第16話 敵移民船

 艦内時刻で明くる日の午後、俺たちは第二惑星エデンまで五十万キロの距離に近づいていた。

 強行偵察艦『朧』で以前一週間かかった行程は、たった一日だった。

 シャルロットの話によれば、そろそろ減速を開始するタイミングだそうだ。

「正面、進行方向にエリュシオン共和国の移民船、最大望遠です」

 俺たちは強行偵察艦『朧』のコントロールルームで空間投影された光学映像を見つめていた。

 コンピューターが画像を処理し、極めて視認しにくい電磁波透過フィールドを展開した移民船の姿をぼんやりと浮き立たせていた。

 背景の星々が微妙に歪んで見える、まるでガラス細工のような球形の移民船だ。

 シャルロットに位置情報を提供されなければ、きっと発見できなかっただろう。

「コリジョンコースか?」

「いえ、仰角〇.三度のズレがあります」

 答えたのは索敵担当の葉隠先輩ではなく、操艦を担当する赤井先輩の方だった。

「お出迎えデス」

 マッコウクジラのようなフォルムの巨大な宇宙船が、正面の宇宙空間に突然現れた。

「敵、戦艦、数量六、距離五万キロ。本艦を半包囲しています」

「なんで電磁波透過フィールドを解除したんだ」

「姿を見せなきゃ、威嚇にならんからな」

 雅春のつぶやいた疑問に、瓜生副長が答えた。

「それに、こっちの艦もすでに人工知能が勝手に電磁波透過フィールドを解除している」

「敵艦、機動兵器を展開!」

 合計六隻の敵戦艦は、赤銅色に輝く十字架型の機動兵器を次々に吐き出し、その数は、みるみるうちに二〇〇機以上に達した。

「すごいな」

 俺は光学スクリーンを見ながら呆然とつぶやいた。

 人工知能が何を考えているのかはわからなかったが、常識的に考えて俺たちを艦内にとどめたまま、戦艦を移民船の中に迎え入れるとは考えられない。

 ありがちな対応としては白兵戦部隊を送り込んで俺たちのことを排除するか、排除をあきらめてこの戦艦自体を破壊するかのいずれかだろう。

 当然、俺たちはおとなしく敵の思うとおりになるつもりはなかった。

「行け!」

「はい!」

 瓜生副長の鋭い指示を受けて、銀色の宇宙服姿の俺と雅春は、ヘルメットをかぶり、かねての打ち合わせ通り、強制ドッキング装置に向かうべく、コントロールルームを後にした。

 高周波ブレードの槍を握り、シャルロットに教わっていた敵戦艦のサーバルームに急いだ。

「やれ!」

「やります!」

 俺たちは高周波ブレードの槍を使って、まるでチーズのようにサーバールームの扉を切り裂いた。

 中に入ると、照明のない暗い部屋の中に、赤や青の小さな光が無数に点滅する四角い箱型の量子コンピューターが十数台並んでいた。

 その箱型の機械に向かって俺と雅春は縦横無尽に槍をふるう。

 火花が散り、電撃が小さな蛇のようにのたうち回り、点滅していた赤や青の光は次々に消えていった。

 やがて、暗い部屋の中は黒い箱ばかりになった。

 人工重力が消え去り、俺の胃袋は不快な浮遊感につかまれる。

 これは必要な措置だった。

 この艦の人工知能が俺たちのことをどうしても手に負えないと判断すれば、俺たちを腹の中に抱えたまま、恒星の中に突っ込んだり、遥か宇宙の彼方に飛んで行ってしまう恐れがある。

 艦の思考力を奪わないと、俺たちが望むように艦を操ることができないのだ。

 下準備が整うと、俺たちはかねての計画通り行動を開始した。

 『朧』が姿勢制御ノズルを噴射したことが原因と思われるGが下から突き上げてきた。

「急いで戻れ! 敵は電磁波透過フィールドを展開した」

 宇宙服のヘルメットの中に瓜生副長の声が響いた。

 さすがに早い。

 恐らく、この艦の人工知能と綿密に連絡を取り合っていた敵艦が、この艦の異常を検知して臨戦体勢に入ったのだ。

「針路補正終了。敵移民船へのコリジョンコースに乗りました」

 赤井先輩の声がヘルメットの中で聞こえた。

 俺たちは慌てて無重力の艦内を泳ぐように『朧』に戻る。

「『朧』に戻りました。エアロック閉鎖します!」

「了解! 『朧』はステルス航法で現宙域から離脱する!」

 瓜生副長の声とともに強制ドッキング装置は解除され、常温ガスが最大出力で噴射された。

 俺と雅春は横殴りのGに翻弄され、『朧』の通路内を転がる。


「ひでえめにあった」

「まったくだ」

 雅春と俺がぼやきながらコントロールルームに戻ると、敵の機動兵器の群れが、シャルロットの乗っていた戦艦を遠巻きにしている様子が光学モニターで確認できた。

 電磁波透過フィールドを展開しているため視認できなかったが、周囲には戦艦も臨戦態勢で待機していることだろう。

 俺たちの乗る強行偵察艦『朧』は、まだ敵に発見されていないようだ。

シャルロットの乗っていた戦艦を『上方』に見ながら、みるみる敵艦から遠ざかっているところだった。

「さぁ、どうする」

 瓜生副長が不敵な笑みを片方の頬に浮かべてつぶやく。

 敵は、この状況を放置できないはずだ。

 シャルロットの乗っていた戦艦は惑星間航行をしていたため、かなりのスピードで慣性航行を続けていた。おまけに移民船へのコリジョンコースに乗っている。

 衝突を回避するためには、移民船のほうを動かすという選択肢もあったが、質量が膨大なため、動き出しには時間がかかるはずだ。

 それに、シャルロットの乗っていた戦艦が、何らかの方法で移民船を追尾する可能性すら考えられた。

 ということで、取るべき方法はおそらく一つ。

 俺たちが息をひそめて見守る中、何の前触れもなくシャルロットの乗っていた戦艦が爆発四散した。我々第二艦隊の大半の戦闘艦を葬った中性粒子ビーム砲の一斉砲撃なのだろう。大小様々の金属や樹脂やその他の破片が宇宙空間にまき散らされた。

「ひどい! 私が乗ってることは考えてないデスか!」

 しばらく呆然と光学スクリーンを眺めていたシャルロットが憤然と声を上げる。

「仕方ないさ」

 俺は後ろを振り返って、浅黒い肌を赤く染め憤っているシャルロットをなだめた。

「あいつら、私の安否確認もしなかったデス!」

 自分だって人工知能が命じるままに俺たちの艦隊を砲撃してきたのに、随分と身勝手なものだと俺は内心思った。

 踏まれたことの恨みを忘れないが、踏んだことは気にしないものだという、誰かの格言が頭をよぎる。

「敵移民船とのランデブーコースに乗りました。このまま、慣性航行で接近します」

 破片の大半は慣性の法則に支配されたまま、かなり高速で敵の移民船に向かっていた。真田小夜が器用に姿勢制御ノズルを操って、『朧』を破片の中に紛れ込ませる。

 しかも、移民船に衝突せず、近くをかすめる破片を念入りに選んでいた。

「敵艦隊、周辺宙域を探査している模様」

「見つかるなよ」

 前回もそうだったが、旧式のステルス艦である『朧』はエリュシオン共和国の奴らにとって逆に発見しづらいらしい。

 今回も俺たちに注意を払う艦はなかった。エリュシオン共和国の移民船に接近するまでは。


 暗黒の宇宙空間にガラス細工のように透き通った巨大な球体が浮かんでいた。

 直径五キロほどで、俺たちの乗ってきた移民船『大和皇国』よりも一回り大きい。

「敵戦艦群、エリュシオン共和国移民船への帰還軌道に乗りました」

「宇宙港のゲートが開きます」

 葉隠先輩と雅春の声が強行偵察艦『朧』のコントロールルーム内に響き、空間投影された光学スクリーンにガラス細工のような球体に丸い『窓』が開いていく様子が映し出された。

 丸い『窓』の先は光にあふれた空間で、まるで、暗黒の宇宙空間に異世界へのゲートが開いているように見える。

「よし、あそこから内部に突入するぞ」

「針路変更、移民船内部に突入します」

 瓜生副長の指示の下、小夜が姿勢制御ノズルを小刻みに噴射して、器用に移民船のゲートに近づいた。

 しかし、俺たちが目的を達成する前に、マッコウクジラのようなフォルムを持つ巨大な戦艦がゲートからゆっくりと現れる。

「えっ?」

 予想外の出来事に、俺は背筋に氷の塊を押し付けられたような感覚を味わった。

 小夜も思わず前進をやめた。

 そのまま進めば敵艦に衝突してしまうからだ。

「ゲートから敵艦出現、こちらに向けて回頭します!」

 これだけの近距離だ。さすがに、ただ黒塗りのカモフラージュなど、何の役にも立っていないのだろう。

 回頭しているのは、恐らくあの丸く巨大な艦首に設置された中性粒子ビーム砲で、俺たちのことを葬り去るつもりだからだ。

「電磁誘導砲発射準備! 目標、敵戦艦!」

 動揺する俺たちを叱咤するように、瓜生副長の鋭い指示が飛んだ。

 俺は弾かれたように目の前のコンソールを操作し、火器管制システムと姿勢制御ノズルを操って、電磁誘導砲の射線を敵艦に向ける。

 あまりに距離が近かったので、照準合わせは楽だ。

「電磁誘導砲、発射準備完了!」

「発射!」

 俺の声にかぶせるように間髪入れずに命令が下った。

 俺が三回連続して引き金を引くと、かつて体験したことのある微かな振動が、立て続けにコントロールルーム内に響いた。

 一瞬の間をおいて、モニターに映る敵戦艦の艦首部分に黒い穴が次々に穿たれる。

 電磁誘導砲の砲弾が、敵戦艦内部で炸裂し、外部装甲に亀裂が入った。

 爆発四散したわけではなかったが恐らく見た目以上にダメージは大きいはずだ。

「一気に突入しろ!」

「はい!」

 異常事態を検知した敵移民船のゲートはゆっくりと閉じようとしていた。

 敵戦艦は沈黙したままだ。

 『朧』は急加速し、俺たちはシートに押し付けられた。

 屍のような敵戦艦を横目に見ながら、俺たちの『朧』は、敵移民船のゲートに間一髪、滑り込む。

 正面に空間投影された光学スクリーンは、直径にして二キロ近い光り輝く円形の宇宙港を映し出した。

 宇宙船のメンテナンスを行うためと思われる球形の作業ポッドが数台浮遊し、マッコウクジラに似たフォルムの五〇〇メートル級戦艦二隻と、輸送艇と思われる非武装の小型艦が数隻、停泊している。

「電磁誘導砲! 目標、停泊中の敵戦艦!」

「電磁誘導砲、照準合わせます!」

 俺はジュール熱で熱せられた砲身を液体窒素で急速冷却しながら、マッコウクジラ型の敵戦艦の中央部に照準を合わせた。

 真空の宇宙港からは当然何も聞こえなかったが、おそらく内部では、けたたましく警報が鳴り響いていることだろう。

 停泊中だった戦艦が事態に気づいたらしく二隻とも動き始めた。

「照準固定! 火器管制システム自動追尾! 発射準備よし!」

 姿勢制御ノズルがコンピューター制御で作動し、『朧』の艦首は片方の敵艦の動きを追いかけはじめる。

「発射!」

「発射します!」

 コントロールルームに微かな振動が響き、一瞬遅れて、敵の戦艦が横転、宇宙港の床に接触して爆発した。

「次!」

「はい!」

 俺は残るもう一隻に照準を合わせる。

 緊張で腕が振るえ、心臓が口から飛び出しそうだ。

「敵艦、こちらに照準をあわせています!」

 葉隠先輩の叫び声が聞こえ、こちらに向けて旋回する敵艦の高出力レーザー砲の三連装砲塔が目に入った。

 『朧』に対しては光学兵器が有効だと判断したのだろう。

 いや、そうでなくても、ここは自分たちの移民船の内部だ。

 破壊力の大きな武器を使えば取り返しのつかない損害が発生する恐れがあり、うかつに中性粒子ビーム砲は使えないのだろう。

「撃て!」

 俺は立て続けに引き金を引いた。

 慌てていたので復唱も忘れていた。

 一発目で宇宙港の床がはじけ、二発目で動いていたレーザー砲塔のひとつが吹き飛んだ。

 敵のレーザーが『朧』の左舷艦首部分の装甲を切り裂く。

 艦のダメージを訴えるアラートが手元のコンソールで点滅し、俺は恐怖のあまり狂ったように引き金を引き続けた。

「もういい! やめろ」

 瓜生副長の声で我に返ると、バラバラの残骸になった敵の戦艦と、巻き添えで破壊された敵の小型艦数隻が、穴を穿たれ亀裂の入った宇宙港の床の上に転がっている。

 俺は背中に嫌な汗をかき、右手の指は電磁誘導砲の発射装置にしっかり張り付いてなかなか離れなかった。

「敵艦の残骸に紛れる形で着床せよ! これより、捕虜解放に向かう!」

 瓜生副長の声を合図に、コバンザメのような姿の『朧』は、敵移民船内部に設けられた宇宙港に静かに舞い降りた。

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