第13話 移乗攻撃

「まさか、実戦でこいつを使う日が来るとは思わなかったな」

 艦首付近の黄色くペイントされた気密隔壁を開け、壁に固定された小さな金属プレートをつなぎ合わせたような銀色の鎧と黒光りする高周波ブレードの短槍を眺めながら、瓜生副長がつぶやいた。

 副長も俺も身体にぴったりとフィットした銀色の宇宙服に着替えていたので、ヘルメットの通信装置越しの会話だ。

 ヘルメットの覗き窓はレーザーを反射する仕様になっているため、まるで鏡のようで、副長の表情はわからなかった。

「自分もです」

 バリバリの職業軍人である流川艦長や瓜生副長とは違って、俺たち若手は高校卒業後に、たまたま徴兵で二年間の軍隊生活をしているにすぎない。

 だから、白兵戦どころか軍艦を実際に動かすこともないだろうと思っていた。

 俺は、将来的には親父と同じ金属加工職人になるつもりだったし、武者小路雅春は剣術道場の道場主に、真田小夜は和菓子職人になるつもりだと聞いている。

 それなのに、今は最前線でこうして戦っていた。

 現実感がまるでなく、悪い夢を見ているようだ。

「装備を身に着けるぞ」

「はい」

 外の様子はよくわからなかったが、『朧』は激しく揺れていた。

 敵艦と相対速度を同調させるために姿勢制御ノズルを噴射しているのだろう。

 レーダーが役に立たず、肉眼でもよく見えない状態で接舷しようとしている赤井先輩や小夜は本当に大したものだ。

 俺と副長は揺れに邪魔されながらも、なんとか鎧を着用した。

「日本刀も持っていくのか?」

「はい、使い慣れた武器ですから」

「そうか」

 そう言った後、瓜生副長はなぜか考え込むように少しの間、押し黙った。

「鍛冶」

「はい」

「強行偵察艦『霞』に生存者はいたと思うか?」

 通信装置越しの瓜生副長の声は気のせいか、少し弱々しかった。

『強行偵察艦『霞』の乗組員を助け出してほしいの、彼らはきっと生きているわ』

 立花千鶴の声が頭の中に蘇る。

「ひょっとしたら、あの時点では、まだ生存者がいたかもしれません」

「そうだな」

「どうしたんですか?」

 普段、迷いなく仕事をしている瓜生副長らしくなかった。

「いや、ずっと気になっててな」

 そんなやり取りをしていると突然、艦が突き上げるように縦に揺れた。

『ドッキングに成功した。敵艦のエアロックをこじ開けてくれ』

 ヘルメットの通信装置が流川艦長の興奮気味の声を運んできた。


 俺と瓜生副長がドッキング装置に併設された高出力のプラズマトーチを使って敵艦のエアロックを焼き切っている間に、艦長以下五人のメンバーも鎧に着替えて到着した。

 小さな金属片をつなぎ合わせて作った銀色の鎧を身に着け、右手に黒光りする短槍を持ち、左の腰に日本刀を帯びた姿は、まるで歴史の資料で見た日本の戦国時代の鎧武者のようだ。

「急げ! 時間がないぞ」

 流川艦長の声にせかされながら、俺たちは敵艦の内部へと突入した。

 艦内は乳白色を基調にした内装で、所々に英語の表示がなされていた。

 しかし、エアロックの開閉装置をはじめとする各種の装置類は見慣れないもので、使い方がよくわからず、エアロックから廊下に出るのに手間取った。

 地球人の船であるはずなのに何とも言えない違和感があった。

 英語表記であるということもそうだが、レバーやハンドルといったものの形状が見慣れたものではなかったのだ。

「時間がないって、どういうことですか?」

 流川艦長の発言に対して、瓜生副長が疑問を口にした。

「艦隊が全滅した。移民船は、今、無防備になっている」

 流川艦長の答えはぞっとするものだった。

「どうします? 所かまわず破壊しますか?」

 瓜生副長が目に危険な光を浮かべた。

「いや、残念ながら我々には爆薬も重火器もない。確実にこの艦を止めるためにコントロールルームをおさえて、この艦を乗っ取る」

 まるで海賊だ。

 しかし、コントロールルームの正確な場所はわからない。

 異変に気付いてやってきた警備要員を締め上げるという手もあるのだろうが、艦内は静まり返っていて、警備要員のやってくる気配は感じられなかった。

「二手に分かれる。副長、葉隠、赤井の組と、俺、武者小路、鍛冶、真田の組だ。生きていたら再会しよう」

 戦力を分散するのは決して賢い選択とは言えなかったが、時間が限られるので仕方なかった。


 俺たちは艦内通路を走った。

 宇宙服と鎧の重さは一〇キロを超えるため、とても軽やかにとはいかなかった。

 両足の筋肉が悲鳴を上げ、心臓が鼓動を速めた。息も苦しい。

 そして気づいた。

「なんで、艦内にこんなに安定した重力があるんだ?」

「丁度、一Gで加速してるんじゃねえの」

 俺の疑問に雅春がのんきな調子で答えた。

「私たちは艦尾から艦首に向かって進んでる。加速による疑似重力じゃない」

 小夜は賢い。口数が少ないが、発言の内容はいつも的確だ。

「認めたくはないが」

 俺たちが話していると、流川艦長が会話に加わってきた。

「敵は、重力制御の技術を持っているのかもしれん」

「重力制御って、そんな夢みたいな技術」

 雅春が思わず艦長に言い返してしまった。

 天と地ほど階級の違う間柄だ。本来であれば批判的な発言など許されない。

 しかし、艦長の発言は、雅春でなくとも、とても認めたくない内容だった。

「なら、この状況をどう説明する? いや他にもある。レーダーに反応せずレーザーも可視光線も透過する装甲、一撃で重装甲の戦艦を葬り去る兵器、そして、亜光速ミサイル」

 俺たちは思わず沈黙した。

「俺たちは大きな勘違いをしていたのかもしれない。同じ地球人だと思ってケンカを売ったが、同じじゃないんだ。奴らは俺たちの御先祖が地球を出発した時よりもずっと後に、地球を出発した未来の人間なんだ。俺たちは何百年もかけてこの星系にたどり着いたが、奴ら未来の人間はあっという間にこの星系にたどり着いた。そして、恐らく、第二惑星をテラフォーミングして地上に都市を築いていた、その最中だったんだろう、俺たちが来たのは。いくらなんでも、あんなに地球とそっくりの環境の惑星が偶然存在するなんて出来すぎている。奴らにしてみれば、一生懸命開拓した惑星に後から来て、出ていけとか、一緒に住まわせろとか、図々しいにもほどがあると思ったんだろう」

 流川艦長の推理は、とてもうまく今の状況を説明するもので、俺たちのモヤモヤをはっきりさせてくれた。

 しかし、それは同時に絶望もはっきりさせることだった。

 中世の騎士団が近代装備の軍隊に勝てるわけがない。

 待っているのは一方的な虐殺だ。

 そして、事実は、まさにその通りに推移していた。


「艦長、敵です!」

 そいつが目に入ったのは通路を曲がった瞬間だった。

 雅春が声をあげなくとも全員が認知しただろう。

 そいつは二〇メートルほど先で銀色のスーツを身に着け、たった一人で立っていた。

 ヘルメットは被っておらず、肌は白く、頭髪は銀色。長身で均整の取れたスタイルで、彫の深い整った顔立ちだった。性別はおそらく男性。

 右手に握った拳銃を俺たちに向け、警告なしに矢継ぎ早に撃ってきた。

 発射されたのは金属製の弾丸ではなく、光り輝くエネルギーだ。

 俺と雅春の鎧の表面で光が弾け、周囲の廊下の壁に焼け焦げを作った。

 おそらくレーザー銃なのだろうが、鎧の特殊塗装が有効に機能し、俺たちには何のダメージもない。

「投降しろ!」

 流川艦長は俺たちを庇うように一歩進み出ると、ヘルメットにつけられた外部スピーカーで男に呼びかけた。

「賢人」

「さがって」

 俺も前に出ようとする小夜を両手を広げて遮った。

 男は、レーザー銃以外に武器を持っているようには見えない。

 一方、俺たち四人の武装は男にとって脅威のはずだ。

 しかし、男にひるむ様子は見えなかった。

 レーザー銃を腰のホルスターに収めると、落ち着いた様子でゆっくりとこちらに歩み寄ってきた。

「なめやがって!」

 雅春の舌打ちが聞こえた。

 俺は男に戦慄を感じた。

 歩く姿に付け入るスキがまったくない。

 歩く際に重心が全くぶれない。

 まるで武術の達人だ。

 近づいてくると、男の瞳が銀色であることが分かった。

 俺は激しい恐怖と嫌悪を感じた。

〈人間ではない?〉

「止まらんと、斬る!」

 流川艦長の警告は無視された。

 男は艦長の槍の間合いに入る。

 電光のように槍の穂先が走り、男の喉元に吸い込まれた。

 が、槍を握った艦長の動きが停まった。

「なっ」

 槍の切っ先は男の喉に突き刺さる直前で停止していた。

 男は左手で穂先に近い柄の部分をしっかりと握りしめている。

 流川艦長が渾身の力を込めても槍はピクリとも動かない。

「ちっ」

 雅春が男の左の脇腹に槍を突き入れようとした。

 俺と雅春の後ろにいた小夜が棒手裏剣を男の顔面に放つ。

「えっ?」

 棒手裏剣は艦長の槍の穂先を使って弾き飛ばされ、雅春の槍は右手でつかまれた。

「ぬおぉ!」

 俺は短槍を腰だめに構え、男に向かって突進した。

 雅春の槍を使って艦長の槍の柄の部分が切断され、そのまま、槍を引き寄せられた雅春がよろけて俺にぶつかってくる。

 横から雅春の体当たりを喰らった形の俺は、たまらず床に転がった。

「くそっ」

 俺が悪態をついて立ち上がろうとすると、切断した槍を左手に握った男が、倒れた雅春を踏み台に、艦長に襲い掛かるところだった。

 艦長は穂先が切断された槍を捨て、日本刀を引き抜く。

 日本刀が、そして、槍の穂先が交錯し、お互いの身体を貫いた。

「艦長ぉ!」

 槍の穂先は鎧のつなぎ目を狙ったかのように、正確に艦長の首筋に突き刺さった。

 一瞬遅れて、鮮血が艦長の首から噴水のように吹き上がる。

 艦長はゆっくりと仰向けに崩れた。

 一方、男の身体からは一滴の血も流れなかった。

 代わりに日本刀が貫いた右の胸からどす黒い潤滑油が一筋流れている。

 そして、右手が力を失ったようにダラリと垂れ下がった。

 男が槍の穂先を持って俺の方に向き直り、俺の中で何かが弾けた。

 腰の刀の鍔鳴りが響く。

 長年修練した居合の業だ。

 男の首が横一文字に切り裂かれ、銀色の瞳が光を失った。

 そして、男の頭が皮一枚残した状態で後方に垂れさがると、糸の切れた操り人形のように膝が崩れた。


「艦長、しっかりしてください!」

 真田小夜が流川艦長を抱き起していた。

 辺りは血の海になり、小夜の両手もみるみる真っ赤に染まっていく。

 小夜の必死の呼びかけにもかかわらず、艦長はピクリとも動かなかった。

 一方、俺がとどめを刺した銀色の瞳の男は、首や胸から、わずかばかりの黒い油を流しただけだ。

 切断された男の首には骨や肉の代わりに金属フレームや電気配線が詰まっていた。

「小夜」

 俺は小夜の肩に手を置いた。

 振り返る小夜に、俺は黙って首を左右に振った。

「こいつ、ロボットなのか?」

 銀色の瞳の男の残骸を観察していた武者小路雅春が、背後でぼそりとつぶやく。

「さあな。いずれにしても俺たちは艦長のたてた作戦を続けるだけだ」

 俺が自分に言い聞かせるように言うと、小夜と雅春もうなづいていた。

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