第15話 仮想現実

 シャルロットを含めた俺たち七人は、強行偵察艦『朧』のコントロールルームで自分たちの座席に座っていた。

 銀色の鎧とヘルメットは脱いだものの、身体にぴったりフィットした銀色の宇宙服は着たままだ。

 シャルロットは、かつて立花千鶴が座っていた俺の背後の席に座り、副長は艦長の席に座ることなく、自分の席に座っていた。

 狭い室内には、殺菌用のオゾンと宇宙服から漏れる俺たちの体臭が混じって、何とも言えない臭いが漂っている。

 早く宇宙服を脱いで、洗浄剤と芳香剤をしみ込ませた使い捨てのタオルで、きれいに身体を拭いたかった。

「ところで、エリュシオン共和国があるのは上空から見えた海岸沿いの都市ということでいいのか?」

 『朧』に戻ったことで、今まで険しい表情を浮かべていた瓜生副長も多少くつろいだように見える。

「あそこには、まだ、だれも住んでいないデス」

 シャルロットの答えはある程度予想されたものだった。

 上空から見た限り移動する人も乗り物もなく、生活感が感じられなかったからだ。

「見る限り出来上がっているようだったが」

「危険な病原体の有無を調べる動物実験の結果が出ていないので、まだ住めないって言われてるデス」

「コンピューターにか?」

「はい、エリュシオン共和国全体の運営に責任を持っているマザー・コンピューターにです」

 こいつらは自分たちでは何も考えないのかと、俺は多少の苛立ちを感じた。

「ということは、まだ移民船で暮らしてるのか?」

「はい、惑星エデンの静止衛星軌道上に移民船が浮かんでるデス」

「惑星エデン?」

「第二惑星の名前デス」

「この間、惑星周辺の探査を行った際には、衛星軌道上に移民船など見当たらなかったが」

「無人探査機がやってきた段階で、電磁波透過フィールドを展開したデス」

「それじゃ、分からないわけだ」

 雅春が納得したようにつぶやいた。

 索敵担当としては重大な見落としがあったと思いたくなかったのだろう。

「捕虜がいるのも、移民船の中か?」

「はい、宇宙港のすぐ近くデス」

 強行偵察艦『朧』には大気圏突入能力はなかったので、もし捕虜がいるのが惑星上であれば、さすがの副長も救出はあきらめたかもしれない。


 その後、俺たちは半日かけて打ち合わせを行った。

 結局、軍隊において上官の命令は絶対だ。

 反対意見もあったが、俺たちは敵国の捕虜になっている強行偵察艦『霞』の乗員を救出し、しかる後に、強行偵察艦『朧』で移民船に帰還するという方針をたてた。

 しかし、作戦の実行には敵移民船の内部をよく知るシャルロットの協力が不可欠だ。

「シャルロット、悪いが最後まで付き合ってもらうぞ」

 話し合いの最後に、瓜生副長はそう締めくくった。


「あぁ、ひどい貧乏くじデス。なんで、Eランク市民に生まれただけで、こんな目に遭うデスか」

 かつての立花千鶴の席を思いっきりリクライニングさせながら、シャルロットは顔を覆って嘆いていた。

 そんなシャルロットを雅春は厳しい表情でにらみつけた。

「お前は人工知能に命じられただけだと思っているかもしれないが、おまえが攻撃を承認したのは事実なんだ。何人殺したと思ってる。それ相応の報いを受けて当然だ。なんならすぐにぶっ殺しても良かったんだぜ」

「ひっ」

「やめなよ。武者小路」

「賢人が止めなければ、本当に殺してた」

 赤井先輩と小夜がそろって雅春をたしなめた。

「俺たちは誇り高い武人だ。捕虜を虐待したりしちゃダメだ」

 真面目な葉隠先輩がさらに念を押す。

「けっ、どうせ俺は誇り高くない海賊の血筋だからな」

「そんなことは言っちゃダメだ」

 俺もみんなに加わって、雅春のことをたしなめると、雅春は「ふん」と吐き捨てて、そっぽを向いた。

「そういえば、あの戦艦の索敵システム、随分進んだバーチャルリアリティー技術だったな。きっと君の国の生活スタイルは、俺たちが想像もつかないほど便利なんだろうな」

 悪くなった雰囲気を変えるために俺は強引に話題を変えた。

 俺たちは、彼女の話の裏をとるため、コントロールルーム内部をくまなくチェックした。

 彼女が被っていた黒いバイザーも俺たち全員で代わる代わる被ってみて体験済みだ。

 操縦にしろ火器管制にしろ、乗組員の方から方針を決定し、指示する仕組みは、やはり全く用意されていないようだった。

 ちなみに、黒いバイザーを被ると視覚も聴覚も戦艦のセンサーと一体となり、コントロールルーム内部の様子はまるで分らなくなる。

 自分がまるで宇宙船になったかのような不思議な感覚だ。

 光学カメラの映像が視覚に置き換えられたのは当然だが、レーダーの電波が聴覚として認識され、対象物が反響音で表現されていたのはとても斬新な経験だった。

 コウモリやイルカという動物にでもなったような気分だ。

 俺たちがコントロールルームに押し入ったとき、シャルロットが俺たちに気付かなかった理由がよく分かった。

「私はEランク市民なんで、仮想現実の恩恵にはそんなに浴してないデス。任務に成功したらCランクに格上げして『個室』に入れてやるって言われてたのに残念デス」

「なんだ『個室』って?」

「Cランク以上の市民の特権デス。すべての苦しみから解放されて、安らかで幸せな毎日を過ごすことができるようになるデス。特にAランク『個室』はコンテンツが充実していて、凄い豪華だそうデス」

 建物の話で、なぜ『コンテンツ』なのか俺には全く理解できなかった。

「人間がランク付けされてるのって、嫌な感じ」

 赤井先輩は、AランクとかDランクとかいう話の方に反応していた。

「社会資源には限りがあるんだからランク付けしなくちゃ収拾がつかなくなると思うデスけど。あなたたちにはないデスか?」

 シャルロットは逆に責めるような視線を赤井先輩に向けた。

「我々は皆誇り高い武士だ。CだのDだのという下層階級を意図的に作ったりはしない」

 瓜生副長が座席に括り付けてあった刀を鞘のまま外し、身体の前にとんと立てて見せた。

「じゃあ、みんな『個室』を持ってるデスか?」

「幸いにして我が国の住宅事情は、それほど逼迫していない。多分、みんな自分の部屋は持っているだろう」

「いいなあ。Dランクの私なんか、『個室』がないから、まがい物の仮想現実しか与えてもらえないデス」 

 俺は激しい違和感を感じて、副長とシャルロットの会話に思わず口をはさんだ。

「いや、ゴメン。何か会話がかみ合っていないような気がするんだけど」

「えっ? そうデスか?」

「そもそも『個室』って何?」

 小夜は違和感が発生している原因に気付いたようだった。

「私たちに幸福を与えてくれるシステムじゃないデスか。娯楽も運動も休養も栄養も排泄も全て提供して個々人の状況に応じて完璧に導いてくれるデス」

「なんだそれは? バーチャルリアリティーは、ゲームやシミュレーション、行動療法に使用するものだろう。運動や栄養や排泄ってどういうことだ?」

「じっとしていたら筋肉が衰えて体に悪いデス。体調をしっかりモニターして電気刺激で筋肉を鍛えませんデスか? それから、栄養や排泄は専用の管を身体に入れればいいデスよね」

 身体中に複数の管を挿入した瀕死の病人のような姿が俺の脳裏に浮かんだ。

「さっき言ったようにAランク『個室』の凄いところは、仮想現実の食事メニューが凄い豪華で、ちゃんと脳にその情報を送ってくれて、微妙な味まで伝えてくれるところデス」

 シャルロットたちのバーチャルリアリティーは、脳に直接情報を送り込むレベルで、俺たちが使っているような映像と音声だけのものではないらしい。

 彼女が先程『コンテンツ』と表現した意味がやっと分かってきた。

「ちょっと待って。文脈からすると、その『個室』を管理しているのは人工知能だよね」

 俺は思い切り困惑していた。

「そうデス。マザー・コンピューターデス」

「君たちは、生命維持も幸福も、人生のすべてを人工知能に委ねているの?」

「マザー・コンピューターは人類を幸福にするために色々とやってくれてるデス。それの何が悪いデスか?」

 シャルロットの青い瞳には不安の影が差していた。

「私たちの国にも人工知能はあるけど、あくまでも道具として使っている。命令するのは人間で人工知能じゃない」

 小夜がじっとシャルロットの瞳を覗き込みながら静かに言った。

「でも、マザー・コンピューターは間違いを起こさないデス」

 シャルロットは言い返したが自信なさげだ。

「あなたの幸せって何?」

「さっきから言ってるデス。『個室』に入ることデス」

「『個室』に入ることが幸せなの? それは目的じゃなくて手段」

 小夜の物言いは静かだった。

「『個室』に入れば間違いなく楽しい体験や美味しい食べ物や何不自由ない暮らしを提供してくれるデス」

「実体がない人工知能が作り出した幻の幸せ? 私たちは自分で自分の幸せを決めるわ」

「じゃあ、あなたの幸せはなんデスか?」

 シャルロットはいぶかしげに小夜を見つめた。

「教えてあげない」

 小夜は珍しく笑顔を浮かべた。

「どうしてデスか!」

「だって言ったら幸せが逃げちゃうから」

 そういいながらも小夜は笑顔のままだ。

 こんなに機嫌のいい小夜は珍しい。

 俺は隣にいる小夜の顔を覗き込んだ。

「よくわからないデスけど、幸せそうデス」

 シャルロットも眩しそうに小夜を見つめた。

「なぁ、小夜の幸せって、いったい何なんだ?」

 どうしても知りたくて俺は思わず横にいた小夜に聞いてしまった。

 聞いてしまってから、以前この手の話題で小夜が不穏になったことを思い出した。しくじったかもしれない。 

「ダメ、内緒」

 俺の心配をよそに、小夜の機嫌が悪くなることはなかった。

 そして、なぜか小夜は赤くなってうつむいていた。

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