第11話 先制攻撃
エリュシオン共和国がどこまで準備しているかは知らなかったが、我々は先日の有人探査の際、第五惑星周辺から第二惑星まで約一週間かかって到達した。
宣戦布告を行うはるか前に、こちらに向けて艦隊を送り込んできている可能性もあったが、我々の索敵網(レーダー、光学モニター、赤外線センサーのいずれも)は、周辺の宇宙空間に敵の存在を検知していない。
したがって、我々は緊張はしていたものの、当然、攻撃はまだまだ先のことだと思っていた。
前衛艦隊が第二惑星に向けた惑星間航行をすでに開始し、後衛艦隊と移民船が第二惑星から見て第五惑星の影に入ったばかりのタイミングで、それは起った。
「!」
全ての電子機器がシャットダウンし、コントロールルームが闇に包まれた。
「きゃ!」
「なんだ! 何が起こった!」
闇は恐怖を飛び起こした。
赤井先輩の悲鳴と瓜生副長の怒号がコントロールルームに響き、生命維持システム全般を担当する俺は心臓が止まる思いを味わった。
何が起こったのかは、さっぱりわからない。
しかし、幸いなことにシステムは一度すべて停止したものの、すぐに再起動を開始した。
「システムエラー、原因不明! 現在、すべてのシステムが再起動中です」
俺は乾いた口を必死に動かして、それだけ叫んだ。
やがて、空間投影された第五惑星の映像が復旧し、コントロールルームはそれなりの明るさを取り戻した。
「何なんだ! 一体、これは!」
同期の雅春が復旧した各種センサーを解析しながら毒づいた。
「どうした!」
黒い髪を短く刈りあげた瓜生副長が、雅春に鋭い視線を送る。
「強力な電磁パルスと、ガンマ線バーストが発生した模様!」
「えっ?」
「何て言った?」
「核攻撃か」
俺たちがまともに反応できない中、流川艦長だけが静かな声で認めたくない事実を受け入れていた。
「恐らく反物質兵器と思われます。前衛艦隊消滅!」
「消滅?」
雅春の報告に、俺は愕然とした。
確かに艦隊の様子を示すコンピューターグラフィックの艦隊編成図から、つい先ほどまで表示されていた前衛艦隊が跡形もなく消えている。
重巡航艦を筆頭にした合計一〇隻の軍艦が、何の砲火も交えずに一〇〇人以上の人間とともに消え去ったことに、俺は寒気を覚えた。
反物質と通常物質が対消滅する際に発生するエネルギーは核融合の一〇〇倍と言われている。
その反物質をミサイルの弾頭に使用すれば、馬鹿げた破壊力を得ることができる。
恐らく破壊力に関してだけ言えば、この世で最も強力な兵器だろう。
しかし、我々大和皇国は、そこまで大きな破壊力をもつ兵器を保有する必要がないと判断していた。
かつて存在した『日本』という国が、核兵器に苦しめられた歴史を持つことが大きな理由だ。
「馬鹿な。いつ攻撃してきたんだ!」
瓜生副長がコンソールを叩いた。
「前衛艦隊に向かう高速移動物体が検知されていました。速度、秒速三万キロ以上」
「亜光速ミサイル」
小夜がぽつりとつぶやいた。
秒速三万キロといえば、光の速度の一〇分の一で、恒星間航行を行う宇宙船が長い年月加速を続け、ようやく達するスピードだ。
発射後すぐにミサイルがそんなスピードに達するなんて、どんな技術を持っているのだろう。
確かに、そんなバカげたスピードなら、第二惑星周辺から発射しても、ここまで一時間かからない。そして、レーザー兵器やミサイルでの迎撃も不可能だ。
「何なんだ! やつら、何でそんな進んだ兵器を持っている!」
瓜生副長が叫んだ。
『司令部より各艦へ。大和皇国移民船は第六惑星の軌道まで後退する。全艦、総力を挙げ、これを支援せよ。繰り返す、大和皇国移民船は第六惑星の軌道まで後退する。全艦、総力を挙げ、これを支援せよ』
音声ファイルで緊急通信が入り、聞き覚えのない男性の声がコントロールルームに響いた。
第六惑星の軌道まで逃げれば安全という保障などなかった。
しかし、この場にとどまっていれば待っているのは確実な死だ。
俺たちにとって当面の切実な願いは、先ほどのミサイルが再びこちらに向けて発射されないことだけだった。
「敵機動兵器接近! 距離三六〇〇〇。数量十二。二時の方向からです!」
亜高速ミサイルによる攻撃を受けませんようにという切実な願いは聞き届けられたようだったが、敵は俺たちに別の贈り物を用意していた。
敵は大量破壊兵器を使用した後、掃討作戦を行う準備をしていたようだ。
例の十字架型の機動兵器が、赤色矮星グリーゼ六六七Cに照らされて赤銅色に輝き、上下左右からこちらの艦隊を取り囲むように接近していた。
「何故、接近に気付かなかった!」
「レーダーに感なし」
苛立つ瓜生副長に、雅春がふてくされたように応じた。
「空間跳躍の技術でも持っているのか、奴らは」
流川艦長が、ウェーブのかかった茶色の髪をかき上げながらつぶやいた。
空間跳躍というのは、任意の空間点を高次元で接続し、瞬間移動する技術だ。
もしも、そんな技術が実現できれば光の速度よりも早く移動することができる。
「ミサイルによる攻撃準備」
「ステルス航行堅持。ミサイル発射管すべて開け」
気を取り直した流川艦長が指示を下し、瓜生副長が補足した。
「ミサイル発射管、開きます」
俺は復唱しながらコンソールに指を走らせた。
「ミサイル十八本放出後、仰角六〇度に転舵」
「ミサイル十八本放出します」
「ミサイル放出後、仰角六〇度に転舵します」
そう言いながら小夜は、おかっぱ頭の小さな顔をこちらに向けた。
彼女は言外に『ちゃんと合図して』と俺に訴えている。
俺が黙ってうなづくと、彼女は何故か少しだけ嬉しそうな表情を浮かべたように見えた。
「ミサイル放出完了」
「転舵」
俺の声にかぶせるように小夜の声が響き、Gが俺たちをシートに押し付けた。
「敵機ミサイル発射、数量、三〇、六〇、いや、一〇〇を超えます」
「リモートミサイル点火! 敵機を叩き落とせ!」
葉隠先輩の声に反応して、流川艦長が即座に俺に指示した。
敵味方の電磁誘導砲の砲弾とミサイルが交錯し、暗黒の宇宙空間に次々に閃光の花が咲く。
後衛艦隊の『上方』に位置していた俺たちは、その恐ろしくも美しい光景を俯瞰することになった。
「重巡航艦『知多(ちた)』被弾、駆逐艦『信濃(しなの)』大破。畜生!」
味方の被害は甚大だった。
相手の機動兵器もほとんど片付けたが、小型の機動兵器十二機と大型の戦闘艦艇数隻が引き換えでは割が合わない。
「敵、第二陣接近! 距離二〇〇〇〇。数量十八。十一時の方向!」
「何!」
葉隠先輩の声に瓜生副長が苛立たし気に反応したが、俺たちのやることは決まっていた。
「ミサイル放出、数量十八。放出後の転舵任せる」
「ミサイル放出します」
「ミサイル放出後、転舵します」
流川艦長の短い指示に、俺と小夜は素早く反応した。
「ミサイル点火!」
敵の機動兵器に俺たちの発射したミサイルが襲い掛かった。
敵もミサイルを発射したが、こちらの対応が早かったこともあり、その数は第一陣のものを大きく下回る。
味方の電磁誘導砲も次々に火を噴いて、俺たちは味方の駆逐艦一隻と引き換えに第二陣の機動兵器を何とか撃退した。
「くそ、どうなってる!」
雅春の吐き捨てるような声がコントロールルームに響いた。
それと同時に今度はレーダースクリーンに表示されていた艦隊旗艦である宇宙戦艦『出雲』の敵味方識別信号が消失した。
「えっ!」
雅春が慌てて空間投影の映像を光学カメラに切り替えると、そこには艦体の中央部分を引き裂かれ、金属や樹脂やその他様々な破片をまき散らしながら四散していく大和皇国最大最強の宇宙戦艦『出雲』の残骸が映し出されていた。
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