第17話 救出作戦

「さぁ、歴史に名を遺すぞ!」

「まったく、こっそり忍び込むんじゃなかったのかよ!」

 前向きな葉隠先輩とは対照的に、雅春の奴は不満たらたらだ。

 銀色に輝く鎧を身に着け、黒光りする短槍と各自の愛刀を携えた俺たちは、破壊の限りを尽くされた宇宙港の離着陸床の上を急いでいた。

 宇宙港の床自体に亀裂が入り、穴を穿たれているうえに、周囲には俺たちが破壊した様々な艦艇の残骸 ―熱で溶けた金属片や黒く変色した合成樹脂の塊― が転がっており、行く手を阻んでいた。

 もしも空気があれば、あちこちに炎や煙が上がっていたことだろう。

 唯一の救いは人工重力が働いていたことで、残骸は空中を漂うことなく静かに床の上に転がったままだったし、俺たちは普通に走り回ることもできた。

「はぁ、どんだけ走ればいいんだよ」

「ガタガタ言うな!」

 武者小路雅春が言っても仕方のない愚痴をブツブツつぶやいていたので、瓜生副長が語気荒く叱責した。

「こっちデス!」

 俺たちの先頭に立って道案内をしていたのは、この移民船の住民であるシャルロットだ。

 俺たちが日本の中世の鎧武者のような恰好をしている中、シャルロットだけは、もともと自分が着用していた銀色の宇宙服姿だった。

 当り前のことではあるが、武器も携えていない。

 彼女は円形の宇宙港の外縁部に俺たちを誘い、『〇二』と黒い数字の入った灰色の鉄製の扉の前に立った。

 扉の横についている大きめのテンキーボードに数個の数字を打ち込み、扉を開ける。

 恐らく作業員用の暗証番号付きのエアロックだ。

 俺たちは、今後のこともあるのでその暗証番号を必死で記憶した。

 オレンジ色のライトが灯るエアロックに俺たち七人全員が入り、気密を確保する扉が閉鎖されると、轟々と空気が入ってくる音が聞こえてくる。

 音は、気圧の高まりとともに次第に大きくなっていた。

「いろいろ詳しいんだな」

 俺はシャルロットに向かって、つぶやいた。

 シャルロットの宇宙服の通信装置は俺たちの宇宙服と通話ができなかったが、空気が満ちてきた今の段階なら、通信装置を介さなくても外部スピーカーで会話ができるはずだと思った。

「Eランクの人間は、いろいろ雑用を命じられるデス。高度、専門的な仕事はヒューマノイドが担当して、清掃とか、部品交換とか、在庫物品の補充とか、単純な作業は私たちがみんなやってたデス」

「随分、惨めな境遇だな」

「それにしても大丈夫? 私たちに協力したのがバレたらまずいんじゃないの?」

 赤井先輩が俺とシャルロットの話に割って入ってきた。

「艦隊を指揮するマザー・コンピューターは、さっき私のことをあっさり殺そうとしたデス。少しぐらいは仕返ししてやりたいデス」

「ふうん」

「でも、あんまり期待されても困るデス。お仲間を助け出したら約束通り、私のことは無事釈放してほしいデス」

「約束する」

 瓜生副長が重々しく宣言すると、オレンジ色のライトが消え、代わりに白色灯が灯った。エアロック内部とこれから入ろうとしている移民船内部の気圧差がなくなったはずだ。これで、エアロックから安全に出ることができる。

「では、案内を頼む」

 瓜生副長がシャルロットに話しかけたのを合図に、俺たちはエアロックを出た。

 エアロックを出てすぐの場所は灰色の狭い通路で、おまけに途中二カ所ほど気密隔壁が用意されていた。事故発生時を想定した安全区画なのだろう。

 もしも、ここで敵に襲われたら、一度に一人づつしか戦えない。

 俺たちは不安にさいなまれながらも、急いでその区画を通過した。

 不安を感じさせる区画はすぐに終わりエレベーターホールのようなところに出る。

「正面のエレベーターで二つほどフロアを降りれば、お仲間が収容されている隔離施設デス」

「非常階段はないのか?」

 ボタンを押し、エレベーターに乗ろうとしていたシャルロットを瓜生副長は制した。

「どうしてデス?」

「こいつは当然コンピューター制御だよな」

「はいデス」

「だからだよ」

 瓜生副長は丁寧に説明しなかったが、コンピューターが俺たちの侵入に気付き、俺たちを排除するために、エレベーターのゴンドラの中に閉じ込めたり、希望しないフロアに連れていく恐れがあった。

 結局、俺たちは、かなり離れた場所まで移動し、非常階段で二階層降りた。

 もともとのシャルロットの話では捕虜が収容されている場所は宇宙港のすぐ近くということだったが、実際にはかなり時間がかかりそうな雲行きになってきた。

 嫌な予感がする。

 そもそも敵地に潜入して捕虜を救出するというのは、かなり無理のある話で、成功のためには迅速な行動が不可欠だった。

 非常階段を降りて階段室の扉を開けると、そこは数十メートル四方はあろうかと思われる広いホールになっていた。

 床も壁も乳白色で、天井は数メートルの高さだ。

 その高い天井には白い色を放つ照明がふんだんに配置され、数十メートル先の壁には、グレーがかった青い扉が数メートル間隔でいくつも並んでいた。

 悪いことに、十数メートル離れたホールの中央部分で、身体にぴったりフィットした銀色のボディスーツ姿の二人の男がこちらを向いて立っていた。

 そのため、階段室の扉を開けた瞬間、いきなり目が合った。

 これではごまかしようがない。

 男たちはヘルメットを被っておらず、肌は白く、頭髪は銀色だった。

 長身で均整の取れたスタイルで、それぞれ多少顔の造りは異なるものの、ともに彫の深い整った顔立ちをしていた。恐らくヒューマノイドだ。

「ちっ!」

 瓜生副長は舌打ちをすると、短槍を足元に置き、腰の大刀を引き抜いて突進した。

 葉隠先輩も左右の腰の小太刀を両手で抜き、二刀を下げて瓜生副長の後を追う。

 俺と雅春は槍を携えたまま、慌てて二人を追いかけた。

 小夜と赤井先輩はシャルロットを庇うように前に出る。

 銀色の男たちは警告なしに右手に握った拳銃を副長たちに向け、引き金を引いた。

 レーザー光が煌めき、瓜生副長と葉隠先輩の鎧の表面で光が弾ける。

 特殊な塗装を施された銀色の鎧は、二人をレーザーの刃から守り、代わりに床や天井にダメージを与えた。

 戦艦の中でヒューマノイドと戦ったときと同じ展開だ。

 レーザー銃は怖くなかった。

 問題はヒューマノイドの達人クラスの体術だ。

「チェスト!」

 雄たけびとともに片方の男に襲い掛かった副長は、しかし、相手に何もさせなかった。初太刀で相手を袈裟がけに斬り伏せる。

「キエィ!」

 葉隠先輩の方は、刀をかわして突き蹴りによる反撃に移ろうとしたヒューマノイドに、両手の刀で息つく暇もない斬撃を浴びせかけ、腕を斬り飛ばし、膝を斬り、喉笛を切り裂く。

 俺、雅春、小夜、艦長の四人がかりでようやく倒したヒューマノイドを副長と葉隠先輩の二人は一対一の戦いであっという間に葬り去った。

「すごい」

 ヘルメットの通信装置越しに小夜のつぶやく声が聞こえる。

 俺も剣の腕に多少の自信を持っていたが、二人の腕前は桁外れだ。

 シャルロットの乗っていた戦艦に侵入したとき、副長の組が一人の犠牲も出さず、コントロールルームに辿り着いた理由に、今更ながら納得がいった。

「まずいわ」

 やることのなくなった俺と雅春が突進をやめた瞬間、赤井先輩の声が全員に警戒を促した。

 素早く周囲を見回すと、あちこちの扉から十数人の銀色の男たちが現れ、俺たちの方に集まってくるところだった。


 気持ちが悪いくらい似たような体型、似たような容貌の男たちだった。

 厄介なことにレーザー銃が無効であることを学習したらしく、手に一メートルほどの長さの黒い棒状の獲物を携えている。

 おまけに俺たちを遠巻きに取り囲み、徐々に包囲の輪を狭め始めた。

「狩りの仕方が分かってるじゃないか」

 瓜生副長はそうつぶやきながら、大刀を蜻蛉に構える。

 葉隠先輩が二刀を下段に構え、俺、雅春、小夜、赤井先輩は、黒光りする高周波ブレードの槍を相手に向けて半身に構えた。

 六人は背中合わせに輪をつくったが、シャルロットは床に置いてあった瓜生副長の短槍を拾い、俺たちの出てきた非常階段の階段室に向って走り始める。

「おい!」

 雅春が怒鳴り声をあげて呼び止めたが、彼女は振り返りもせずに階段室に消えた。

「あの野郎!」

 雅春は悪態をついたが、瓜生副長をはじめほかのメンバーは何も言わない。

 俺も、シャルロットに対して怒りのようなものは感じなかった。

 所詮、彼女とは敵同士で、俺たちに捕えられていただけだ。

 チャンスがあれば逃げ出すのは当たり前だ。

 ともかく、俺たちにはシャルロットにかまけている余裕はない。

 男たちは包囲を狭め、槍の間合いに迫ってきた。

「!」

 間合いに入った瞬間、俺は鋭く槍を繰り出したが、目の前の敵は身体をのけぞらせて間一髪でかわした。

 素早く槍を戻すと、それに応じて間合いを詰めてくる。

「ちっ!」

 槍を短く持ち、相手の足元に繰り出した。

 相手は棒状の武器で槍の柄を横に払う。

 鈍い金属音が響き、重い衝撃が槍を通じて両手に伝わった。

 相手の黒い獲物は、三、四センチの直径しかなかったが、鉄パイプなどではなく、中身が詰まり密度の高い金属製の棒だ。

 ヒューマノイドたちは軽々と振るっていたが、重さ三、四キロはあるだろう。

 極めて危険な鈍器であることが容易に想像できた。

 俺は横に払われた勢いのまま槍を振り上げ、相手の脳天に振り下ろした。

 相手は棒で槍の柄を受け流すと、棒をくるりと回転させて、がら空きになった俺の首筋に横殴りの一撃を叩きつけようとする。

「かっ!」

 俺は下がってかわそうとせず、そのまま前に突っ込んだ。

 槍を握ったまま体当たりして、相手のバランスを崩した。

 そして、槍を捨てる。

 慣れない武器よりも扱いなれた刀の方が信頼できることを悟ったからだ。

 事実、副長も葉隠先輩も、それで戦果を挙げていた。

 俺は居合の要領で抜く手も見せずに、相手の首を切り裂く。

 槍を捨てる動きに注意をそらされていた相手は、虚を突かれて見事に俺の攻撃を食らった。

 首の切断面から金属の配線をさらしながら、相手は動きを止めて横倒しに倒れる。

「きゃっ!」

 その瞬間、横で小夜の悲鳴が聞こえた。

 視線を移すと小夜の槍が相手の棒の一撃でへし折られていた。

「小夜!」

 俺は小夜を庇うように前に出ると、小夜の相手に斬りつけた。

 相手は俺に肩口から胸にかけて切り裂かれながらも、金属棒で俺の胸を突く。

「がっ」

 一瞬、息が詰まり、衝撃で心臓が停まるかと思った。

 そして、事実、俺は相手の攻撃で身体の自由を失った。

 一方、相手は胸のあたりで火花を散らし、小さな蛇のような電流が肩口でのたうっていたが、動きを止めるには至らない。

 緩慢な動きで俺の脳天に向かって危険な鈍器を振り上げた。

〈やられる!〉

 奥歯をかみしめた瞬間、相手の首に次々に棒手裏剣が突き立った。

 相手は鈍器を振り上げた態勢のまま、根元を切られた樹木のように後ろに倒れる。

「死なせない!」

 小夜が彼女らしくない叫び声をあげた。

 そして、俺のすぐ横に来ると俺を庇うように周囲の敵に目を配る。

「大丈夫? 賢人」

 多少切迫していたが、その声はいつもの調子に戻っていた。

「ああ」

 俺の身体は胸を突かれたダメージから徐々に回復し、自由を取り戻した。

「ありがとう。小夜」

「うん」

 小夜の声は、少し嬉しそうだった。


 俺と小夜がそんなやり取りをした後も、残念ながら戦闘は続いた。

 俺たち六人はすでに数体の敵ヒューマノイドを葬っていたが、敵は次々に増員を図っていく。

 今のところ俺たちは全員無事だったが、相手は数に勝るうえ疲れというものを知らない。

 おまけに、日本刀という武器や俺たち六人のそれぞれの戦闘スタイルを学習しつつあった。

「チェスト!」

 瓜生副長の斬撃はすさまじく、一撃で相手を葬っていたが、副長に対するマークはどんどん厳しくなり、彼一人に同時に複数のヒューマノイドが襲い掛かるようになっていた。

 今も三体のヒューマノイドが、ジリジリと間合いを詰めている。

 俺たちも、それぞれ別のヒューマノイドの相手をしており、副長に加勢することはできなかった。

 三体は正確に同じ間合いを保って近づき、副長の攻撃を待っているようだ。

 副長の斬撃がいかに苛烈だといっても同時に三体を斬り伏せることはできない。

 嫌な予感がした。

「チェスト!」

 副長が中央のヒューマノイドに斬りかかると、左右のヒューマノイドが同時に副長に襲い掛かった。

 中央のヒューマノイドはかわす素振りも見せず、袈裟懸けに斬りさげられた。

 副長の動きが一瞬だけ止まる。

 その瞬間、副長は頭と足を左右から同時に殴打された。

 さすがに、かわすことはできなかった。

「副長!」

 副長は横倒しに倒れ、二体のヒューマノイドが副長の頭に、背中に、鈍器を打ち下ろす。

 ヘルメットが砕け、そこから血があふれた。

「副長!!」

 両手に小太刀を握った葉隠先輩が、正面のヒューマノイドに斬撃を浴びせかけ葬ると、副長の下に駆け寄った。

「うおぉ!」

 俺と小夜も目の前のヒューマノイドに猛攻をかけ、後退させる。

 葉隠先輩は颶風と化し、副長を殴打することに集中していたヒューマノイド二体に襲い掛かった。

 首を腕を足を斬り飛ばし、人とは思えない雄叫びをあげながら動かなくったヒューマノイドにも剣をふるい続ける。

「副長!」

 ヘルメットの中に雅春の悲痛な声が響いた。

 さらに追い打ちをかけるように、周辺の扉から新手のヒューマノイドがさらに十数体現れる。

「もう、だめよ」

 赤井先輩の絶望に打ちひしがれたつぶやきがヘルメットの中に聞こえてきた。

 俺も息が上がり始めている。

 腕が重く、足も鉛のようだ。

「賢人」

 小夜がつぶやきながら、俺の背中に自分の背中をくっつけてきた。

 窮地ではあったが、心が少し暖かくなったような気がした。

「最後まで一緒」

「えっ?」

 小夜のセリフを聞き直そうとした瞬間、正面のヒューマノイドが突然倒れた。

「?」

 異常を見せたのは、目の前のヒューマノイドだけではない。

 俺たちを取り囲んでいたヒューマノイドは、皆、動きを止め、倒れ、膝をついた。

「どうしたんだ!」

 葉隠先輩が疑問の声を上げたが、体力と精神力の限界に近付いていた俺は目の前の危機が去ったことに、ただ安堵した。

「ともかく助かった」

「でも、なんで助かったの?」

 俺の後ろで小夜も不思議そうにしていた。

 俺たちの疑問は、非常階段の鉄の扉が開くことで解消された。

「間に合ったデスか?」

 現れたのは逃走したはずのシャルロットだった。

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