第12話 艦隊決戦
「出雲が!」
赤井先輩が赤茶色のショートヘアを振り乱した。
「畜生ぉ!」
「何による攻撃だ!」
雅春の絶叫や瓜生副長の怒号が響く中、流川艦長は粉々に粉砕されてしまった『出雲』の残骸を睨んでいた。
宇宙戦艦『出雲』は重装甲を誇る全長五〇〇メートルを超える巨大な艦だ。
機動兵器の電磁誘導砲や小型のミサイル程度で、あそこまで見事に破壊されるとは考えられない。
「飛翔体確認できず、ミサイル、電磁誘導砲のいずれでもありません。詳細は不明」
葉隠先輩が苦しそうに答えた。
「どこからの攻撃か特定できるか?」
流川艦長は質問を変えた。
「それは」
さらにもう一隻の敵味方識別信号が消失した。
「重巡航艦『知多』破壊されました!」
光学カメラの映像が切り替わり『出雲』同様バラバラに引き裂かれていく『知多』の痛ましい姿が映しだされていた。
まるで闇の中、見えない死神が巨大な鎌を振り回しているようだ。
「敵はどこにいるの!」
赤井先輩が悲鳴をあげた。
「『出雲』と『知多』が破壊された状況から、攻撃してきた方向は推定できるか?」
流川艦長はうなった。
「攻撃は一時方向からです。なんだ、あれは? 対象宙域を拡大投影します」
葉隠先輩は困惑の色を浮かべながら光学映像を拡大した。
「なにか、いるのか?」
瓜生副長が険しい表情を浮かべた。俺もよくわからなかった。
「ステルス艦の場合、艦の背景の星が見えなくなります。それとは違うのですが、背景の星が歪んで見える空間点があります」
正直、映像を見ても俺にはよくわからなかった。
「規模は?」
流川艦長もよくわからないらしく、葉隠先輩に確認した。
「推定全長五〇〇メートル、形状は楕円体、戦艦クラスの大きさです。赤外線センサーにも感あり。微弱ですが火器の使用反応と思われます」
葉隠先輩は敵が潜んでいると思われる空間の光学映像に、コンピューターグラフィックで作成した赤く輝く光の点を落とし込んだ。
「敵、機動兵器出現!」
俺たちが注視する中、まさに、その赤い点から、赤い輝きを放つ十字架型の機動兵器が出現した。
「だから、機動兵器が突然現れたように見えたのか!」
雅春が大声を発した。
「ステルス性能を持つ機動兵器の母艦」
流川艦長の唸り声が聞こえた。
俺たちの常識では、ステルス艦は隠密行動を目的とするある程度小型の艦艇であるはずだ。
俺たちが呆気にとられている中、敵艦は機動兵器の射出を終えると進路を変えて、その宙域から移動しはじめた。
俺たちが居場所をくらませるために、ミサイルを放出後、転進するのと同じだ。
「ステルス艦は光学兵器に弱い、他の艦にデータを送れ!」
瓜生副長は目を輝かせた。
大型艦は、通常、隠密行動よりも破壊されないことを優先する。
そのため、鏡面装甲を施すのが、我々の常識だ。
「味方に敵の位置情報を送ります」
「リモートミサイルを赤外線追尾方式に変更し十八本放出。その後の転舵まかせる。目標は敵の母艦だ」
「ミサイル、赤外線追尾を行います」
俺は流川艦長の指示で、通常はレーダーと連動しているミサイルの追尾方式をステルス艦用の赤外線追尾方式に変更した。
その間、味方艦は敵機動兵器への対応に追われていた。
お互いに鏡面装甲を施していることから、レーザー砲ではなくミサイルと電磁誘導砲の撃ち合いになっている。
暗黒の宇宙空間に次々に閃光がきらめき、砲弾やミサイルの破片が大量のデブリとなって、高い密度で周囲の空間に高速で飛び散った。
そのいくつかは『朧』の装甲を叩き、不快で不安に満ちた音と振動をコントロールルームに送り届けている。
「くっ」
歯を噛みしめて漏らす息が周囲から聞こえてきた。
「ミサイル点火!」
「点火します」
流川艦長の指示が下され、十八本のミサイルが敵艦がいるはずの空間に殺到した。
しかし、ミサイルは目標を破壊することなく、途中の空間で光の刃に次々と切り裂かれる。パルスレーザーによる敵艦のミサイル迎撃システムだ。
機動兵器をようやく片づけ、後衛艦隊で生き残った数隻の艦は、俺たちの送ったデータをもとに、敵艦に対して高出力レーザー砲による一切砲撃を行った。
「やったか!」
ステルス艦は光学兵器による攻撃には弱いはずだ。
しかし、レーザーエネルギーは敵艦がいるはずの場所を通り抜け、虚空に吸い込まれるばかりだった。
「どうした? 敵は回避運動を行っているのか?」
瓜生副長が眉間にしわを寄せた瞬間、レーザーエネルギーが通り抜けた空間から放たれた何かが、味方の戦闘艦を一隻、粉々に吹き飛ばした。
「軽巡『奥羽(おうう)』爆発!」
「なんだ、今のは!」
確かに敵はそこにいるはずなのに、レーザー光線は何もないかのようにすり抜けていた。
一撃で軍艦を粉砕する馬鹿げた攻撃力の正体も分からない。
「味方艦、電磁誘導砲による攻撃に切り替えます」
光学兵器が通用しないということであれば、実体弾による攻撃に切り替えざるを得なかった。
しかし、実体弾による砲撃は光学兵器と異なり着弾に時間がかかる。
おまけにレーダーやレーザーで誘導しないとそもそも命中率が落ちる。
案の定、敵艦は回避運動を的確に行い、損害を免れた。
「駆逐艦『熊野(くまの)』破壊されました!」
敵の謎の兵器は連射性能は低いらしいが、こちらの攻撃が一向に成果をあげられない一方、向こうは発射するたび、着実に成果をあげていた。
「もう、おしまいよ!」
赤井先輩がヒステリックな声をあげた。
「畜生!」
雅春の毒づく声も聞こえた。
もともと二〇隻を超えていた大和皇国の戦闘艦艇も、とうとう『朧』を含め三隻だけになってしまった。
「うろたえるな! 我々の後ろには我々の家族がいるんだぞ!」
瓜生副長の叱咤する鋭い声が俺たちの胸に突き刺さった。
そう、俺たちは何としても俺たちの家である移民船を守らなければならないのだ。
俺の脳裏に親父やおふくろ、そして弟の姿が浮かんだ。
ついでに雅春の妹の春香ちゃんの姿も。
「鍛冶、リモートミサイルの残弾は何発だ?」
「あと一〇発ほどです」
流川艦長は知っている事実を確認しようとしているようだった。
俺の答えを聞いた流川艦長は深刻な表情を浮かべ、しばし目を閉じて何事か考え込んだ。
先程の様子からすれば、リモートミサイルは迎撃される可能性が高かったし、電磁誘導砲は回避される可能性が高かった。
おまけに電磁誘導砲を使えば、発生するジュール熱のため、赤外線センサーで居場所を探知される。そうなれば身を隠している優位が消えてしまう。
「ステルス航行のまま敵艦に接近、接舷する」
目を開いた流川艦長は静かに宣言した。
「えっ?」
「そんな、無理です!」
雅春が困惑し、赤井先輩が悲鳴を上げた。
「いいから、やれ!」
瓜生副長が怒鳴った。
「大丈夫。赤井先輩ならできる」
小夜が真顔でフォローした。
俺は、まったく事態が呑み込めない。
「海賊船の本領発揮だ」
流川艦長が今まで見たこともないような不敵な笑みを浮かべていることだけは認識できた。
「リモートミサイル、全弾放出!」
「全弾放出します!」
「ステルス航行のまま大きく迂回し、ミサイルとは逆方向から一気に敵艦との距離を詰める」
「ミサイル点火のタイミングに合わせて最大出力で敵艦に接近します」
赤井亜里沙先輩が青白い顔で復唱した。
敵艦が潜んでいるはずの空間点に、大きな楕円軌道を描きながら『朧』が近づいていく様がコンピューターグラフィックの艦隊編成図に表示されている。
しかし、その間にも味方の駆逐艦が一隻、撃破された。
「畜生! 思い知らせてやる」
武者小路雅春が唸った。
「鍛冶、強制ドッキング装置および白兵戦用の装備は万全だろうな」
「先月の点検では異常ありませんでした」
瓜生副長の質問に、俺は記憶の糸を手繰りながら慌てて答えた。
「全員で斬りこむぞ、ミサイル点火後、副長と鍛冶は先に行って準備を頼む」
「わかりました!」
流川艦長の指示に瓜生副長が堅苦しい敬礼を返す。
「よし、ミサイル点火!」
「ミサイル点火します」
見えない敵に向かってミサイルが殺到し、直後、強烈なGが俺たちのことをシートに押さえつけた。
ミサイルは相手に命中する前に次々に切り裂かれ、虚空に残骸をまき散らす。
接近して光学スクリーンが謎の敵を映し出すと、まるでガラス細工のような透き通った艦影がぼんやりと認識できた。
艦首が丸く大きな流線形で、図鑑で見たマッコウクジラのようなフォルムだ。
「よし、いくぞ!」
急加速が一息つき、Gが弱まったのを見計らって瓜生副長が席を立って俺を促した。
激しく姿勢制御ノズルを噴射しながらドッキングポイントを捜しているため、艦は不規則に揺れている。
「はい!」
俺が立ち上がるのを待たず、副長は先に部屋を出た。
艦が揺れ、俺はよろけて小夜の座席のアームレストにつかまった。
「あっ、ごめん」
小夜と目が合った。距離が近い。
「賢人」
小夜の小さな唇が俺の名をささやいた。
「ん?」
「気をつけてね」
普段は無表情な小夜が、はっきりとわかるほど心配そうな表情を浮かべていた。
「あぁ」
俺は、なぜか急に激しく脈打ち始めた心臓を持て余して、不愛想な返事を返してしまった。
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