第8話 未知の敵

 一週間が過ぎた。

 あの日以降、同期の真田小夜とは多少ぎくしゃくしていたが、次第に今まで通りのコミュニケーションがとれるようになっていた。

 もともと会話が弾むほうではなかったので、彼女の機嫌が完全に治ったかどうかは定かではないが、少なくとも業務には支障はない。

 一方、強行偵察艦『朧』は赤色矮星グリーゼ六六七Cの第二惑星を通常望遠の光学カメラで確認できる距離に近づいていた。

 索敵担当の葉隠治忠先輩が数十倍に倍率をあげて拡大すると、薄紅に染められた筋雲をまとう青く美しい姿を確認できた。

 無人探査機の映像よりも、広い海と緑あふれる大地の様子を鮮明に見ることができる。

「きれい」

 小夜が嬉しそうにつぶやいているのを見ることができて、俺は思わずホッとした。

「総員起こし、これより情報収集活動を開始する」

 副長の瓜生右近中尉が生真面目な様子で低い声を響かせた。

「総員に告げる。コントロールルームに集合せよ。繰り返す」

 葉隠先輩が、副長の指示に素早く反応し、全艦放送を開始した。

 今まで二交代勤務だったので、他の連中とは勤務引継ぎの短い時間しか顔を合わせていなかったが、これで久しぶりに全員そろっての勤務となる。

 口の悪い武者小路雅春が懐かしかった。

「うわぁ、随分近づいたのね」

 最初に現れたのは、長身で猫のような目をした赤井亜里沙先輩だった。

 相変わらずモデルのようにスタイルがいい。

「好戦的な異星人がいなきゃいいけどな」

 次に現れた雅春は、誰もが不安に思っていることをいきなり口にした。

 相変わらず空気も何も読まないやつだ。

「先行する強行偵察艦『霞』の様子はわかりますか?」

 着席する雅春の様子を目で追っていると、背後から立花千鶴の優し気な声がした。

 俺は、胸の中を激しくかき乱された。

「予定では、そろそろ第五惑星への帰還軌道に乗るはずだが、『霞』も我々と同じステルス艦だからな。当然、レーダーには映っていない」

 葉隠先輩が親切に立花千鶴の質問に答えた。

「第二惑星までの距離は?」

 艦長の流川瑠偉少佐が現れ席に着いた。

 コントロールルームの空気が急にピリリと引き締まる。

「約二十万キロです」

 葉隠先輩が緊張の面持ちで応えた。

「惑星からの電波は検知できるか?」

「今のところ検知できず」

 今度は、雅春が応える。

「火器管制担当及び操艦担当も、衛星軌道上及び惑星表面の観察に参加せよ」

「わかりました」

「観察に参加します」

 瓜生副長の指示に俺たちはバラバラと返事をした。

 俺は、惑星表面の観察に力を入れた。

 以前、無人探査機の映像で見た通り、惑星には大陸と呼べるような大きな陸地が南北にそれぞれひとつずつ、合計二つあり、巨大な海洋にはいくつかの小さな島が点在していた。

 先日破壊された無人探査機よりも惑星に近づいているらしく、最大望遠の映像は、無人探査機のそれよりもはるかに詳細なものになっており、海岸線の様子も詳しく見て取れる。 

 惑星表面を詳しく見ていると、俺は驚くべきものを見つけた。

〈都市?〉

「惑星表面に人工物!」

 俺が気付いたのと、ほとんど同時に葉隠先輩の叫ぶような声が響いた。

 北側の大陸の中緯度地方の沿岸部に、マヤ文明のピラミッドのような、四角錐の上部を切り取った形の建築物が並んでいた。

 どう見ても自然の岩石が削られて、できたものではない。

 建築物はいくつも並んでおり、都市のようなものを形成していたが、全体の規模はそれほど大きくはなかった。数キロ四方といったところか。

「異星人か?」

 瓜生副長が目を細めた。

 都市を形成できるのであれば、それなりの知的生命体であるに違いない。

「まさか!」

「武者小路が余計なこと言うから!」

 雅春や赤井先輩が驚いた声を発した。

「住民は観察できるか?」

 流川艦長の指示を受けて、俺も都市の様子を注視したが、住民の姿も移動する物体も見ることはできなかった。

「誰もいないのか?」

「すでに滅んだ文明の遺跡だとか」

 葉隠先輩と俺が希望的観測に基づいてつぶやく。

「衛星軌道上、レーダーに感あり!距離一五〇〇」

「えっ?」

 雅春の声が、俺たちの甘い幻想を打ち砕く。

 俺は目の前の空間投影モニターを惑星表面の光学映像から、衛星軌道上の光学映像に切り替えた。

「なんなの!」

 俺の背後から叫び声が聞こえた。

 普段からは想像もつかない立花千鶴の金切り声だった。

 『それら』は第二惑星の低い軌道にあり、惑星の陰から姿を現した。

 モニターに映っていたのは赤色矮星の光を反射して赤銅色に輝く飛行物体だ。

 おそらく光学兵器を無効化する鏡面装甲なのだろう。

 十字架のようなフォルムで一番長い部分が機首になっていた。

 見たことがないタイプの機体だ。データベースにも登録はなかった。

 地球製ではないと思われた。

 およそ二十機が逆V字型の編隊を組んで飛行していた。

 不吉な墓標の群れのような編隊だ。

 そして、見たこともない十字架型の飛行物体は、見覚えのある宇宙船を取り囲んでいた。

 その宇宙船は自力航行をしているようには見えず、十字架型の飛行物体に曳航されているようだ。見方によっては墓標に囲まれる遺体のようにも見える。

 曳航されていると思われる宇宙船は、灰色で大型回遊魚のような細長い紡錘形、そして、船体の中央部分が砲撃でも受けたのか醜く抉られ大破しており、残骸といってもいい無残な状況だった。

「強行偵察艦『霞』」

 流川艦長が呆然とつぶやいた。

 先日の人事異動で、井上先輩が配属された艦だ。

 冷静に考えて、あの様子で生存者がいるとは、とても思えなかった。

 俺の心は暗くなった。

 暗澹たる心持ちでモニターに映し出された『霞』の姿を見ていると、視界の隅で、火器管制システムがアクティブになっていた。

「えっ?」

 火器管制システムが『霞』を曳航している飛行物体に照準をセットしていたのだ。

「どうした!」

 瓜生副長も異変に気付いた。

 それまで慣性航行をしており無重力状態だったのに、姿勢制御ノズルが動作しGが身体の横から襲ってきた。

「何?」

 操艦を担当する赤井先輩が驚きの声をあげ、小夜の方に視線を送った。

 自分以外の操艦担当が『朧』を動かしている。そう思ったのだろう。

 小夜はプルプルと首を振った。

 続いて、これまで体験したことのない微かな振動が立て続けに数回、コントロールルームに響いた。

 一瞬の間をおいて、モニターに映る飛行物体の先頭の一機が粉々に砕け散った。

 強行偵察艦『朧』が装備する武装のうち、立花千鶴が担当する電磁誘導砲の仕業だ。

「何をしているか!」

 瓜生副長の怒鳴り声が響いた。

「鍛冶、立花をとめろ!」

 流川艦長が普段からは想像できない鋭い声を発した。

 俺はシートベルトを慌てて外すと、立ち上がって後ろの席の千鶴の腕をつかんだ。

「とめないで! 『霞』を助けるのよ!」

 千鶴の目は血走り、般若のような形相になっていた。

 普段の優し気な明るい表情とは対極の表情だ。

 そして、信じられないような強い力で俺の手を振りほどこうとした。

「いいから、やめるんだ!」

「いやっ、やめて! はなして!」

 千鶴と俺は激しくもみ合った。

 しかし、無重力状態では体重の差をうまく生かすことができなかったし、女性を力づくで押さえ込むことは俺の好むところではなかった。

 そして何より、想い人の乗っている艦を敵の魔の手から救いたいという彼女の気持ちが痛いほどわかって、手荒な対応ができなかった。

「いい加減にしないか!」

 気が付くと瓜生副長が近くに現れ、千鶴の頬を平手で張り飛ばした。

 派手な音が響き、取り乱していた千鶴はシートのひじ掛けに叩き伏せられた。

「敵機、本艦の存在に気付いた模様! 十二機ほどが軌道を変更し本艦に向かってきます」

 報告する葉隠先輩の声は上ずっていた。

「副長! 立花二等兵を拘束せよ。操艦担当! 低温ガスを噴射して、この軌道のまま加速、予定通り重力カタパルトを使用して惑星圏を離脱する。航路再計算は後でいい。鍛冶! 電磁誘導砲、リモートミサイルは発射準備を整え待機だ!」

 流川艦長が矢継ぎ早に指示を下した。目つきも鋭い。

 普段はぼんやりしているが別人のようだ。

「はい!」

 俺たちはそれぞれの指示に迅速に対応した。

 瓜生副長が立花千鶴の拘束に手間取っている間に加速が開始され、俺たちはGで背もたれに押し付けられる。

 副長は慌ててシートにしがみついた。

 加速が終了する頃には、立花千鶴は四点式のシートベルトを使って両腕の自由が利かないようにシートに固定されていた。

 彼女の目は、魂が抜けたように虚ろだった。

「敵機発砲!」

 赤外線センサーに反応があった。

 敵が電磁誘導砲を使用したらしい。

 嫌な汗が背筋を伝わる。

 しかし、着弾の衝撃はなかった。

「弾道、後方にそれています。敵は本艦の位置を正確には把握できていない模様」

 葉隠先輩の報告に、俺は胸をなでおろした。

 恐らく相手は電磁誘導砲発射の際のジュール熱を検知しただけなのだろう。

 この艦のステルス機能は未知の敵にも通用しているようだ。

 ということであれば、大体の位置がわかっても、レーダーと連動させないと一〇〇〇キロ離れた目標に弾丸を命中させることなど不可能だ。

 逆に、こちらは相手をしっかりと捉えていた。

 もし、攻撃が許可されれば、一方的に相手を葬ることができたかもしれない。

「このままやり過ごすぞ。できる限りデータを収集、移民船に帰還する」

「艦長、『霞』はどうするんですか! あの艦には井上もいますが」

 意外なことに、その発言をしたのは副長だった。

 普段は厳しいその表情の奥に、不安と悲しみの色を見て取れる。

「あきらめる。あの様子では生存者は期待できない」

 流川艦長に迷いはなかった。

 俺たちは艦長の下した指示の下、第二惑星の重力を利用した猛加速を開始した。


 俺たちはなんとか『敵機』を振り切った。

 あれはおそらく近距離戦闘用の機動兵器で惑星間航行能力はなかったのだろう。

 俺たちは第二惑星から六〇万キロ離れた空間点で、第二惑星周辺で収集したデータを移民船に送信し始めた。

 立花千鶴は、あの後すぐに個室に軟禁され、コントロールルームにいたのはそれ以外の七人だった。

「知的生命体がいたとはな」

「どんな異星人なんでしょうか」

 流川艦長と瓜生副長がぼやくようにつぶやく。

 無人探査機の調査結果から、知的生命体の存在は、ある程度予想はしていたが、予想以上にショッキングな出来事になった。

 他の天体の知的生命体との接触は、人類史上、我々が知りうる範囲では、これが初めてのことだ。

 しかし、その歴史的接触は平和的なものとはならず、我が国の強行偵察艦『霞』は破壊され、こちらも相手の機動兵器を破壊してしまった。

 今後、関係が修復できなければ、彼らとの『戦い』か、この恒星系からの『撤退』かのいずれか一つを我々は選択しなければならない。

 異星人が相手となると、恐らく言葉も常識も通じないだろう。

 そもそも『対話』自体が極めて困難なはずだ。

 安住の地を求めて数百年にわたる長く苦しい旅をしてきて、ようやくゴールかと思ったが、振出しに戻る可能性が高くなってしまった。

「あの」

 普段、明朗快活な葉隠先輩が、彼らしくない困惑の表情を浮かべていた。

「なんだ」

 瓜生副長が顎をしゃくった。

「単なる偶然かもしれないのですが、敵機の間で交わされていた通信を傍受、解析したところ、通信に使用されているプロトコルが我々のものと酷似していまして」

「何だって!」

 瓜生副長が声をあげ、流川艦長は驚愕の表情を押し殺して考え込んだ。

「おまけにやり取りしていた情報も、我々が使用している機械言語と同じような代物でした」

「そんなできすぎた偶然、あるわけないだろ」

 流川艦長が首を振った。

「じゃあ、やつら、地球人ですか?」

「でも、あの街の建物も、機動兵器も、データベースにはありませんでした」

 雅春の発言を制するように赤井先輩が口をはさんだ。

「だが、我々の文明に似たところもあるじゃないか。マヤ文明のピラミッドみたいな建物に、鏡面装甲の機動兵器!」

 雅春がすかさず言い返した。

「もしも地球人なら交渉の余地がある。何とか平和的に解決できるかもしれない」

 流川艦長はそうつぶやいたが、俺は嫌な予感しかしなかった。

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