第18話 捕虜解放
「どういうことなの?」
「皆さんのために、下のフロアーに行ってパイプスペースのネットワークケーブルをこいつで切断してきたデス」
赤井先輩の質問に、シャルロットは高周波ブレードの短槍を振って答えた。
「それで、どうしてこうなる?」
葉隠先輩が床に転がるヒューマノイドに向けて顎をしゃくる。
「こいつらは、マザー・コンピューターと無線ネットワークで情報のやり取りをしながら動いていますデス。ネットワークがダウンすれば役立たずデス」
「戦艦にいたヒューマノイドもそうだったのか?」
「あれは戦艦に搭載されたメインコンピューターが操っていたデス。広い宇宙では通信遅延が発生して、ここのマザー・コンピューターからの指令で動いてたら使い物にならないデス」
「そうか、軍艦では、それぞれ独立した人工知能がヒューマノイドを動かしているのか」
「ともかく間に合ってよかったデス」
シャルロットは得意げな表情を浮かべていたが、俺たちは手放しで喜ぶ気持ちにはならなかった。
「おせえよ! 馬鹿野郎!」
みんなの気持ちを代弁して、雅春が毒づく。
「えっ?」
「副長が殺された」
意外そうな表情を浮かべるシャルロットに、俺はみんなの心に巨大な影を落としている事実を告げた。
「そうデスか」
得意げだったシャルロットが急速にしぼんでいくのがわかった。
「ところで、どうして、そこまで協力する気になってくれたの?」
小夜がじっとシャルロットの目を覗き込む。
「言ったデス。私を殺そうとしたマザー・コンピューターに仕返しがしたかったデス。それに人間が人工知能に支配されていない、あなたたちの世界に興味をもったデス。あなたの幸せの秘密も知りたいデス」
シャルロットは浅黒い顔を小夜に向けて、うっすらと笑顔を浮かべていた。
強行偵察艦『霞』の乗員が捕虜として収容されていた場所は、俺たちが死闘を繰り広げた場所から一〇〇メートルと離れていなかった。
閉鎖された区画の扉を開けて中に入ると、廊下に面して鉄格子が並び、中の様子が一目瞭然だ。
コンクリートの壁と鉄格子で区切られた牢屋の様なつくりの部屋が、廊下の片側に十数室並び、一つの部屋に一人づつ収容されている。
「なんだ?」
中の一人、やせた色黒の男が鉄格子にしがみついて俺たちに注意を向けた。
「大和皇国の者だ! 助けに来た!」
葉隠先輩が大声を上げると、隣の部屋の鉄格子の隙間からニキビ面のぽっちゃりした顔が現れた。
「その声は、葉隠か!」
それは『朧』の火器管制担当だった井上勲先輩だった。
「井上!」
「井上先輩!」
俺たちは高周波ブレードの短槍を使って、部屋の扉の鍵を急いで切り裂く。
シャルロットの情報通り、囚われていたのは三人だった。
ヘルメットはかぶっていなかったが、三人とも白銀の宇宙服姿だ。
ニキビ面でぽっちゃりした井上勲先輩、最初に俺たちに注意を向けたやせた色黒の中年の男性、長身で彫が深く目鼻立ちの整った若い男性。
「!」
俺は胸をかき乱された。
最後の長身の男は、大和皇国の宇宙港で見かけた立花千鶴の想い人だった。
「ありがとう、助けに来てくれて!」
井上先輩が感激のあまり、葉隠先輩に抱きついていた。
「その変わった装備、強行偵察艦『朧』の乗員か?」
イケメンは俺に話しかけてきた。声は低く、よく響いた。
「そうです」
「千鶴は、立花千鶴は無事か?」
真面目で爽やかな表情だった。
男女問わず好感を抱く表情だ。
「無事です。彼女は本国にいます。朧には搭乗していません」
「そうなのか?」
立花千鶴が艦を下ろされた原因が、目の前で不思議そうに首をかしげた。
俺の胸の中に急速にマイナスの感情が溢れる。
〈なんで、こいつは生き残ったんだ〉
〈なんで、こいつを助けるために俺は命を張っているんだ〉
俺の頭に嫌な考えが次々に浮かんだ。
そして、そんな考えを浮かべる自分自身が、自分でも嫌になる。
「さぁ、行くぞ。副長の命令を果たすんだ!」
葉隠先輩の声が元気よく響き、俺は暗い思考の淵から助け出された。
葉隠先輩を先頭に、三人の捕虜がそのあとに続き、俺は例のイケメンと少し距離をとるためにしんがりを務めた。
三人の捕虜はヘルメットを被っている。真空の宇宙港に出るのでヘルメットは絶対に必要だ。
「じゃあ、私は、ここでお別れデス」
「気を付けてね」
俺たちが収容所のあった閉鎖区画から広いホールに出ると、シャルロットは俺たちに別れを告げた。
俺の前にいた赤井先輩と小夜が彼女に向かって手を振り、俺も軽く彼女に向かって手を挙げた。
ほのぼのした風景だったが、俺たちも、そして、シャルロットにも、行く手には困難が待ち受けているに違いない。
俺たちは壊れた人形のように床に転がるヒューマノイドたちの間を縫うように進み、元来た道を引き返した。
俺たちは順調にエアロックを抜け、宇宙港に出た。
しかし、順調なのは、そこまでだった。
「ヒューマノイド!」
敵戦艦の残骸の間を抜け視界が開けると、宇宙港に着床している強行偵察艦『朧』の右舷艦底部のエアロック前に六体のヒューマノイドがいるのが目に入った。
例のごとく、銀色のスーツに身を包み、銀色の髪で同じような体形だ。
真空の宇宙港でも宇宙服のヘルメットを被っていないので、人ではないことはすぐに分かる。
「またかよ!」
雅春の毒づく声がヘルメットの中に響く。
「上にもいる」
小夜の声に導かれるように艦の上部に視線を動かすと、艦首上部の強制ドッキング装置の周辺にも数体のヒューマノイドがたむろっていた。
「あれじゃあ、『朧』の中に入れない」
赤井先輩の嘆き節が聞こえた。
「シャルロットが止めたネットワークはあの一角だけだったのか?」
葉隠先輩の憮然とした声を聴きながら、俺はさらに『朧』の周囲に視線を走らせる。
「あれは」
いったんは閉じられていた移民船の宇宙港と外部宇宙を隔てる出入り口が開いていた。
そして、シャルロットが乗っていた戦艦を破壊した六隻と思われる敵戦艦が、『朧』から少し離れたところに、取り囲むように着床していた。
「そうか、あのヒューマノイドは、戦艦のメインコンピューターが動かしているのか」
俺はシャルロットとの会話を思い出して呟いた。
「いずれにしても、また、一戦交えなきゃいけないってことだ!」
葉隠先輩はそう言うと左右の小太刀を抜き、右舷艦底部のエアロック目指して突進した。
「おう!」
雅春の雄たけびが聞こえ、俺たちも突進を開始する。
艦底部のエアロック前にいた六体のうち、四体はレーザー銃を手にして周辺を警戒しており、二体はプラズマ切断機と思われるもので、エアロックを焼き切ろうとしていた。
プラズマ切断機は、背中にリュックサックのような高温プラズマの発生装置を背負い、そこから伸びた柔軟性に富んだチューブの先に、片手で操りやすい長さの金属製のノズルヘッドがついた代物だ。
ノズルヘッドから磁界に封じ込められた白色に輝く高温プラズマが直角に噴出しており、光の刃を持つ鎌か鳶口のように見えた。
敵にとって、最も手っ取り早く確実なのは、『朧』を砲撃し、破壊することなのだろうが、さすがに自分たちの移民船内部の宇宙港で、これ以上の被害が発生することを憚ったのだろう、随分と手間のかかる安全確保策だ。
俺たちにとっては、いきなり砲撃を加えられて破壊されるよりもましだったが、切り刻まれてしまったら宇宙船としては使い物にならなくなる。
「やめろ!」
叫びながら駆け寄る俺たちにヒューマノイドが気付き、レーザー銃を撃ってきた。
艦首上部の敵も俺たちのことを認識し、光の弾丸は正面からでなく、上からも降ってくる。
俺たちの着ていた鎧は光学兵器に強い耐性を持っていたので、この攻撃での損害はなかった。
しかし、捕虜の三人は鎧を着ていない。
「ぐぉ」
通常の宇宙服についても、銀色の表面加工は光学兵器に対してそれなりの耐性は持っていたが、所詮それなりでしかなかった。
三人の捕虜の一人、やせた色黒の中年男性のヘルメットに小さな傷ができる。
「助けっ」
男のセリフは最後まで聞こえず、男は宇宙港の床の上を転がって動かなくなった。
恐らくヘルメットの中は、沸騰した体液でひどいことになっているだろう。
「ちくしょう!」
雅春が高周波ブレードの短槍を滅茶苦茶に振り回し、エアロック前の二体のヒューマノイドを追い立てた。
葉隠先輩も両手の小太刀を縦横にふるい、エアロック前のスペースの確保に成功する。幸い、エアロックは、まだ無事だ。
「早く中へ!」
赤井先輩がエアロックを慌てて開けると、井上先輩を艦内に押し込んだ。
「次!」
鎧を着ていない残る一人のイケメンを促すと、イケメンは素直に従わなかった。
「俺も戦う!」
いろいろな意味で俺は猛烈な苛立ちを感じた。
通常の宇宙服でうろうろされては、はっきり言って足手まといだ。
「早く行け! あんたのことを立花千鶴が待っている」
「えっ?」
虚を突かれたイケメンを、俺は扉の内側に向かって思い切り蹴り飛ばした。
「なにをする!」
〈これくらいはさせてもらわないとな〉
イケメンに言葉は返さず、俺は心の中でつぶやいた。
「赤井先輩と小夜も早く! 出港準備を!」
俺は二人を『朧』の中に入るように促すと、奮闘している葉隠先輩と雅春の方へと向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます