第9話 事情聴取

 数日間の後、俺たちは無事に帰還した。

 しかし、俺たちは、葉隠先輩が夢に描いていたような偉業を成し遂げた英雄ではない。

 俺たち八人は全員そろって強行偵察艦『朧』と移民船『大和皇国』の宇宙港を結ぶ乗降装置のゴンドラに乗っていた。

 ゴンドラの定員は十二名だったので、スペース的には多少のゆとりが感じられ、照明も明るかったが、俺たちの気持ちを明るくすることはできなかった。

 立花千鶴二等兵は、あれ以来一言も発せず、今も俺の横で下を向いて押し黙っている。

「ともかく無事に帰れてよかった」

 先輩の葉隠治忠一等兵が、黒檀のような顔に安堵の表情を浮かべていた。

「大和皇国のみんなが無事に済ませてくれるとは限りませんよ」

同期の武者小路雅春が、いつもの調子で皮肉なセリフを吐き出す。

「また、不吉なこと言ってる」

先輩の赤井亜里沙一等兵が赤茶色のショートヘアを撫でつけながら、猫のような目で雅春を睨んだ。

「おしゃべりは終わりだ」

後ろに立っていた艦長の流川瑠偉少佐が三人のやり取りをたしなめた。

ゴンドラ内部が沈黙に包まれた次の瞬間、ロビーに到着し扉が開く。

ブルーとグレイを基調とした広いロビーでは、黒い詰襟の軍服の集団が十数人、俺たちの乗ってきたゴンドラの前に並んでいた。

 歓迎のために出迎えているという雰囲気ではない。

 鋭く冷たい視線が俺たちに一斉に向けられた。

「大変なことをしでかしてくれたな」

 それが俺たちにかけられた第一声だった。

 声を発したのは、列の中央に立っていた白髪頭で鷲鼻の年配の男性士官だ。

 階級章はよく見えなかったが、かなり階級が高い人らしく、流川艦長と瓜生副長が緊張した面持ちで素早く敬礼した。

 俺たち六人も慌てて二人に倣う。

 俺たちは事態の深刻さを認識せざるを得なかった。


「第二惑星であったことを詳しく聞かせてもらおうか」

 俺たち八人はそれぞれ別々の部屋に案内された。

 俺が案内されたのは定員一〇人ほどの小さな会議室だった。

 壁も天井もアイボリーに塗装され、床は焦げ茶色のビニールシート張りだ。

 天井に設置された青白い照明が、明るく部屋全体を照らしていた。

 部屋には、スチール製の会議机とパイプ椅子が置かれているだけだ。

 今は三人掛けの机二つが向かい合わせに組み合わされ、俺の向かい側の席には、二人の若い士官が座っていた。

 一人は痩せた若白髪の鼻の高い士官で階級章は大尉、もう一人はがっしりした体格でニキビ痕が目立つ浅黒いじゃがいものような雰囲気の士官で階級章は少尉だ。

 話の口火を切ったのは若白髪の大尉の方だった。

 俺は、第二惑星の地上に都市らしきものが存在したこと、衛星軌道上で十字架のような形の機動兵器に遭遇したこと、その機動兵器が大破した強行偵察艦『霞』を曳航していたこと、俺たちが機動兵器を一機破壊したことなどを淡々と説明した。

「いくつか質問するぞ」

 若白髪の大尉は厳しい視線を俺に向けた。

「『霞』は大破していたというが、生存者の有無は確認したのか」

「いえ、確認していません」

 あの状況でどうすれば確認できるのか教えてもらいたいくらいだ。

 通信機を使えば息をひそめてステルス航行をしていたことは一切無駄になり、たちまち敵に発見されたことだろう。

「機動兵器を破壊した理由は?」

 立花千鶴が勝手にやったことだと俺の口からは言いたくなかった。

「よく、わかりません」

「はぁ? 貴様、火器管制担当だろうが!」

 ジャガイモのような顔の少尉が声を荒げた。

 若白髪の大尉が手を開いて凶悪な空気を吹き付ける少尉の動きを制した。

「我々はすでに流川艦長から詳細な報告を受け取っているし、『朧』から各種システムのログも押収している。今、我々が行っているのは単なる確認作業だ。事実を隠蔽しようとしても意味はないぞ」

 若白髪の大尉はそう言って顎をしゃくった。とっとと話せということらしい。

「『霞』を助けたかったんだと思います」

 それは、はっきりとは言わなかったが、俺ではないもう一人の火器管制担当が発砲したと言っているようなものだ。

 若白髪の大尉は深くうなづいた。

「貴官らは機動兵器を一機破壊したところで撤退したが、戦闘を継続した場合、どうなったと予想される?」

「『朧』のステルス性能は有効に機能していました。相手は鏡面装甲でステルス性は皆無でした。リモートミサイルを使用すれば、それなりの戦果が期待できたと思われます」

 それは偽らざる俺の気持だった。

「衛星軌道上や惑星上に、機動兵器以外の戦力は確認できたか?」

「いえ、確認できませんでした。ただ、機動兵器は大気圏突入能力を保有していないと思われますので、衛星軌道上に何らかの拠点は存在するものと思われます」

「道理だな。で、惑星間航行能力を有する戦闘艦の追撃はなかったんだな」

「はい、ありませんでした」

「なぜ、追撃しなかったんだと思う?」

「わかりません」

「第二惑星上に住民の姿は確認できたか?」

「いいえ、確認していません」

 質問されながら、なんとも得体のしれない不安な気持ちに俺は突き落とされていった。

 そして、気が付くと若白髪の大尉は薄気味の悪い笑みを浮かべていた。


『政府広報です』

 事情聴取の終わった翌朝七時、その時、俺は自宅のリビングダイニングで朝食をとっていた。

 四人掛けの淡い色の木製テーブルには俺と両親と中学生の弟の四人が腰かけ、テーブルの上に用意されていたのは、白いご飯にカブの味噌汁、卵焼きにキュウリの漬物だ。

 移民船では人口政策がうまくいき、野菜の生産は船内の食料製造工場で十分賄えていたが、タンパク質は大豆と鶏に頼っていた。

 地球にいた頃の日本人の朝食は『魚の干物』が定番だったと聞いたことがあるが、俺は生まれてからこの方、『魚』というものを見たことがない。

 俺は、好物のカブの味噌汁をすすり、キュウリの漬物に手を伸ばした。 

 昨日、俺は軍の事情聴取が終わると釈放され、自宅で待機しているように命じられた。

 そして、第二惑星で起きたことについては厳しく口外を禁じられていた。

 強行偵察艦『朧』の他のメンバーがどうなったかは確認していない。

 少なくとも俺と幼馴染の武者小路雅春は、俺と同じように自宅に戻っていることが母親同士の世間話でわかっていた。

 どの家でもそうだと思うが、俺の家でもリビングダイニングの壁一面には、巨大な映像モニターが空間投影されていた。

 その時は、移民船内のグルメスポットを紹介する朝の情報番組を見ている途中だった。

 そこに、突然、政府広報が割り込んできたのだ。

「あら何かしら」

 留袖姿のぽっちゃりした母親が、箸を止めて画面に反応した。

 毛むくじゃらの腕を作務衣の袖から覗かせた金髪碧眼の親父は、画面には構わずキュウリの漬物を頬張っていた。

 画面に映ったのは、『政府広報官』とテロップで紹介されている丸顔の若い男性と、普段、ニュース番組でよく見かける四〇がらみの人のよさそうな女性アナウンサーの二人組だった。

『政府広報官の上杉です。本日は国民の皆様にお知らせすることがあってスタジオにお邪魔しています。実は今から一週間ほど前、第二惑星から英文のメッセージが送られてきました』

 丸顔の若い広報官が硬い表情でいきなりとんでもないことを言いはじめ、俺は、飲んでいた味噌汁を思わず噴き出しそうになった。

 一週間前といえば我々が第二惑星で情報収集活動を行っていた頃だ。

「宇宙人は英語を話すのかしら」

 母親は呑気な表情でそんなことをのたまわった。

「宇宙人が英語を話すわけないじゃん」

 金髪で鳶色の瞳の小柄な弟が、卵焼きをぱくつきながら、そんな母親に突っ込みを入れる。

 いつものパターンだ。

 画面の二人組の背景には英文のメッセージが映しだされていた。

『噂になっている第二惑星の知的生命体は異星人ではないのですか?』

 人のよさそうな女性アナウンサーが視聴者の気持ちを代弁した。

 実際に最前線で情報収集活動に当たった俺ですら知らなかった情報を、まさか家族と一緒に政府広報で知ることになるとは思わなかった。

『はい、地球人だと思われます』

 広報官は即答した。何か証拠でもあるのだろうか?

『翻訳して読み上げます』

 画面が今まで背景に映されていた英文に変わり、画面の下に日本語字幕が映しだされる。

『こちらは「エリュシオン共和国」である。今般行われた領域侵犯行為に対し、厳重に抗議する。この恒星系は我々が領有している。そちらの来訪目的を明らかにせよ』

 ものの見事に我々地球人が、不法侵入を行った他国に対して警告を行う場合と同じようなセリフだ。

 ちなみに、領域侵犯行為というのは強行偵察艦『霞』と『朧』による情報収集活動のことに違いない。

「なんで、『約束の地』に先回りしている奴らがいるんだ?」

 父親は不機嫌そうにつぶやくと白いご飯をかきこんだ。

『通信は我々が使用することが多い複数の周波数帯で送信されていました。電子メールに使用された機械言語なども地球のものと同一でした』

『でも「エリュシオン共和国」なんて聞いたことないですね。データベースにも該当ありませんよ』

 画面が再び二人の姿をとらえ、女性アナウンサーが目を丸くしている様子が映しだされた。

『恐らく地球上の国家名ではなく移民船の名称なのでしょう。我々「大和皇国」のように』

『それにしても酷いですよね。わたしたちがこの星系を目指すことは国際宇宙開発管理機構に届け出ているはずです。それを先回りして自分たちのものにしてしまうなんて、許せません』

 女性アナウンサーは可愛らしく怒っていたが、内容は深刻だ。

 恐らく同じように考えている人間は多いだろう。

 そして、『エリュシオン共和国』の奴らの攻撃を受けたと思われる強行偵察艦『霞』の関係者は、さらに強い怒りや憎しみの感情を抱いているはずだ。

 俺の脳裏に般若のような形相を浮かべた立花千鶴の姿が蘇った。

「どうすんだ。この移民船もだいぶガタがきているみたいだし」

 親父が、つい先日の設備トラブルを思い出していた。

 そう、我々にはあまり時間が残されていないのだ。

『本来ならば我々に正当な権利があるはずで、彼らには第二惑星から出て行ってもらいたいところですが、政府は惑星上での共存を提案するなど、平和的に問題を解決するために、粘り強い交渉を行っています。しかし、彼らはとても頑なで、我々に対し、この恒星系からの退去を要求し続けています。政府では皆さんからの御意見をお待ちしています。積極的なアクセスをお願いします』

 画面が上下半分ずつに分割され、上半分は俺たちが撮影した第二惑星の動画になった。

 中緯度地方の海岸部に設けられた都市や、十字架のような形をした機動兵器、大破した強行偵察艦『霞』の姿などが説明のテロップとともに効率よく編集されて映しだされた。

 そして下半分には視聴者から送られてきたコメントが次々に表示され、すぐに画面がいっぱいになりスクロールしはじめた。ほとんどの家庭が見ているとはいえ、物凄い反響だ。

『拿捕された仲間を助けなくていいのか!』

『あの様子じゃあ、絶望だろう』

『生きてるかもしんないじゃん』

『国は我々の移住の権利を守るべし』

『相手のことなんか構わず、移住を開始すればいいんじゃね?』

『住民が見当たらない。都市の規模も小さい。奴らは大した人数じゃない』

『話し合いは大切です』

『我が国の人間を殺した奴らに報復しろ!』

『奴ら本当に地球人なんか?』

『移民船の生活設備、老朽化でマジヤバイ』

『領土は実力で勝ち取るべし。過去、宇宙海賊との戦いで無敗を誇った大和皇国が負けるはずがない』

『海賊を撃退するのと他国を攻めるのは別次元の話』

『不戦により、地球上で奇跡とも言える一〇〇年の平和を築いた先達の教えを忘れたのか。嘆かわしい』

『なぜ、日本が国土を失ったのか考えてみろ!』

『このまま相手の言うとおりにして極寒の宇宙空間で朽ち果てるのもなぁ』

「戦争になっちゃうのかな」

 金髪で鳶色の瞳の弟が画面を見ながらそんなことをつぶやいた。

「賢人はどう考えてるんだ?」

 不意に親父が俺に意見を求めてきた。

 大破した強行偵察艦『霞』と目を血走らせた立花千鶴のビジョンが、俺の頭の中をグルグルと回っていて、とても冷静な判断を下せそうにない。

「仲間の仇を討ちたい気持ちはある。でも、これで我々が相手を攻撃するのはどうなんだろう。まるで、宇宙からの侵略者じゃないか。父さんはどう考える?」

「父親としては子供たちが戦争で死ぬようなことになるのは耐えられない。それだけだ」

 親父は棍棒のように太い腕を組むと、優しい視線を俺に送ってきた。

「そうよ、危ないことはしちゃだめよ」

 母親の視線も柔らかい。

『国民の皆さんには積極的に状況をお知らせしていきます。今後の情報にご注意ください』

 政府広報番組はだしぬけに終わり、食卓には他愛のない情報番組の映像が戻ってきた。

 しかし、俺は移民船内のグルメスポットを紹介する情報番組には、現実感を感じなくなっていた。

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