第14話 敵の正体

 銀色の瞳の男が立っていた場所のすぐ後ろは、入退室管理装置付きの紺色の扉になっていた。

 俺が扉の横のすりガラスのような入退室管理装置に高周波ブレードの槍を突き入れて破壊すると、ロックが外れ、手動で開くようになる。

「小夜、身を隠しながら扉を開けてくれ」

「わかった」

 俺と雅春が短槍を構えて扉の正面に立ち、室内からの攻撃に備えた。

 一気に開かれた扉からは何の攻撃もなかった。それどころか人の気配が感じられない。

「誰もいねえのか」

 雅春の不満そうな声が通信装置越しに聞こえてきた。

 その部屋は、乳白色を基調にした内装で、小学校の教室ほどの広さだった。

 部屋の中央には三つの座席が設置されているのが確認できる。

「コントロールルーム?」

 小夜のつぶやきがヘルメット内に響いた。

 しかし、航行中の宇宙船のコントロールルームが無人というのはあり得ない。

 俺は黙って部屋の中に入った。

 小夜と雅春が、そのあとに続く。

 部屋には、モニターも、計器も。スイッチパネルも、レバーも、何もなかった。

 ただ、壁や床と同じ乳白色のリクライニングシートが、つなぎ目もなく床から生えている。

「おい! 見ろ」

「なんだ?」

「女の人?」

 リクライニングシートは横一列に三つ並んでおり、左右の席は空席だったが中央の席には身体にぴったりフィットした銀色のスーツ姿の人物が横たわっていた。

 光沢のある半透明の黒いバイザーに顔の上半分を覆われていたため、どんな顔なのかはよくわからなかったが、痩せて小柄な女性だ。

 黒いバイザーからこぼれている長い髪の毛は灰色で、肌は浅黒く、血色がよさそうだった。

 俺たちがいることにまるで気づいていないのか、その薄く小さな胸は呼吸のために規則正しく静かに上下し、口元は眠っているかのように弛緩していた。

 確証は持てなかったが、ロボットやアンドロイドの類ではなさそうだ。

 雅春が右手に握った短槍の切っ先を彼女の胸に振りおろそうとしたので、俺は慌てて止めた。

「敵だぞ」

 雅春が低い声で唸った。

 俺は激しく首を横に振ると、なるべく音を立てないように静かに彼女に近づき、リクライニングシートに作りつけの黒いバイザーを勢いよく跳ね上げた。

「えっ、なになに何が起こったデス?」

 状況に似つかわしくない平和で間抜けな声が響いた。

 女は青い瞳の幼さの残る少女だった。

「ロボット兵をすべて停止させろ!」

 俺は日本刀をこれ見よがしに引き抜くと、低い声で少女を恫喝した。

 俺が心配していたのは副長たちのチームが、例の銀色の瞳の男に襲われることだ。

 たった一体で俺たち四人を圧倒したパワーとスピードを持つあのロボット兵が、まだほかにもいる可能性があった。

「なにこれ? リアル? やだ! 殺される! 私、まだ死にたくないデス!」

 少女はリクライニングシートの上で身体を丸めると、両耳を押さえてワナワナと身体を震わせた。

「おい!」

 こちらの意図に乗ってこない少女の様子に雅春が苛立って怒鳴った。

「ひっ!」

 少女は硬く目をつぶり、小動物のように震えた。

「無事か!」

 俺たちが不毛なやり取りをしていると背後から聞き覚えのある鋭い声が響いた。

「副長!」

 俺たちが入ってきたのとは別の扉から、副長、葉隠先輩、赤井先輩の三人が入ってきた。


「そうか、艦長は亡くなったのか」

 ヘルメットを脱いだ瓜生副長が沈痛な表情を浮かべた。

「はい、敵と相討ちになりました」

 とどめを刺したのは俺だったが、あの時、敵はすでに半身の機能を失っていた。

 功を誇る気持ちは俺にはない。

「副長たちは銀色の男と遭遇しなかったんですか?」

「遭遇した」

「よく無事でしたね」

「ああ、なんとかな」

 副長たちは、あのロボット兵を相手に戦い、無事に切り抜けたらしい。

「で、こいつをどうしてくれようか」

 俺たちは皆ヘルメットを脱ぎ、リクライニングシートを取り囲んで少女を見下ろしていた。

 俺たちは六人とも厳しい表情を浮かべていたと思うが、瓜生副長の表情は、その中でも群を抜いて凶悪だった。

「助けて! 何でもするから! お願い、命だけは取らないでデス!」

 少女はリクライニングシートの上にひざまづいて懇願していた。

 戦艦の乗員であるはずなのに、彼女はとても軍人には見えない。

「君の名前は?」

 瓜生副長が表面上は穏やかな調子で尋問を開始した。

「スミス。シャルロット・スミス、デス」

 少女は俺たちに青い瞳を向けて答えた。

 スミスというのは奇しくも英語で『鍛冶屋』を意味する苗字だ。

 英語圏ではありふれた苗字らしいが俺と同じだ。

 俺は理由のない親近感を抱いた。

「この艦にいるロボット兵は全部で何体だ?」

「えっ、なになに、ロボット兵って何デス?」

「時間稼ぎなら大したもんだ。銀色の瞳のロボットがいただろ。あいつらは全部で何体だ! 答えなきゃぶっ殺すぞ」

 雅春が苛立ちをシャルロットに叩きつけた。

「二人、私以外の乗員は二人デス!」

 シャルロットの顔は、真っ青だった。

「二人? 人間だとでもいうのか?」

 銀色の瞳のロボットを人間のように数えるシャルロットに瓜生副長が訝しげな視線を向けた。

「ヒューマノイドデス。人間じゃないデス」

「じゃあ、残る乗員は、この子一人っていうことね」

 赤井先輩が猫のような目を、獲物を狩る瞬間の捕食者のように細めた。

「えっ、あの二人はどうなったデス?」

「俺たちがこいつで切り捨てた」

 俺は日本刀を鞘から少し引き出し、銀色の鈍く光る刀身の一部をシャルロットに見せた。

「ひっ!」

「ということで、おとなしく言うことを聞いておらおうか」

 ドスの利いた低い声で迫る瓜生副長に、シャルロットはコクコクとうなづく。

「俺たちの移民船を追跡していたのは、この艦だけか?」

 シャルロットは、また、うなづいた。

「この宙域にいる戦闘艦艇はこいつだけか?」

 瓜生副長の言葉に、シャルロットは抵抗するそぶりも見せずにうなづき続ける。

「じゃあ、まずは俺たちの移民船を追跡するのを止めてもらおうか」

「もう、追跡してないデス」

 シャルロットはプルプルと首を横に振った。

「追跡していない?」

 俺はふと深い穴の中に突き落とされたような気分になった。

「はい、あの船は全速で後退を開始したので、我々の危機は去ったと判断したデス」

 俺たちを含め、後衛艦隊の人間は移民船の撤退を支援するために命を懸けて最後まで戦い続けた。

 しかし、ひょっとしたら、ただ逃げていれば見逃してくれたのかもしれない。

 そう考えると、たまらなく虚しく、やるせなかった。

「この艦はステルス艦か?」

「すてるす?」

「レーダーや光学カメラに映らないのは、なんでだと聞いている」

 葉隠先輩が補足した。

「電磁波透過フィールドを張り巡らせているデス」

「電磁波透過フィールド?」

 聞き慣れない単語だったので、小夜は繰り返した。

「電波も光も素通りさせるデス。見えなくなるし、レーザー砲にもやられないデス」

 仕組みはちっともわからなかったが、俺たちの黒塗りの艦とは根本的に違うということは、よくわかった。

 要はステルス艦としての性能を有したうえで、光学兵器に対する耐性もあるということだ。

「この艦の武装は? 反物質爆弾は搭載しているのか?」

 瓜生副長は少女を睨んだ。

「惑星間弾道弾は、この艦には搭載してないデス。あれを持ってるのは本国だけデス。この艦の武装は中性粒子ビーム砲とレーザー砲デス。ちなみに搭載している無人攻撃機の武装は電磁誘導砲とミサイルデス」

 シャルロットは少し落ち着いたらしく饒舌になってきた。

 それにしても彼女には軍事機密を守ろうという気はないのだろうか?

「中性粒子ビーム砲とは?」

「粒子が拡散してしまうので射程は長くないデスが、電荷を中和させているので磁力線シールドでは防げないデスし、レーザー砲と違って鏡面装甲や電磁波透過フィールドでは防御できないデス。ついでに、亜光速で粒子をぶつけるので電磁誘導砲やミサイルのように回避や迎撃ができないデス」

 ひょっとしたら科学技術に差がありすぎるので、情報を秘匿する必要はないとでも思っているのだろうか?

「操艦はどうするの? 特に操縦桿などは見あたらないけど」

 操艦担当の赤井先輩が興味深そうに尋ねた。

「黒いバイザーを被れば外部情報は脳波で受信できるデス。コンピューターの提案に対する承認作業も脳波でできるから簡単デス」

「脳波?」

「あっ、大丈夫デス。非侵襲性ですから頭にチップを埋め込んだりする必要はないデス」

「俺たちにも操艦できそうか?」

 瓜生副長はシャルロットの青い目をじっと覗き込んだ。

「どうするつもりデス?」

「この艦を拿捕して移民船に帰還する」

「ええと、あなたたちの移民船に帰還するのは無理だと思いますデス」

「なぜだ?」

 瓜生副長、そして俺たちも、厳しい視線を彼女に向けた。

「この艦を制御しているコンピューターは、あなたたちの移民船に向かうという提案はしないデス」

「機械が提案なんかしなくても、こっちが命じればいいんだよ!」

 雅春が声を荒げた。

「人間の役割は承認デス。命じることじゃないデス」

「何を言っているのかわからん」

 瓜生副長は頭を抱えた。

「言った通りの意味デス。この艦に乗っている人間は、目的地を設定したり、攻撃目標を設定したりはできないデス。実際、そのためのインターフェースもないデス」

 確かにコントロールルームのはずなのに、部屋にはモニターも計器もスイッチパネルもボタンもレバーも何もなく、壁や床と同じ乳白色のリクライニングシートが、つなぎ目もなく床から生えているだけだ。

「お前らの国では人間は機械の言いなりなのか?」

「Aランク市民やBランク市民はともかくとして、少なくとも、Eランク市民の私はこの艦を起動するためのパーツとして、組み込まれているだけデス」

「パーツ?」

「軍艦は承認役の人間がいないと起動しないことになっているデス」

「この艦を思うように操れないのでは、コントロールルームを制圧したメリットがないな」

 大きく見込みが狂った。

 この艦を破壊し『朧』に戻って、さっさと移民船に帰還した方がいいのかもしれない。

「この艦の人工知能は、この事態にどう対処するつもりだ?」

「わからないデス。侵略者を概ね撃退したので本国への帰還軌道に乗ったところだったデス。イレギュラーが発生したので、本国のマザー・コンピューターに報告していますデス」

「イレギュラーとは俺たちのことか?」

「そうデス。前回イレギュラーが発生したときは、拿捕して乗員を捕虜にしましたが、今回は侵入者の捕獲に失敗したので」

 話の後段は頭に入ってこない。

 俺の興味は話の前半部分に集中していた。

「ちょっと待て! 前回のイレギュラーというのはなんだ? 強行偵察艦『霞』のことか?」

 俺は思わず声を張り上げていた。

「艦の名前はわからないですけど、あなたたちのお仲間のことデス」

「捕虜にしたということは生存者がいたのか?」

「はい、死んだ人もいましたけど、三人ほど生きていたデス」

『強行偵察艦『霞』の乗組員を助け出してほしいの、彼らはきっと生きているわ』

 立花千鶴の声が俺の頭の中で何度もこだました。

「彼らは無事なのか? 生存者の名前は? 井上という人間はいたか?」

 瓜生副長が勢い込んで尋ねた。

「名前はわからないデス。監禁されてましたけど、三人とも元気でしたデス」

「でも、なんで、そんなことを知っている?」

「Eランク市民なんで雑用ばかりやらされるデス。捕虜の食事の面倒とかもその一環デス」

「じゃあ、監禁場所も知ってるのか?」

 質問役は再び俺から瓜生副長に切り替わった。

「はい、良く知ってるデス」

「監禁場所の警備体制はどうなっている?」

「ヒューマノイド二名で常時監視してるデス」

「ちょっ、ちょっと待ってください! そんなことを聞いてどうするつもりですか!」

 話の流れに不安を感じた赤井先輩が、叫び声をあげるように口を挟んだ。

「救出できないかと考えてる」

 瓜生副長が真顔で赤井先輩の目を見つめた。

「無理です! 監禁場所の警備は大したことないかもしれませんけど、どうやって敵国に潜入するんですか!」

 軍隊において、普通、上官に対して、ここまで物は言わない。

 にもかかわらず、赤井先輩は執拗に食い下がっていた。

 それほど、瓜生副長の考えていることは無茶なことだった。

「俺はあの時から、ずっと気分が悪いんだ。仲間は助け合うもんだと、ずっと教えられてきた。それなのに、あの時、俺たちは仲間を、井上を見捨てた」

 苦いものを飲み込むような表情を瓜生副長は浮かべた。

『人でなし!』

 立花千鶴の叫び声が、俺の頭の中に蘇る。

「あの時は、どうこうできる状況じゃなかったじゃないですか!」

「先輩、もう少し話を聞いて考えてみませんか? 俺もできることなら助けてやりたいです」

 お世話になった井上先輩と立花千鶴の面影が脳裏にちらついていた俺は、思わず瓜生副長に加勢していた。

「そうなんだ」

 小夜が静かな表情でじっと俺の目を見た。

「あぁ」

 俺は小夜の目を見つめ返してうなづいた。

 小夜の澄んだ瞳は、俺の心の奥底をのぞき込んでいるようだ。

「無茶言うねぇ、賢人も」

 雅春は呆れたような表情を浮かべた。

「無理、絶対無理」

 赤井先輩が青い顔で激しく首を横に振っていた。

「ところで、この艦の人工知能は俺たちの会話を聞いていると考えた方がいいのか?」

 反対する部下たちの意見を静かに受け止めながらも、瓜生副長はとても重要な事実をシャルロットに問いただした。

 もし、俺たちの企みが事前に人工知能に知られれば、全ての努力が無駄になる。

「艦内の状況を把握するための情報収集端末は、二体のヒューマノイドだけだったデス。他にはカメラもマイクも設置されてないデスから、コンピューターには私たちの会話はわからないデス」

「そうか。だが、やはり不安だな。続きは『朧』の艦内で話し合おう。シャルロットにも来てもらうぞ」

「えっ? わたしもデスか?」

 シャルロットは、さも意外だという表情を浮かべた。

「当り前だ!」

 瓜生副長は、状況の呑み込みが悪いシャルロットに思わず怒鳴り声をあげていた。

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