に座って待ってる」そう言うとテーブルの方に向かっていく。今の俺の発言を聞き、どう思っただろうか?ここを治める為に即興で作った話だと思うか、俺の本心からの話だと思うか、望に対してのテンプレ台詞と思っただろうか。どちらにせよ、これで良い。


「慶喜様、私がご迷惑をお掛けしたせいで望様を傷つけてしまいました……」惨めだと自分を責めているのか俺の顔を見ずにいる。真奈はいつも自分の強く責めてしまうほど自責の念が強い。

「違います、メイドさん。僕の監督ミスだよ。料理を2人でしていたんだからね」そう千明は優しくフォローする。

「お心遣いありがとうございます。千明様………失礼しました。では、続きをしましょう」いつもの柔らかい表情に戻って千明の斜め後ろに着く。


「じゃあ、肉は俺が焼くか?」フライパンに触れようとするも千明が『だめっ』と言う。

「なんでだよっ」素人が素人に口を出すという面白い構図となった。

「今日は、僕が担当するんだから。君は椅子に礼儀正しく座っている子たちと話して来なよ」リビングのテーブルを見ると3人が集まって何やら話している。その光景を見て軽く頷き、そちらへと向かった。

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